邂逅と廻廊、星を穿つ流星

 試験が始まってから2時間が経過した。試験の時間は日が暮れるまで、日没はいつ頃になるかわからないが余裕はある。あらゆる可能性を想定して1班を迎え撃つと2班は計画を練っている。とはいっても真面目に聞いているのは三人で、リサを含めた三人は俺たち6班が気になるようだ。

 「というか高橋さん、やばいでしょ。一人で君ら守りながら12人倒して無傷ってレベル測定間違ってんじゃない?」

 この男は無限谷一むげんだにはじめ、2班の一人だがこれから1班と戦うのにまるで緊張していない。

 「ていうか、あのワカメなんなんすか、うちのリーダーマジで頭抱えてて受けたんすけど。」

 俺も同じ立場だったら同じ感想を抱くと思う。磯上にはアタッチメントのことを話すなと伝えている。これは高橋さんが決めたことだ。2班が信用できないわけではないが、手の内はなるべく明かさない方が良いと。そのためか磯上は話したくてうずうずしてもどかしそうだ。

 二階堂の作戦会議が終わり俺たちはいよいよ1班のもとへと向かうことにした。二階堂の作戦はシンプルなもので、まさか2班と6班が手を組むなど考えようがない、なので6班が囮となって動き2班が挟撃するということだ。即席の同盟で囮など正直不安視しかないのだが、これはあくまで学校の試験、まさかあの二階堂が裏切るはずがないということで全員納得した。

 囮作戦には栗栖も同行する。勿論相手にばれるのは不味いのでギリギリまで近づいたら別れる予定だ。

 「見つけた、あそこね。すぐに助けがくると思うけど、健闘を祈るわ。」

 東郷……元の世界でもろくなやつではなかった。卒業後は親のコネをついで清廉潔白をアピールした政治家になっていたが、清廉潔白なんて笑わせる。

 凝視すると敵が見えた。6人揃っている。今は休んでいるのか何かに腰をかけて談笑しているようだ。高橋さんを見ると無言で頷いた。準備は良いようだ。俺は意を決して6人うち、最も近い相手を狙い草むらから飛び出す。

 飛び出した瞬間、全員が俺を見ていた。まずいと感じた。全員が俺を見ていたということは、俺が襲ってくる方向が分かっていたのだ。目の前に断頭台が現れる。比喩ではなく、拷問器具としてのものだ。誰かのアタッチメントなのだろう。俺は思わず手で振り払った。断頭台だったものは消し飛んだ。そしてその先の敵に掌底を当てる。吹き飛んだ。この瞬間、わずか数秒のことだった。

 「6班?何でまたこんなところに。」

 そう言いながら女子の手から銃が出てきた。ただの銃ではないだろう。引き金を引くその瞬間、熱風が吹き銃をもった女子を吹き飛ばす。熱風の風上には陽炎が立っていた。次いで本のページが舞う。そしてそのページは螺旋状に舞って、その中心に二階堂が現れた。

 「2班か!6班を囮にするとは汚い手を使うじゃねぇか!」

 東郷が叫んだ。だがその瞬間閃光が放たれた。そして2班のメンバーは全員消えた。1班は……三人残っている。消えたのは最初に突き飛ばした奴と銃を持っていた女子。そして未だ不明の一人。

 「ふは、本当は鬼龍だけで良かったんだが、余計なことしたせいで三人も行ってしまったか。」

 東郷は立ちあがる。

 「しかし、同盟を組むのは分かっていたが、6班と組むなんて二階堂の奴も焼きが回ったものだな?」

 ニタニタと笑いながら俺たちに近寄る。

 「東郷さん、6班には高橋がいます。気をつけてください。」

 東郷の傍にいた女生徒が声をかけると、東郷はわざとらしく振る舞った。

 「おーっと怖い怖い、そういやお前がいたな高橋?今どんな気持ちだ?全裸になって土下座して俺のケツでも舐めるなら許してやっても良」

 東郷の言葉が言い終わる前に鈍い音がした。高橋さんの足にはいつの間にかブーツが付いている。その足で蹴り上げたのだ。

 「息がくせぇんだよブタが。」

 トドメの一撃とばかりに蹴りを入れようとすると女生徒に素手で止められる。

 「邪魔だ円宮司、その薄汚ねぇ手をどけろや。」

 高橋さんの睨みを物ともせず、その足を掴んだ。だが掴む前に高橋さんはもう片方の足で円宮司と呼んだ女子の腹を蹴飛ばした。思わず吹き飛ばされる。

 「まったく不良というのは怖いもの知らずで度し難い。」

 もう一人の男が高橋さんの後ろに立っていた。そして手のひらを頭に当てると衝撃波が発生し頭が地面に叩きつけられる。地面が揺れた。トドメとばかりに倒れた高橋さんに向けて手を近づける。だがその手前でワカメが突然生えてきた。

