絶望、終わりの始まり

 急いで駆けつけなければ、その思いで遠い海から駆け抜けた。何もかも考えるのをやめて、あそこに戻るために。だから周囲の影響を考えていなかった。あれだけ高速に動いたら、そうなるだろう。幸いだったのは移動経路に住宅地が無かったことだ。

 そう、ここは無人島だったのだ。バスはフェイク、おそらくヘリコプターか何かで輸送したのだろう。だから、あんな舗装のない場所に不自然にバスが停車していたんだ。

 「どうした東郷、さっきまで下品に笑ってたじゃないか。何が楽しかったのか教えてくれよ。」

 東郷は俺の姿に明らかに動揺していた。俺の姿というより俺の背後で歪に破壊された山々の姿を見てのことだろうが。

 「は、はは……いいさ……来るが良い!何度来ても同じだ!次は地球の裏側にでも飛ばすか?そ、それとも溶岩の中がいいか!?」

 「いいや、もう俺はお前に近づかないよ。」

 は?と呆ける東郷を尻目に地面の土を掴み団子を作る。能力は分かった。触れると発動する。なら触れなければ良いだけだ。

 「おい、何のつもりだ?近づかない?なんだなんだビビって」

 瞬間、東郷の真横を物質が高速で通り過ぎた。えぐれた、こめかみ部分の髪の毛がサラサラと抜け落ちる。東郷の表情が凍った。

 「だから近づかなければ良いんだろ?お前も好きだろこれ?」

 その正体は超高速に投げられた土玉だった。遅れて後ろの木が倒れた。土玉が直撃し倒れたのだ。高度数千メートルから落下しても無事で、山をこんな姿に破壊する者が投げる全力投球。それは例えただの土で出来たものであろうと、恐ろしい武器へと化するのは自明の理だ。

 「な、なんだとぉ!?」

 東郷は駆けた。幸い境野は投擲の素人だ。東郷はそう考えた。コントロールが良いわけではない。動く的に当てるのが難しいのは自分がよく分かっている。逃げ回るゴミを相手にするなんてのは、何度もしたことがあるからな!だが自分が的になるなど、ありえないことだった。

 「おのれ!おのれ!!おのれぇ!!!」

 逃げたぞという高橋の声が聞こえた。屈辱的だ。何かの悪夢だ。こんなのは嘘だ。いや、俺は逃げているのではない、後退しているだけなんだ!そう自分に言い聞かせ木々を触りながら山を下る。触れた樹木は次々とテレポートし、境野の頭上へと降ってきた。また大地を支える木の根が消えたことで地盤は緩み土砂崩れが起こる。

 これが幸いにも東郷の逃走を手助けした。後ろで炸裂音がする。後ろを振り向くと、境野は頭上に降ってくる無数の樹木を拳一発で粉砕していた。

 「───はっ。」

 思わず失笑する。ありえない、何なんだあれは。同じ人間とは思いたくない。何であんな奴が同じ学校にいるんだ。知ってたら入学なんてしない。なぜあんなのがいると誰も教えなかったんだ、父も母も教師どもも!!

 だが、ただ闇雲に逃げているわけではない。最後の手段、この試験でありえないだろうが敗北の可能性が目に見えた場合、使えと言われたものがある。この島は作られた人工島だ。そして設計には東郷一族も関わっている。目指すのは毒ガスのスイッチ。押せば島中に毒ガスが散布され全ての生命は例外なしに死に至る。だが東郷だけは自身の能力で周囲の毒ガスを飛ばすことができるので生還できるのだ。まさに逆転の一手、そしてそのスイッチは山の麓、川のほとりにある。場所は完全に記憶している。万が一を想定してこそ有能の証だ。俺はこいつらとは違う。

 「み、見えた!」

 川のほとりに、奇妙な形をした岩がある。それこそが目印。あとはスイッチを押すだけだ。笑みが溢れる。逃げながら無数の樹木を境野に落とし続けているがまったくくたばる様子はない。だが俺には届かない、これで終わりだ、何もかも終わらせて俺だけが生き残る。東郷の口は不気味に歪み、アドレナリンとドーパミンが脳内に溢れだす。勝った!勝った!勝ったんだ!岩に手を伸ばす!伸ばしたはずが……届かない。何かに引っかかって足が動かないのだ。何だ、何なんだ、頭の中は疑問符で埋め尽くされる。足元を見ると……そこには大量のワカメが足に絡まっていた。何だこれは、周囲を見ると一人の男が立っていた。

 「これが俺のアタッチメントさ!」

 男はガッツポーズを決めた。あいつは6班の……名前も知らない……。

 「こんのクソカスがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」

 怒髪天を衝く勢いで東郷は叫んだ、だが全ては遅かった。もう後ろに境野がいる。放たれた土玉が頭に直撃し、意識はそこで失われた。

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