第2話
さすが『住みたい街』アンケート第一位だけある。
駅前広場に出て、周りの景色を眺め渡しながら、僕は思った。
ここ青葉台市は、中部地方に新たに造られた学園都市である。
年間犯罪発生率、実に0%。
小中高校での年間いじめ発生件数0。
清流と緑に囲まれた、まさに理想の居住空間だった。
円形の駅前広場から放射状に伸びる道路には塵ひとつなく、立ち並ぶ真新しい住宅は、どれも控えめに個性を主張していて、自然の多い景観にしっくり溶け込んでいる。
街を歩いている人々の顔つきも、心なしか温和で、皆幸せそうに見えた。
青葉台市は盆地の中心に位置するため、周囲は山々に囲まれている。
その南側の山麓に光る白亜の建造物が、僕がこれから向かう大東亜国際大学だった。
大学までは相当距離があり、地下鉄に乗る必要があった。
僕は春の予感に満ちた空気を胸いっぱいに吸い込むと、JRの駅に隣接する地下鉄の駅へと歩き出した。
きょうはまず大学に顔を出し、その後借りたマンションに直行して荷造りをほどく予定である。
これから始まる新生活のことをあれこれ想像すると、自然に気分が昂ぶってきた。
講義が始まるのは来週だから、しばらくはのんびりと過ごすつもりだった。
駅のホームの壁には、「welcome 青葉台!」とか、『おいしい水と空気の街、青葉台』などと書かれたポスターが等間隔に貼ってあり、地下鉄の駅の入口までずっと続いていた。
僕の目を引いたのは、ポスターのイメージキャラクターだ。
真っ赤な髪の、可愛らしい少女である。
ツインテールの髪、セーラー服を基調にした超ミニの衣装。
いかにもアイドルっぽいが、見たことのない顔なのだ。
連続して貼られたポスターの中の彼女はそれぞれ微妙にしぐさが異なっていて、ちょうどパラパラ漫画のような感じだった。
JR駅側の最初の一枚はおとなしいポーズなのだが、地下鉄の駅に近づくにつれ、だんだんとポーズが過激になっていく。
最後の一枚では、大きく振り上げた脚の間から、真っ白な下着が見えていた。
いいのかな、これ。
フェミニスト団体から苦情が殺到するんじゃないかと、他人事ながら心配になった。
エスカレーターで地下に降りる。
少女のポスターはまだずっと続いている。
ホームに貼ってあるものは、完全に水着姿になっていた。
ホームに下りると、真ん中の乗車位置にだけ、人だかりができていた。
その昇降口の上に、『いろは専用車両』なる電光掲示板が点滅している。
いろは?
何だろう?
なんとはなしに列の後ろに並びながら、僕は首をかしげた。
そして、そのときになって初めて、周りの空気が普通でないことに気がついた。
列に並んでいるのは全員男なのだが、みんなひどくぴりぴりして、殺気だっているのだ。
地上ではあれほど温和に見えた住人たちの顔が、なぜかここでは獰猛な獣じみたものに見える。
歳は制服姿の中学生から杖をついたお年寄りまで、幅広い。
が、なぜだか誰もが異様に目をぎらつかせ、息を喘がせているのだった。
席を取るために殺気立っているのだろうか。
が、それはおかしい。
坐りたければ、何もこんなところに固まらないで、人の居ない乗車位置に移ればいいだけの話である。
あれこれ頭を悩ませていると、やがて轟音を響かせて地下鉄が入ってきた。
『いろは専用車両』にだけ、ドアのところにあの少女のポスターが貼ってある。
下は小さな黒い下着、上は手ブラというあられもない姿に変わり果てている。
-中央の三番車両は、この時間、『いろは専用』となっておりますー
アナウンスが告げた。
ー・・・が必要な方は、いろは車両にお乗りください。
ざわめきにかき消され、肝心のところが聞こえない。
ぼうっと立っていると、背中を強く押された。
開いたドアに向かって、ものすごい勢いで乗客たちが動き始めたのだ。
中に押し込まれる寸前、人々の頭越しに僕は見た。
地下鉄の中に、彼女がいた。
彼女・・・。
そう、ポスターの少女が。
そのとき、僕の頭上を一匹ののトンボがすり抜けた。
機械でできた、銀色に光る小型のトンボだった。
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