157.命を散らせ

 

 「う……? お、お腹が熱い……?」

 「な、なに……?」

 「止まれハリソン!」


 縛られていたフェリスが急に苦しみ出し夏那達が狼狽える中、俺は馬車を止めると同時にフェリスを抱えて荷台の後ろから飛び出していく。


 「リクさん!?」

 「来るなよお前達! ……どうなるかわからんからな」

 「どういうことですか……?」


 ただならぬ雰囲気に風太が喉を鳴らして聞いてくるが、こればかりはグラジールがなにを仕込んだかによるので答えられることが無いのが正直なところだ。

 レッサーデビル化するのが有力だが、精に混ぜた魔力を自爆することもあった過去を考えると他にも俺の知らないなにかがあってもおかしくない。


 「う、うう……お、お腹が……」

 「大きくなってきた……!? まさか、に、妊娠……!?」

 「可能性は高いな。フェリス、お前何度やられた?」

 「に、二回……た、助けて苦しい……」

 「もしかして魔族の子を産むことになる、とか?」

 「そ、そんな……嫌! 絶対いやよ!! ころ……殺して!! あへあ……だ、ダメ……グラジルとの子だもの……」


 うつろな目で真逆のことを言い出し体を震わせるフェリスに水樹ちゃんが口に手を当ててへたり込んでいた。


 「こいつと会った時におかしな言動や行動がいくつかあったな……こいつはあの時点でもう魅入られていたのかもしれない」

 「アキラスがヨームさん達を洗脳したみたいに、ですか?」

 「正解だ水樹ちゃん。やり方は色々あるがグラジールはセックスだったってことだろう」

 「あ、あああうあ……私のあかちゃぁぁあ……」

 「ど、どうするの!? お腹、大きくなっていくけど」

 「……」


 夏那が俺の袖を引っ張ってそんなことを言うが、やることは決まっている。


 「首を刎ねる」

 「……!」


 それしかない。

 腹の中に居る者は下手をするとグラジールの分身かもしれないのだ。ここで断っておくに越したことは無い。


 「あぐがががががが……! リ、リクさん……早くコロしテ! ダメ、早ク!!」

 「任せろ、すぐに終わらせてやる……!!」

 「リクさん!」


 まだ意識があるのは聖女の修行の賜物だろう。……私怨に走らず……いや、別の生き方もあっただろうに。

 俺は身体を丸めてびくびくと動くフェリスの頭に剣を振り下ろす。

 

 「……っ!」


 だが――


 【おっと、そうはさせませんよ……?】

 「なに……!?」


 ――俺の剣がフェリスの頭を割る直前、姿が消えて乾いた金属音が鳴り響く。顔を上げるといつの間に現れたのか青白い顔をした女が俺の剣を腕でガードしていた。


 「魔族……!」

 「いつの間に!? リク、離れないと!」

 「いいやこのまま殺る!」

 【え!? 嘘!? ぎゃあああああああ!?】

 「す、凄い!?」

 

 俺とフェリスの間に割って入った女魔族ごと斬り捨てるつもりで力を込めると、血を噴出させながら剣から逃れ、横に転がっていく。

 そのままフェリスの頭に剣が届き手ごたえありの感触があったが、


 【おのれ……!! そいつを殺させはしませんよ!】

 「え!?」


 転がりながらなにかをフェリスに投げつけた瞬間、その姿がかき消えた。


 『転移石!?』

 「マジか!? くそ……! おい、あいつをどこへやった! 転移石なら場所はわかるんだろ!」

 

 俺は慌てて女魔族の襟を持ち上げて怒鳴りつける。すると脂汗をかきながら女魔族は俺に唾を吐いてにやりと笑う。


 【どこかですって? 知るわけ無いじゃあありませんか! アレはグラジール様のアイテム……私のような下位魔族に教えているとでも?】

 「くっ……」

 

 血だらけでも口を割らないとは兵士としては合格点か。そんなことを考えていると夏那とリーチェが背後から声をかけてくる。


 「落ち着いてリク! よく考えるのよ、緊急用とかだった場合なら――」

 『魔王の居る拠点で間違いなくない?』

 「それもそうだ」

 【い、いや、違います! 魔王様のところじゃありませんよ! えっと、そう、裏側! この場所から正反対のところに飛びました! 確かガックン島とかいう――】

 「ねえよそんな島は」

 【ぎゃああああ!? 血、血が!!】


 この大陸の地図しか知らないがクソほどに焦っているから『嘘です』と言っているようなもんだと地面に叩きつける。


 「このまま生け捕りにして情報を得ますか?」

 「それもいいが、邪魔をしてくれたからな……殺すか」

 『そうね』

 【え!?】

 「そりゃあの状態で邪魔したのよ? 生きて帰れると思っているのが凄いわね」

 「うん。……もう一度聞くね? どこに転移したのかな?」


 俺もそうだが夏那と水樹ちゃんもガチギレだ。今のは俺の油断もあったが、転移石を持ち出してくるとは思わなかった。グラジールがどこまで見越していたかわからないがまんまとしてやられたと思っていい。


 【そ、そんな!? か弱い女の子を寄ってたかって殺そうっていうんですかい!?】

 「まあ……魔族だし。お前、グラジールの部下だろ」

 【今、その地位は捨てました!! 家には病気のおばあちゃんが居るんですよ!】

 「あたしがやるわ」

 

 今ので夏那が完全にキレた。

 とんでもない嘘を吐く魔族だなこいつ……レムニティとかと違いやかましいし。とはいえ夏那に殺させるのはどうかと思うので槍を下げさせると、本気で泣き出した女魔族が聞き捨てならないことを、言う。


 【やはり人間は凶悪……! あの国の人間達と同じなんですね!! 魔王様は間違っていませんでしたよ!】

 「……どういうことだ?」

 【言葉の通りですよ! そちらから戦いを仕掛けておいて被害者面――】

 「え? ちょっと待ってください! あなた達は別世界から来てこの世界を侵略しようとしているんじゃ?」

 【ぐす……別世界? なにを言っているんですかね……】


 ……フェリスのことも気になるが、こいつの話もちょっと聞く必要がありそうだな? 


 もしかして、だが、こいつらが別世界から来たというのは本当に知らないのか。レムニティもそんなことを言っていたような気がする。で、魔族側ではなく人間から仕掛けたというのは半々だが信憑性はある。

 

 ひとつは得体のしれない相手が急に現れたことによる恐怖で攻めた場合。もうひとつは……魔族をどうにかして従わせようとした場合だ。


 セイヴァー以外の魔族達がどういう『モノ』なのかという解答を得た気がする。


 それはなにか?


 ……滅ぼされた国の人間がセイヴァーを召喚した可能性だ。


 魔王と勇者。


 召喚した人間にとって利があるなら、魔王は勇者となりえるのではないか、という解答―― 

 

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