異界の落とし子、真実の一欠片
覚悟の時間だ。二階堂は女性を怒らせたならとりあえず謝るんだと、リサは無視して帰れば良いと、無限谷は笑いながら頑張れよと、夢野は骨なら拾ってあげますとそれぞれ助言をしてくれた。放課後になり高橋さんに呼び出された場所へと向かう。
「おう、来たか境野、それじゃ行くぞ。」
頭に包帯を巻いている以外は普段と変わりない様子で、俺を外に連れ出す。校内ではなく外でということなのだろう。
「それでどこに行くよ?」
昔、ヤクザ映画でヤクザが拉致した男に対して海と山どちらに行きたい?と質問していたのを思い出す。勿論その先はどちらも不幸な結末であることは変わりない。
「で、できれば優しくて痛くない方で……。」
「はぁ?なんだそりゃ?」
雑踏の中、いきなり殴られることはないだろう。だからこそ選択肢には気をつけなくてはならない。命の手綱を握っているのは目の前の彼女なのだから。
「あー……何か勘違いしてるようだけどよ、忘れてねぇか?詫びに奢るって。仕方ねぇなぁ、適当に映画でも観るか?」
彼女の言葉を聞いて思い出した。奢る……確かにそんなこと言っていた気がする。それならあんな不機嫌そうに言うこと無いのに。ともかく殴られないのは分かったので高橋さんについていき映画館へ向かった。
(つまんねぇ……。)
そしてこの有様だ。やはり適当に映画館に行くものではない。隣の席に座っている高橋さんを見る。あくびをかいていた。お前もか。
二時間の苦行から開放された。とは言ってもオチだけは割と好みではある。話の展開がとかではなく、あまりにも馬鹿らしい話で、監督はこれがやりたかっただけだろと心の中で突っ込みたくなるような終わり。
「いやぁ、マジでつまんなかった、すげぇ時間を無駄にした気分だわ。」
高橋さんは屈伸しながら無慈悲に映画の感想を述べた。
「わけの分からないシーンが多かったよなぁ、映画というか継ぎ接ぎのドキュメンタリーを観ている感じ。」
「あぁ、それなぁ!だからむかつくんだけど所々好きなのもあるから寝たくても寝れないっつーのがまた腹立つわ。」
映画の感想を言い合う。意外にも好みが合って意気投合し、お互いクソクソ言い合いながらも、何故か嫌いではという訳の分からない話をした。高橋さんは終始笑顔で、学校で見る姿とは別人だった。
「つーかよぉ、その高橋さんってのやめろよ。根暗にヒス女、ワカメにボサ髪は呼び捨てで何であたしだけさん付けなんだ?」
それは普通に怖いから……というのが理由であったが、今となっては余所余所しさを確かに感じてしまう。そんな考えを察していたのか高橋さんは続けて言った。
「分かった、次に高橋さんと言ったら蹴り上げるわ。」
それは勘弁してもらいたい、半ば脅されながら高橋と呼ぶと、高橋はビビりすぎだろと、しばらく俺をからかった。それからしばらくして、次はどこに行くという話になったが、急な話なのでそもそも行く場所を考えていない。なのでその日は結局、高橋に振り回される形でスイーツバイキングに連れて行かれたり、ゲームセンター、カラオケに連れて行かされた。途中から奢りという話もなくなり、半分はたかられながら。こうして日が暮れるまで二人で街を遊び回った。
「あぁー楽しかった!こんなことならもっと早くに誘っとけばよかったぜ。」
高橋は上機嫌に前方を歩いている。俺はというと、途中からついていくのが精一杯だった。不良のノリはよくわからない……だが悪い気分ではないのは間違いない。
「それじゃあ、遅くなったしこの辺で解散といくか、わりぃな境野、荷物まで持たせて。また明日遊ぼうぜ!」
高橋は手を振って去っていった。俺もつられて笑顔で手を振る。
「え、明日も!?」
こんなの続けたら小遣いがなくなってしまうぞ……学生のつらいところだ。アルバイトでも探さないといけないな……そんなことを考えながら帰路へと向かう。辺りを見ると既に日は沈み暗くなっている。高橋と一緒にいるときは気が付かなかった。そのくらい夢中になっていたのか、一人夜の公園を歩く。街の方が明るいのだが、公園を通り抜けると自宅へのショートカットになるのだ。俺はいつもの調子で公園の中に入る。
