第3話

 列車が走り出すと、とたんに窓にシャッターが下りた。

 頑丈そうなステンレス製のシャッターである。

 なぜ、たかが地下鉄にこんなものが?

 何か異常事態が起こっているに違いなかった。

 だが、僕にはそれが何かわからない。

「みなさん、こんにちはー」

 熱気にむせ返る車内に、ふいに場違いに明るい声が響いた。

 僕は人ごみをかき分けて、声の主を探した。

 やはり、あの少女だった。

 ポスターのイメージキャラになっていた、あのアイドルもどきの少女である。

 ポスター通りの、いかにもアイドルといった感じのコスチュームを身につけている。

 奇妙な光景だった。

 少女ひとりだけが座席に腰かけており、乗客たちは立ったまま半円形に彼女を取り囲んでいるのだ。

 まるで、そう、少女を集団でリンチでもしようというかのように・・・。

 だが、不思議なことに、少女の顔には怯えの色はかけらも浮かんでいなかった。

 それどころか、靴を脱いで座席の上に立ち上がると、くるりと一回転して、いったのだ。

「わたし、イロハです。よろしくおねがいしまーす」

 短いスカートが腰の辺りまでめくれ、白い下着が一瞬丸見えになる。

 何なんだ、これは。

 僕は驚きに目を見開いた。

 新手のアイドルのプロモーション活動なのだろうか。

 1人握手会とか、そういったものなのか。

 異常な出来事が起こったのは、そのすぐ後のことだった。

 突然、一番前にいた中年のサラリーマンが、少女の頬を思いっきりはたいたのである。

 少女の上体が揺らぐ。

 そのか細い鳩尾に、あろうことか、今度はサラリーマンの右隣にいる高校生が、いきなりパンチをくらわした。

 あまりのことに僕は棒立ちになった。

 誰も止めに入らない。

 それどころか・・・。

 老人が少女の頭を杖で打ち据える。

 何人かの体格のいい若者たちが一斉に飛び掛り、少女の上着を引き裂いた。

 服を剥ぎ取られ、たちまち真っ白な肌があらわになる。

 男たちがごそごそ動き出した。

「お、おまえら・・・」

 ありえない光景だった。

 乗客たちが全員、ズボンを脱ぎだしているのだ。

 ある意味笑える光景だった。

 シュールなギャグといってもいいかもしれない。

 が、これはまごうかたなき現実なのだった。

 乗客たちの屹立した一物が、犯人を包囲する警官隊の銃口よろしく、一斉に少女の顔に向けられる。

「やめろ!」

 怒りが頂点に達し、僕は飛び出した。

 己の一物をしごくのに懸命になっているサラリーマンの背を蹴り飛ばし、少女の前に立った。

 白濁した液体が、次から次へと降りかかった。

「おまえら、狂ってる!」

 べたべたになりながら、叫んだ。

「これ以上おかしなことしたら、け、警察呼ぶぞ!」

 たくさんのうつろな目が僕を見つめた。

 誰も、何もいわなかった。

 列車の立てる音だけが、すべてだった。

 こいつら、いったい何なんだ?

 ゾンビか何かなのか?

 しかし、人間をレイプするゾンビなんて、聞いたことがない。

 僕は身構えた。

 武器は何もない。

 こうなったら、素手で戦うまでだ。

 そう覚悟を決めたとき、列車が駅に止まった。 

 ズボンをはき直すと、乗客たちは何事もなかったようにぞろぞろと列車を降りていった。

 それと入れ替わりに、背の高い、作業着姿のやせた男が乗ってきた。

「困るな、彼女の仕事の邪魔をしてもらっては」

 銀縁眼鏡の奥の鋭い眼で僕を無表情に眺めながら、クールな口調でいった。

「仕事?」

 僕はぽかんと口を開けた。

 男たちに襲われるのが、仕事だって?

 そんな、ありえない。

 男の肩に、金属のトンボが舞い降りた。

 今までつり革にとまっていたらしい。

「私はこういう者だ」

 名刺を差し出した。

『厚生労働省 精神安定課 青葉台分局 係長 須崎卓郎』

 名刺には、そうあった。

「ちょっと、来てもらおうか」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る