平行未来視、見透かされた世界線

 薄暗い空間の中、その集団はひしめき合っていた。ある者はそれを見て涙し、ある者は激情に駆られ、ある者は退屈とあくびをする。そこは老若男女問わず皆が同じ方向を向き、ただ一点を見つめているのだ。そして俺もその中の一人、ここでは誰もが脇役で主役はいつも正面にいる彼らなのだ。

 つまるところ俺は今、映画館で映画を観ている。何故か高橋さんと一緒に。時間は少し遡り、総合能力試験が終わった翌日のことだった。

 いつもどおり学校に登校し教室のドアを開けると、クラスメイト達と視線が合う。騒がしかった声が静まった。あれだけのことをしたのだから当然だ。腫れ物として扱われるのは仕方がない。

 「おはようレン、昨日はよく眠れた?大変だったでしょ。」

 リサはそんな空気の中を意も介さず、いつも通り俺に挨拶をする。

 「あぁ特に何もなく、それよりも……。」

 言い淀んだ。この空気は何なのか、それをリサに今聞いてどうなるというのか。自らが招いたことだ、今更どうしようもない。

 「すまない、境野くん!私としたことが躊躇をしてしまった!!」

 突然、二階堂が立ち上がった。そしてずかずかとリサを押しのけて俺の手を握る。

 「私は君たちに助けられたというのに、東郷の報復を懸念し話しかけるのにも戸惑っていた!だが愚かなことだ!有栖川くんはこうして何もないように話しかけたというのに私はリスクばかり考えて……心配するな!東郷が何をしようと私が何とかしてみせる!!」

 ちょ、ちょっと!と後ろで不満をあげるリサに気づいたのか二階堂は頭を下げた。続いて後ろから教室のドアが開く音がした。

 「ちぃーっス、お、レニーじゃん、昨日はまーじで助かったっしょ、てか二階堂チャンなにしてんの?アリスも何?珍しい組み合わせじゃん。」

 無限谷が友人と一緒に登校してきた。友人たちは無限谷に対してお、おい…と何か言いたげだが無限谷はまるで気にもとめない。

 「あ、レニーってのはあだ名ね?悪くないっしょ、境野ちゃんとかさっきーとかレンちゃんとかも考えたけどイマイチしっくりこねーの、でぇふと閃いたわけよ。レニーならかっこいいし呼びやすいじゃんって!」

 笑いながら俺の背中をバシバシと叩く。彼なりのコミュニケーションなのだろう。

 「ちょっと、入り口で溜まらないでほしいんすけど~さっさとどくっすよ。」

 軽井沢もやってきて、俺に対してよっすと軽く手を降った。それを見て二階堂は唖然としていたが、身体を震わせてまた叫びだす。

 「う……うおぉぉぉ!私は何という……!皆は当たり前のように接しているというのに私はずっと打算的に!!死にたい!!死にたいぞ!!」

 頭を抱えて空を仰ぎ、他の6班のメンバーに向かっていき涙を流しながら頭を下げていた。

 「な、何か私がすごい悪人の気分なんですけど……。」

 栗栖が気まずそうに俺たちの輪に入ってきた。俺は愚かだった。こんなにも良い人たちを少しでも疑っていたなんて。

 和気藹々とした雰囲気の中、ガラガラと強い音が鳴る。一際大きな音で威圧的にも感じて、賑やかになりかけた空気はまた凍る。

 「あ?なんだお前ら?見てんじゃねぇよ。」

 高橋さんだった。頭に包帯を巻いている。授業が始まる前に来るのは珍しい。席にはつかず俺の方へと堂々と向かっていた。

 「おい境野、放課後ツラ貸せや、忘れんじゃねぇぞ?」

 俺にそう一言告げて教室から出ていった。

 「き、君たちは仲が良いんじゃないのか……?」

 二階堂は恐る恐る俺に聞いてくる。俺にだって分からない。殴られるのだろうか。

 しばらくして橋下先生が入ってきて皆は席につく。いつもどおりホームルームを始まろうとしていた。だが橋下先生は連絡事項があるといつもの流れを遮る。

 「えー東郷だが、この度転校することになった。急な話で皆も困惑するかもしれないが親の都合だそうだ。」

 東郷が転校……。あの後、東郷は教師に運ばれたのだが磯上のワカメが予想以上にしつこく絡んでいてワカメをカットするために救急病院に搬送された。しかし原因不明の突風によりヘリが来るのが遅れてしまい、ヘリポートは帰りの集合場所近くであることから、その様子がほとんどのクラスメイトに見られていたのだ。「うそ、6班にやられたの……?」「なんでワカメなんだよ……。」等と言いながらクラスメイト達は東郷を見ていたのだ。人一倍プライドの高い彼のことだ。落ちこぼれの6班にやられてワカメにくるまれて病院送りという事実を全員に見られて、見せる顔もないのだろう。