それは奇妙な光景だった。公園の中央に人影と細長く四角い影が見える。なぜそれが奇妙だと感じたのか。だって公園の中央は照明で照らされていて明るいはずなのに、何故か見えるのは影だからだ。
コツン、コツン……自分の足音が夜の公園に響き渡る。影は動かない。人影に見えるだけで別の何かなのだろう。コツン、コツン……公園の中央に近づく。なるべく影から距離をとりたい、そう考えていた矢先だった。影が動き俺の方へと向かってくる。頭の中に氷柱が突き抜けた気分だった。得体の知れない存在、未知の存在に人は恐怖する。俺は平静を装い帰路に向かう。コツン、コツン……。影は俺の方へと確実に向かってきている。そして街路灯に照らされて、初めてその姿が露わになった。
剥き出しの刃物のような男だった。スーツ姿で髪は整えており一見紳士的に見える。だがその目つきは猛禽類を彷彿させる鋭さで、その佇まいは周囲のものを威圧するような雰囲気を纏っていた。カラスが飛び去った。男が姿を現してからまるで危険を察知して逃げ出すかのように。俺は本能的に臨戦態勢をとった。逃げなくては、この男は危険だ。周囲を傷つけるためだけに生きている存在だ。
「まぁそう固くなりなさんな。」
気づいた時、男は眼前に立っていた。そして俺の額を人差し指でつついている。冷や汗が吹き出た。
「そういえばまだ自己紹介をしていないよな、俺の名は
仁と名乗った男は名刺を取り出して渡した。名刺には無明探偵事務所 無明仁と書かれており連絡先とよくわからないキャラが描かれている。
「それ、マスコットのむーちゃんだ。SNSで仕事募集してたレーターに描かせた。三十万円の力作。」
むーちゃんは気楽に相談してねと笑顔でお願いしてた。むーちゃんにはともかく、目の前の男には気楽に相談できそうにない。
「ついてこい、ベンチに座って話すぞ。」
仁は背を向けてベンチへと向かう。今なら逃げられる、だというのに何故かもう逃げることはできないという強迫観念に囚われ、まるで光に誘われる羽虫のように、よろよろと仁についていった。
「タバコ、吸うか?」
仁はポケットからタバコを取り出した。
「結構です、未成年ですから。」
そうか、と言いながら仁はタバコに火をつけて思い切り吸い込む。
「ゴホッ!!ゴホッ!!ゴホッッッッ!!!んん゛っッッ!!ゲハッ!!ゴホッッ!!」
急に咳き込みだした。
「ぜぇー……ぜぇー……ハァ……ハァハァ……吸うか?」
仁はタバコをこっちに向けてきた。
「結構です、未成年なんで。」
そうか、としょんぼりしながらタバコをポケットに戻す。
「あれからゴホッ調子はどうだ?ん゛んッ!力の使い方には慣れたか?」
咳き込みながら仁は問いかけた。力とは一体何のことか。いや一つしかないだろう。突如身についた謎の力、そのことについてこの男は言っているのだ。この力について何か知っているのか、俺は気が動転し男に詰め寄り、問いかける。
「この力について何か知っているのか!?」
「俺は慣れたか、と聞いたんだが。」
仁は不機嫌さを露わにした。風が吹いたのか周囲がざわめく。世界が一瞬白黒になった。まるで全てが静止したかのように。俺は一瞬にして冷静さを取り戻し仁から距離をとる。
「なるほど、記憶の欠落か。ありえないことではないな。多少難はあるがまぁ問題はない。」
「記憶の欠落……?一体何を言っているんだ、お前は何者なんだ。」
仁はクククと声を殺し含み笑いをした。まるで愚かな道化を見るように。
「改めて教えようか、俺はお前に力を与えた張本人だよ。」
風が吹いた。静かな風が吹き草木を揺らす。虫の鳴き声一つすらしないこの静寂な公園で、仁の言葉が俺の中を木霊していた。
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