 「え、なにこれ。」

 呆然とする男の前に突然鈍い光が走る。危険を察知した男は瞬時に後ろに飛び回避した。

 「何もしないでバッジを渡せば放っとくつもりだったんだが、それはひょっとして……俺を倒すつもりでいるのかな。」

 剣がそこに立っていた。日本刀を構えて。あれが彼のアタッチメントなのだろう。

 「放生ほうじょう、そんな雑魚はとっとと始末しておけ。さて高橋……お前は散々俺に生意気なことしてくれたな。」

 東郷が高橋さんに手を伸ばす。その腕を俺は掴んだ。

 「何だお前は?最初に飛ばされたいのか?」

 「お前がな。」

 俺は掴んだ腕を無理やり振り回し、東郷をぶん投げた。東郷は悲鳴を上げる間もなく、高く上空へと吹き飛んだ。

 「東郷さん!!」

 円宮司が東郷に駆け寄ろうとするが、疾風がそれを退ける。

 「おい、円宮司ぃ……まだあたしとのケンカが終わってねぇだろうがよ。」

 何が彼女を突き動かすのか。髪型は崩れ、顔は血まみれの高橋が立ちふさがる。

 「そんな顔でよく言えますね、望みどおり倒れるまで痛めつけてあげます。」

 円宮司のアタッチメントは手袋だ。非生物限定で触れたものに意思を与える能力を持つ。与えられた非生物は全て円宮司の指示通りに動くのだ。ポケットに入れた釘を投げつける。当然全てに意思があり、あの女を攻撃するように指示済だ。無数の釘は全て高橋の蹴りで弾き飛ばされる。地面に触れる。地面は隆起し無数の怪物と化して高橋を襲うがコンクリートをも粉砕する彼女のアタッチメントには無意味だった。

 「場所が悪かったな、ここにゃお前の大好きな操り人形はねぇんだよ。」

 円宮司の能力はあくまで非生物限定である。当然樹木なども能力の対象外だ。山の中には非生物と呼べるものは殆どない。意思をもたせた土人形は全て破壊され、そして距離をつめられる。思わず舌打ちをした。

 「お前何か、こんな場所でなければ……ッ!」

 無意味だと分かっていてもあてつけのように高橋を睨みつける。 

 「そりゃ同感だ。」

 全身全霊の蹴りが炸裂した。鋭い痛みと共に、円宮司の意識はここで途絶える。

 

 東郷は宙を待っていた。何故か分からない。確か落ちこぼれに腕を掴まれて……そこまでは分かる。なぜ今、宙に飛んでいるのか、それを理解するのに一瞬の間があったのだ。地面に激突する。鈍い痛みがした。能力を使用して、すかさず回復する。俺を見下ろす落ちこぼれの姿が見える。

 「て、めぇ!俺を見下ろすんじゃねぇ!」

 この落ちこぼれがやったのか、それとも2班のやつがやったのか、どちらにせよこんなことをして許すはずがない。ふと右肩の違和感に気がつく。右肩はぶらぶらと俺の意識とは無関係に動いている。脱臼しているのだ。こいつは俺に何をした……?


 落ちてきた東郷を見下ろす。思い切り投げ飛ばしたから肩を脱臼したようだ。

 「バッジを渡せ、その怪我じゃあこれ以上無理だろ。」

 俺は脱臼した箇所を指差すと東郷も気がついたのか脱臼部分を見つめていた。

 「なに寝言を言っているんだ?落ちこぼれ風情が調子の乗るのも大概にするがいい!」

 脱臼した部分に手を当てると脱臼が治った。東郷は治療系のアタッチメントなのだろうか。だとすれば戦いには向かないというのにこの強気はなんだ。

 「周りを見ろよ、お前の取り巻きは一人もいない、お前一人だ。それでどうするんだ?」

 「だから、なんだというのだ!お前みたいな落ちこぼれのカスを倒すことなんて造作もないのだ!!」

 そう言いながら俺を殴りつけようとする。

 「おい、いい加減に───。」

 パンチを受け止めた瞬間俺は見知らぬ場所にいた。いやこれは知っている、空の上だ。東郷に殴られることが条件だったのか?俺は空の上から急速に落下した。

 「ふはははは!同じ目に合ってもらうぞ!」

 俺は地面に落下した。巨大な爆発音と衝撃が山に響き、土煙が舞う。東郷は上機嫌に笑った。その笑いを止めるために俺は首を掴んだ。

 「ガッ……ハッ……どうして……。」

 「俺の能力はそういう能力だからだよ東郷。お前の詰みだ。」

 次の瞬間、俺は暗闇の中にいた。何が起きたのか一瞬分からなかったが、口に入る塩辛い味と身体の感覚から理解した。ここは海の底だ。東郷のアタッチメントは触れているものを任意の場所へ飛ばす能力なのだ。急いで戻ろうにもどうしたら良いのか、俺はとにかく海上に上がろうと全力で海を蹴り上げた。すると身体が加速し急浮上した。すると次の瞬間、見渡す限りの青い空と水平線が見えるほどの広い海が眼の前に広がる。一瞬にして海底から海上、そして空へと加速したのだ。

