259話 「人神マンティオス」




「じ、人神マンティオス……」


 現存する六神の中で、ヒト族全般を取りまとめる神。

 それが人神だ。


 それに、150年前ではただの人間であり、魔神を倒した功績で神の座に奉られた、文句なしの英雄だ。

 あれだ。ゲームでいうところの勇者様!

 そんな人物が自分に会いたいって、どういうこっちゃ!


『マ、マジでマンティオス様なのか……。確かに、昔見た絵本に描かれている姿と一緒だ。……いや、絵本なんて見た事はねぇ。これは、オリジナルジェイドの知識か』


 吹雪が素っ頓狂な声を上げる。

 どうやら、オリジナルであるジェイドの記憶によると、目の前の存在は人神マンティオスで間違いないらしい。


「そう警戒しないでくれ。本当に用件は、ただ会ってみたかっただけなんだから」


 不安が明らかに顔に出ていたのか、マンティオスは苦笑いを浮かべた。


「俺に……会う?」


「うん。この世界の者ではない、純粋なる人間……。その魂をこの目で確かめてみたかった」


「純粋な人間……ですか?」


 なんだそりゃ。

 まるで、この世界の人間が純粋なモノじゃないみたいな言い方。


「いや、そんなに大層な意味合いではないよ。魔力が流れていない人間というものは、この世界で君だけだ。だから、どういった存在なのかこの目で見てみたかった。

 ……正確には、私自身の目じゃないのだけども」


 あ、表面上は変わっているけども、肉体はあくまでもラザムのままだっけか。


『で、感想はどうなのでござろうか?』


 幾分緊張しながらゲイルは問う。

 元々、人神マンティオスとは敵対関係は無かったのだ。

 それが、いきなりバトル勃発なんて事になったら大変だ。

 しかも、仲間の人数が圧倒的に少ない今の状況下で。


「うん」


 マンティオスは俺たちの緊張とは逆に、満面の笑みを浮かべて頷いた。


「君は大丈夫だ」


『『「へ?」』』


 予想外の言葉に、俺たちはポカンと間抜けな声を発してしまった。


「君ならば、この世界で悪行をこなす事も無いだろう。だから、安心していい。

 君は、君のままで、思う存分この世界を堪能しあばれなさい」


 その言葉に、俺は面食らってしまった。


 確かに、この力を好き勝手に使って、欲望の赴くままに世界を支配しようとかする気はさらさらなかった。

 異世界から、チートな能力を持った存在が現れたとしたら、まず心配するのはそれだろう。

 だというのに、特に弁明する事も無く、さらっと認めてくれたのは驚いた。


「え! い、いいんですか? もしかして、俺の心が読めるとか?」


「いや、そんな便利な力は私にはないよ。ただ、人を見る目だけは自信があるんだ。

 過去にもあったが、君のような異世界人が世の中をかき乱すっていうのは、世界にとって良い刺激になるからね。

 ただし、約束してほしい」


「や、約束?」


 一体、どんな事を言われるってんだ。

 まさか、この世界に永住してくれとか、そんな事じゃないだろうな?


 そんな心配をしていると、マンティオスはニカッと笑みを浮かべた。


「君は君のままでいてくれよ。そうじゃないと、太鼓判を押した私の立場が無くなっちゃうからね」


 あはは。

 と、爽やかに笑うマンティオス。


 対して俺は、胸につかえていたものがスーッと消え去った気がした。

 これまで、心のどこかで、この世界の住人ではない俺が、この世界に大きな影響を与えてしまう事に、何処か罪悪感を抱いていた。

 それが、この世界の神……。それも、かつての英雄であるヒト族の神に認められた。

 自分はこの世界に居ていいと、存在を認められたのだ。


 心の底から嬉しいと思えた。




「それはそれとして……だけど」


 ……ん。

 なんか、嫌な予感。


「5分だけ、ちょっと私と手合わせしてもらってもいいかな?」


 やっぱり、神連中は戦闘馬鹿が多いようだ。




◆◆◆




 一方、温泉へと向かったアルドラゴ女性メンバーたち。


『全く……。意味が分かりませんが、とにかく温泉とやらに行きましょう』


『本当です。私たちが温かな水だまりでボディを洗浄する事に何の意味があるというのですか』


『まあまあ。良いではないですか、これもきっと良い経験になりますよー』


『そうだな。私としては、湯に浸かるという経験は初めてだから、楽しみではある』


 ぶーぶー言いながらも、温泉のある岩場に到着したアルカたち。

 だが、スーツのまま入るのは多大なるマナー違反だとレイジよりしつこく言われていた。

 尤も、こんな場所で他に湯に浸かる者が居るのかという話だが、とりあえずマナーはマナーなので従うことに決めた。


『ええと確か、服を脱ぐのでしたか……。肌の面積を増やさなきゃならないので、面倒なんですけど……』


 普段、アルカたち管理AI組は、肉体を維持するのにも魔力を消費している。

 最近は包括魔力量も増え、また効率の良い魔力消費のやり方も覚えたため、今では1日中……やろうと思えば丸三日間程は変身している事が可能となった。

 だが、衣服によって隠れている部分は人肌を再現する必要性は無い。よって、衣服に隠れている部分はアルカの場合はただ水が人の形をしているだけ。フェイの場合は単なる金属のマネキン状態という夢をぶちこわす真実が隠されていた。