 「うぉぉぉ!!すまん!!筋トレに夢中で遅刻した!!」

 ざわつくクラスの空気を無視して陽炎がドアを開けて教室に入ってきた。橋下先生はまたいつも通り陽炎を説教し、陽炎は教室中に響き渡る声で謝罪を繰り返す。ああこの光景は見た覚えがあった。

 こうして日常は戻り、いつも通りの授業を受け昼休憩に入る。今日も母さんの手作り弁当だ。やめろと言っているのにご飯にハート型の彩りを付けているのでコソコソと隠しながら早くハート部分を食べるのだ。

 「う、裏切り者……!」

 突然気配もなく後ろから声をかけられビクッとして振り向く。そこには夢野がいた。

 「いや、そうですよね……結局わたしみたいなゴミムシが勝手に期待して……これを機会に友達を作ろうなんて甘い期待をしたのが悪いんです……死にます……。」

 物騒なことを言って窓に向かっていくので俺は全力で引き止めた。

 「は、はなしてくださいぃぃ……朝は陽キャに囲まれて……昼は彼女の手作り弁当なんて……オケラ以下のわたしには眩しすぎるんですぅ……。」

 彼女ではなくて母親なんだって!と言いかけたが、そんなこと言ってマザコン扱いされるのも困る。どうしたら良いのだ。

 「え……お母さんの手作りなん……ですかぁ……?」

 夢野はニヤける。どういうことだ、俺は何も言っていない。ただ言いかけただけだ。その時、夢野のアタッチメントを思い出す。未来予知───まさかそれは個人の考えによって変えた未来さえ見えるのか。

 「なんだ、それなら早く言ってくださいよ、マザコン扱いされるのが嫌だ……?そうなんですかぁ……うへへ……。」

 まずい、心の中を読まれてるみたいだ。無心でいなければどんどん秘密がばれる。

 「大丈夫ですよぉ、秘密……ですもんね……で、でも……その代わり……わ、わ、わたしとと、とと友達に……。」

 「な、なるから!というかそんな改めるもんでもないだろ!」

 俺の返事を聞いて、夢野は満足げに笑った。そもそも未来予知で俺が友達になると答えるのも分かっていたのではないか?という疑問はあったが、本人曰く本人の口から聞かないと信用ができないそうだ。

 「というか、何で俺なんだ?同じ女子の伊集院や高橋さんはダメなのか?」

 「伊集院さんはすぐいなくなるんです……いつも一人でどこかに……高橋様は私なんてクソムシが同じ視界に立つこと自体おこがましいです……。」

 確かに伊集院は昼休憩になるとすぐにいなくなる。高橋さんは……確かにレベルを知った時、高橋様と呼んでたがそれを引きずっているのか。だが同じ男子でも剣と磯上もいるじゃないか。

 「あの二人は嫌です。」

 聞いてもないのに断言された。三人の男子から選ばれたのは少し優越感を感じたりはするけども、こうもハッキリ否定することはないだろうに。

 「お、レニーやるじゃん、早速一緒になった女の子ナンパしてんの?」

 無限谷が友達を連れてやってきた。ひぃぃと夢野の小さな悲鳴が聞こえた。

 「そ、その悪かったな境野……俺たち東郷が怖くて……。」

 無限谷の友人は申し訳無さそうに俺に頭を下げた。

 「許してやってよレニー、こいつらチキンハートだからよぉ、東郷にビビりちらしてんの、んであれよ、橋下の話聞いてもまだ半信半疑でよーやく東郷が転校したって自覚してきたわけ、一緒にメシでも食おうと思ったけど、これから6班全員に謝るからまたな!あ、夢野ちゃんもよろしくね!」

 無限谷は剣と磯上を探しにまた外へと出ていった。

 「よかったじゃないか、友達が増えそうだぞ。」

 放心状態の夢野に話しかけると、夢野はハッと意識を取り戻す。

 「無理ですよあんなリア充陽キャ……生理的に受け付けられないです……どうせ女には同じこと言ってて弄んで捨てるんです……わたしには境野さん程度がちょうどいいんです……。」

 すごい失礼なこと言われたような気がした。しかし改めて6班のメンバーを思い返す。目の前の夢野は確かに高校時代にいた気がする。いつも一人で本ばかり読んでいた。高橋さんは普通に覚えている。伊集院は……未だに思い出せない。すぐにいなくなるから記憶にないのだろう。磯上と剣も同じだ。ここは俺の高校時代のクラスと同じであるのを段々と実感してきた。二階堂や陽炎は強烈なキャラをしていたから覚えているし、無限谷なんかは東郷を除けばスクールカーストの頂点だったが俺にも気兼ねなく話しかけていたな。今となっては懐かしい……奇妙な感覚だ。

 「な、なにじろじろと見てるんですか……目が腐ってしまいますよ……。」

 とはいえそれは昔の話で今はこうして別の人生を歩んでいる。過去と比べるのはやめよう。かつては思いもしなかった夢野の姿を見ながら、そう思った。

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