 「すごいところまで飛ばしたな、あいつ……どこにいる?」

 俺たちがいた場所がどこかも分からない。俺は全神経を集中させて東郷の位置を探った。光は収束し目的を導く。理由は分からないが、この光の先に東郷がいることを確信した。

 空を飛べないのは実証済みだ。俺は今、勢いよく海中から飛び出して、そのまま海面に叩きつけられようとしている。空は飛べない───なら全力で走り抜くだけだ。

 海面に足が付く瞬間、俺は海面を蹴り上げ加速した。蹴り上げた海面は爆散し舞い上がり、俺はそれを推進にして加速する。重力に従って身体は落下していくが、その度に海面を蹴り上げ更に加速を繰り返す。いつしか視界は光の渦となり、感覚は研ぎ澄まされ、風を切り、空気が爆散する音も消えてなくなり、唯一つ静寂の中、光を駆け抜けて、俺という意識だけが残った。だが目的地だけははっきりしている。それはまるで一筋の流星のように海を裂いた。流星は光の線となって駆け抜ける。彼方に見える一欠片の光の点へと。


 「は……はぁ……ハハハッ!馬鹿がッ!!」

 東郷は勝ち誇っていた。落ちこぼれの雑魚が生意気にも自分に二度も逆らうなど、あってはならないことだ。本当なら一生後悔するくらいに徹底的に痛めつけたかった。だが得体の知れないあの男は早くに始末しなければならないと、本能が訴えていた。

 「おい、嘘だろ境野……。」

 高橋は血まみれになりながら東郷を見つめていた。円宮司は足元で倒れている。使えない女だ、東郷は心底自分の周りが恵まれていないことに失望した。

 「境野?あぁ……あのカスは境野というのか、残念だな高橋、あいつは今頃魚のエサだよ。」

 東郷は高らかに笑う。そして高橋へと近寄っていった。

 「その使えねぇゴミ女を倒した程度でいきがってんじゃねぇぞ?もうすぐ鬼龍たちも帰ってくる。頼りの2班どもを倒してな。それにこの音……聞こえるか?放生の奴、遊んでやがる。もうお前たちに勝機なんてないんだよ。」

 衝撃音が度々響き渡る。放生豊後ほうじょうぶんご、彼のアタッチメントは触れたものに衝撃波を与えるものだ。触れるものに縛りはなく、空気に衝撃を与えて遠くから相手を吹き飛ばすことも可能である。1班の恐るべき戦力の一人である。

 「境野をどうしたんだ……。」

 「言っただろ、魚のエサになったって、俺だって殺しまではしたくなかった、でも仕方ないよなぁ?か弱い優等生に素行の悪い不良が殴りかかってきたんだ、不慮の事故で不幸なことになっても……仕方ないな?」

 当然だが、これはあくまで試験の一環である。殺人は許容されていないし、した場合は社会的制裁が課せられる。だが東郷は別だ。彼はその力を使い数々の事件を握りつぶしてきたのだ。だからこそ学校で彼に逆らうものはいない。彼は絶対正義であり、逆らうことこそが悪なのだ。例えそれが真逆だとしても、社会的立場により強引にねじ伏せる。それがこの男のやり方だった。

 「境野……そんな……。」

 高橋の表情が崩れた。今まで彼女は一度も弱気な姿を見せなかったが、初めてこの瞬間、絶望に打ちひしがれ、その本心が露わになったのだ。その姿を見て東郷は上機嫌になり更に笑う。まるで気が狂ったかのように笑い、侮蔑した。

 「あぁ……腹が痛い……いや本当に良かったよ、本心だとも。こんなエンタメは見たことなかった。お前達のような落ちこぼれでも、生まれた価値があったんだなと勉強になった。」

 東郷は更に高橋に近寄る。

 「これから一年、二年楽しみだな高橋?最初は何をしてほしい?転校なんてさせはしない。引っ越しもさせない。お前は一生俺の足元を這いつくばら」

 とてつもない轟音がして会話を遮られた。そして遅れて突風、いやこれはもはや暴風だ。東郷はバランスを崩しながらも何事かと振り返る。

 「おい放生やりすぎ……。」

 まず脳裏に浮かんだのは放生だった。奴のアタッチメントは衝撃波、ここまでのものを出せるのは初耳だが今、それができるのは奴しかいない。だから振り返って見た景色を見て言葉を失った。山がえぐれている。森が消し飛んでいる。ところどころパチパチと音を立てて炭化している。何かが通った後がある。樹木や土、岩はその何かが通ったあとが溶けている。まるで氷に溶岩を流し込んだような……。土や岩が溶けるのは理解したくないが分かる。だが樹木が溶けるというのはどういうことだ。数万度のエネルギーがここを通過したのか。何のために?多くの疑問が頭の中に浮かんだが、その疑問はすぐに解けた。

 「お前……!心配させんじゃねぇよ馬鹿!!」

 何故ならば、この災害を引き起こした何かは、自分の目の前にいたのだから。高橋の言葉で正気に戻った。受け入れたくなかったからだ、この現実を。

 「な、な、なんで……なぜお前がここにいるんだ!!」

 そこには境野が立っていた。溶けた地面を踏みしめて、少しずつこちらへ歩み寄ってくるのだ。初めて感じた。恐怖という感情を。

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