 尤も、彼女たちの肉体は作られたものであるが、その体型のデータそのものは、人格のモデルとなった人物のものである。

 その気になればどんな姿にも変化できるが、特に意識しなければ、デフォルトでその体型となってしまう以上、今の外見そのものが彼女たちのアイデンティティとも言えた。


 意識のみのAIである彼女たちにとって、こうして肉体を得て動き回る事が出来るなんて考えたことも無かったことだ。

 だから、人格のモデルとなった存在に対して、感謝こそすれ、恨んだりなんてことはあり得ない。

 ……あり得ないのだが……


 4人の中の一人、フェイは、自らの肉体と周りの仲間たちの肉体を見比べていた。


 ボンッ

 ボボンッ

 ボン

 ストーン


 今の擬音が何を現しているのかは読者の皆様たちに任せるとしよう。


 姉であるアルカは、ユニフォームの上からでもはっきりと分かる出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでいる立派なモデル体型。

 しかも、特に体型維持に気を遣う必要性も無く、デフォルトでこの身体なのだから、世の女性たちは酷く羨むことだろう。


 続いて、実は隠れナイスバディなのが日輪・ナイアだったりする。

 いつもはローブ状に加工されたユニフォームのおかげで気づきにくいのだが、実はアルカよりも胸部が大きい。

 彼女の場合、アルカと違ってアンドロイドボディではあるが、そのデータはアルカたちと同じく人格データを基にして精製されている。

 そもそも、彼女の場合は仮の肉体をホログラムに投影させる方法をとっていたので、データも取りやすかった。


 そして、烈火であるが彼女の場合は、顔つき以外は全て人格のモデルとなったミカのものとほぼ同じにしている。

 彼女の場合、手足が二人よりもスラリと長く、また筋肉質である。

 胸部部位はほどほどにあるというレベル。


 最後に残るフェイであるが、彼女の場合……デフォルトの状態が14歳程度の成長期前の少女という事で、身体の起伏が3人に比べてあまりにも少なかった。

 絶壁とまでは言わないが、他の三人と比べるとどうしても見劣りしてしまう胸部。アルドラゴのクルーの中にあって、彼女よりも下なのはプラムのみ。

 尤も、彼女は推定8歳なので、将来的にはどうなるか分からない。それに対して、フェイは今後成長する事が出来ない。

 フェイが劣等感を抱いてしまうのは、仕方のないことであった。

 ……あくまでも大きさの問題であって、好みは人それぞれだと弁明しておく。


(決して恨みはしませんが、どうしてもう少し成長してからデータを取ってくれなかったのですか……私のモデルよ)


 そもそもの話、そういった考えを持つこと自体がAIにとってはおかしい事なのであるが、今はそのことに疑問を抱くことは無かった。

 そんなことで悩んでも仕方ない。と割り切って、フェイを含めた4人はスーツを解除して一糸纏わぬ姿となる。(とりあえず見た目上は)


 そこで、先客に遭遇したのだった。


『あ、貴女は―――』


「やあ。さっきぶり」


 アルカたちよりも前に温泉に浸かっていたのは、ついさっきまで一緒に居て、いつの間にか居なくなっていたロゼその人であった。


『あ、貴女はいったい―――ダメですね。聞きたいことが多すぎて、何から尋ねるべきか混乱してしまいます』


 そもそも、この付近に生命反応が無い事は確認済みだった。

 だというのに、どうして彼女は反応が無かったのか……。


「まぁ、まずは湯にでも浸かったらどうかな? そのために来たんだろう」


 その様子から、今度はすぐには逃げないと判断したアルカは、ひとまずはその言葉に従うことに決めた。背後に控えるフェイたちに視線を送り、手を出さないようにくぎを刺す。

 ……そもそもの話、自分たちの力ではまともに相手になると思えない。


(まずは、少しでも情報を引き出すべきですね)


