新たなる影、この世界にいてはならない者

 東郷はワカメに包まれ拘束された。磯上曰く水場はワカメの生育が早いらしい。そりゃそうだろうな。

 「しかし磯上、よくここに東郷がくるって分かったな?何か理由でもあったのか?」

 「いや、だってさ高橋さんや剣だけ戦ってて俺は後ろで見てるだけとか締まらないじゃん?だからワカメが育ちやすそうなところで待ち構えてたらいいかなと思って。」

 なるほど、ワカメの力を最大限に活かすために川原で陣取っていたのか。

 「あ、剣!!」

 今更、思い出した。確か剣は1班のメンバー一人と戦ってたんだ。


 放生は決して油断などしていなかった。全力で目の前の相手を叩き潰し、東郷を援護する。そのつもりだった。だが現実は……剣に敗れ倒れこんでいた。

 「何なんだよお前、そんな戦い方はねぇだろ。」

 放生は呟いた。

 「本当は戦うつもりはなかったんですけどね、あの二人の熱意に負けてしまいました。」

 周囲は放生の衝撃波で荒れ地となっていた。だが剣の身体には傷一つついていない。剣のレベルは7。同世代の中では最低ランクになる。

 「プレイヤーの戦い方ではないことは自覚していますよ。見てください、あっちも終わったみたいです。」

 空中に出現する無数の樹木がなくなった。どちらかの勝利で終わったのだろう。もっともあの様子だと境野だろうけど。動けない放生からバッジを奪い立ち去る。

 「はっ、あれじゃあレベル7も納得だわ。」

 負け惜しみのように放生は呟くが悔いは無かった。完全に敗北した。絡め手もなしに真正面から。言い訳のしようがない敗北を今は心地よく受け止めていた。


 息を荒くして二階堂が剣に駆け寄る。

 「つ、剣くん!!大丈夫か!!怪我はないか!?他のみんなは!?」

 遅れて後ろから2班全員がやってきた。

 「あー……マジで悪いっす……まさか全員飛ばされるなんて、あれどういうアタッチメントなんすか、卑怯じゃね?」

 「謝罪の言葉が見つからない!であるならば行動で示すのみだな!!さぁ他の1班はどこにいるんだ!!」

 剣は2班全員の無事を確認すると土砂崩れを指さした。

 「な、なんということだ!おのれ東郷……!!高橋さん相手にここまでするとは……!!」

 土砂崩れを見た二階堂は怒りに身体を震わせている。これは6班の無事をこの目で見せないと信用してもらえないな……剣はため息をついて未だ緊張を解かない2班を土砂崩れの先に案内した。

 川のほとりでは境野、磯上、高橋、夢野、伊集院が全員揃っていた。高橋はボロボロになりながらも、あのあと境野を追いかけていたようだ。夢野と伊集院は遠くに隠れていたから、全てが終わったのを見計らって合流したんだろう。夢野は涙と鼻水を境野の服にこすりつけながら抱きつき、高橋は笑いながら境野の肩を叩き、磯上もそれに混じりワカメの塊を指さしている。そしてそれを呆れながら伊集院は見ていた。

 二階堂は、いや2班のリサを除く全員がそんな姿を見て困惑していたが、すぐそこに横たわる東郷の姿を見て納得がいったようだ。

 こうして総合能力試験は終わった。ここは山の麓、川沿いに下流へと歩いていくと教師たちのテントが見えた。境野と高橋は1班のバッジを約束だからと2班に渡そうとしたが、自分たちは半分しか活躍していないと2班は満場一致で拒否する。1班は既に4班を倒していたらしく、6班のバッジ合計は24個。2班は12個。残りの班は全て失格という異例の結果で幕を閉じたのだった。

 ───。

 ──────。

 ────────────。

 「い、以上で報告を終わるわ。」

 人気のない部屋で一人、カーテンをしめ部屋を暗くし、ドアには鍵をかけて周囲に神経を尖らせる。伊集院は暗号通信用の無線機で連絡をとっていた。

 「連絡ご苦労、なるほど6班が最高得点とは君にしては助力が過ぎたのかな。」

 無線機の先でノイズの走った声が語りかけた。

 「わ、私は何もしていないわよ……それよりもどうして教えてくれなかったの……あんな化け物がいるなんて聞いていないわ……!」

 「高橋くんかね?事前に6班に極めて優秀な者が配置されるので注意しろと伝えたはずだが、予想以上の成績をあげたことにはこちらも驚いている。」

 「ち、違うわよ……境野!境野連!何なのあいつ……高橋なんて殆ど活躍してない……!全部全部全部あいつがやったんだから……!」

 無線機は沈黙する。その沈黙の意味は何か、機械的な反応しか返ってこないため真意を計りかねる。

 「境野連はこちらの名簿にもあるな、ほぅなるほど。君は彼が6班の快進撃の全ての元凶……いや失礼、全ての鍵だったと言いたいのかな。」

 「し、信用してないの……!?そりゃあ、あたしだって信じられないわよ……でもこの目でずっと見てたんだから仕方ないじゃない……!」

 また無線機は沈黙した。今度は前よりも長い。伊集院にしても分からなかった。彼は何者なのか。前の彼はあんなものではなかった。

 「興味深い報告をありがとう、引き続き報告を頼む。」

 無線機の音は切れる。


 ───無線機を閉じた。伊集院コトネ、彼女を半ば脅迫してこうして情報提供をしてもらっているが、今まで虚偽の報告はなかった。声の調子からもそれは分かる。

 パソコンを開きデータベースを確認する。境野連、家族は三人構成で極めて平凡、特に前科もなければ、まっさらな平凡の……。

 「これは……どういうことだ……?」

 まっさらだ、境野連の経歴は。犯罪歴だけではない。通院経歴もない。このデータベースは役所と連動しており、確かなものだ。更に進めると驚くべき事実に辿り着く。出生届すらない。勿論、渡航履歴もだ。このデータベースは海外ともリンクしているため不法入国者というわけでもない。突然、境野連という人間が境野家に出現し戸籍が登録されているのだ。養子縁組でもない、実子として。

 パソコンを閉じた。これ以上調べても何も出ない。何もない人間を調べるのは不可能だ。

 「伊集院くんでは少し不安が残るな……。」

 不穏因子は早い内に解決した方が良い。境野連は我々にとって有害であるかどうか。見定める必要があるようだ。

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