 そして、岩場を乗り越えて湯に足先をつけたのだ。

 最初は妙な違和感。

 だが、足先からふくらはぎ、ふともも、下半身、ついには首から下……と段階を経る事によって、ほわんと身体が温まっていく感覚を得た。

 アルカ自身、全身が水によって構成されているが、感覚はほぼ人間と同じになるように調整されている。


 その感覚がこう示していた。

 これが気持ち良いという感覚であると。


『ぐっ! 私たちには血管も何もないというのに、何故こんなにも身体がポカポカと……!!』

『ね、姉さん! 気が緩んで温泉のお湯を吸収しないように気を付けてください―――』


 というフェイも、湯に浸かる事によってどうして緩んでしまいそうになる顔を必死に堪えていた。……堪える意味は何だろう。


『あらあら。情報としては知っていましたが、体感するのはやっぱり違うものですねー』

『うむ! シャワーで洗浄するのとはやはり違う! これはあれか……赤子の頃に母の羊水に浸かっていた記憶が蘇るという感覚なのか――

 ―――いや、そんな記憶は無い。これは、オリジナルミカの知識というヤツか』



「……素直に気持ち良いって言えばいいのに」


 ふと、ここには見えていない何者かプラムがそんな意見を漏らしたのだった。




◆◆◆




 俺、ゲイル、吹雪……そしてマンティオスの四人は、ゲイルの生家を出て、やや開けた場所に立っていた。


「手合わせと言っても、そんな大層なものじゃない。

 この肉体はラザム氏のものだし、それ以上の力を発揮する事が出来ない。それに、神気だって使えないしね」


 最初は嫌だとごねていたが、マンティオスのその言葉にしぶしぶ頷き、手合わせを了承する事に決めた。

 相手が神気を使えない以上、オリハルコン製の武器を使う必要もない。


 だとするならば、手合わせはあくまで素手によるものだ。


 体格は俺とほぼ変わらない。

 持っている力がラザムのものだとしても、そこまでフィジカルに差があるとは思えない。

 ならば、ハイ・アーマードスーツは勿論のことスーツのパワー増強機能も切って問題ないかもしれない。


「さあ! 5分しか無いのなら、手早く初めてしまおう!」


 正直言って、自信があった。


 この世界に来てから体力トレーニングはかかさずやっているし、何より俺の頭の中には地球における様々な武術のレパートリーが収められている。

 ……正確には映画やテレビで見た動きのトレースなんだが、とにかくその力でこれまでいろんな強敵を倒してこれた。

 特に、あの帝国のクソオヤジ……拳聖ブラウを倒せたことが俺の自信につながった事は間違いない。


 だから、中身が神と言えど、素手での戦闘で後れを取る事は無い。


 ……そう考えていたんだけど―――


「え?」


 殴りかかった俺の身体は、拳がマンティオスにぶつかる寸前にくるりと回転し、そのまま地面へと叩きつけられたのだった。


『……あ、主!?』

『な、なあ……。あれって、レイジの奴がたまに使う技じゃねぇのか?』


 バイザーを通して、ゲイルと吹雪の声が届く。


 ああそうだ。

 これは―――合気術!?


「ど、どうやって? この世界にはこういった技の概念は伝わっていない筈だ」


 俺はなんとか身体を起こして、マンティオスに問う。


「うん。この世界では戦い方も主に魔獣のような身体が自分よりも大きいものとの闘いを想定している。その為、素手での格闘術はそれほど広まっていないんだよ。

 でも、広まっていないだけで無い訳じゃない」


 そうだったのか。

 あまり格闘術を主体にするハンターに会った事が無かったから気付けなかった。


 ……思えば、拳聖ブラウも素手による戦いが主体だった。

 でも、あのオッサンの場合は、単純に攻撃力が強すぎて、武術みたいなもんは使ってなかったはず。だから、あれは例外か。


「また、ヒト族は他の種族に比べて、身体も小さく、膂力も弱い。

 そんな存在が、魔力に頼らずにどうやって他の種族や魔獣たちと戦えたのか……」


 マンティオスはスタスタと歩き、俺との距離を詰める。

 そして、コンッと俺の足を軽く蹴り飛ばし、またしても俺の身体を地面に叩きつけたのだ。


 ……全然力の入っていない軽い蹴り。だというのに、俺の身体は簡単に転ばされてしまった。


「投げ……だよ。

 相手のスピードと体重を利用して、敵の攻撃力をそのまま返してやればいい。

 力はほとんど必要ない。敵の攻撃力が強ければ強いほど、その破壊力も倍増する」


 知識としては俺も知っている。

 ただ、俺の場合は漫画で読んだり、テレビで達人がちょろっと披露したものを見ただけだ。

 実際にこの目で見たり、技を食らうのは初めてだった。


 また、マンティオスは相手の攻撃力をそのまま返すと言った。

 つまり、俺が相手を舐めていて、スーツの補助パワーを切った状態で攻撃を仕掛けたから、この程度のダメージで済んでいるという話だ。

 その事実を知った途端、俺はゾクリと震えた。


「は……すげぇ」


 同時に、笑みがこぼれる。


 剣の達人ならば、この世界にはそれなりに居る。

 だが、格闘技の達人と会ったのは、これが初めてだ。


「もう一度……お願いします」

『あ、主―――!』


 ゲイルの心配する声を無視して、俺は立ち上がった。

 今度は舐めプなんて事はしない。

 それでも、勝てるなんて事は考えない。

 全力で立ち向かい、この神様から出来る限り多くの事を学ぶのだ。


「いいね。そうこなくちゃ……」


 激突が再開する。


 結局のところ、約束の5分間はとうに過ぎ、合計で30分近くは組手を交わしていたと思う。



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