第5話 【フィリップの視点】
「どいつもこいつも肩書きばっかりだ」
僕はイライラしながら自室の扉を開ける。
そのまま服を脱ぎ捨て、ベッドに寝転がった。
長い前髪が顔にかかる感覚が鬱陶しい。
周りにいるモノ全てが煩わしく思えて仕方がない。
「あの、フィリップ様……」
「放っておいてくれと言っただろうが。聞こえなかったのか?」
「いえ、すみませんでした」
ドアの外にいる侍女の相手すら面倒だ。
アリーヌと婚約を破棄してから学園生活は変わった。
彼女が俺のそばにいる時間が減った分、他の女が寄ってたかってくるようになった。
これが迷惑極まりない。
やれカッコいいだの、やれ賢いだの。
そんな事言われなくてもわかっているんだよ。
「くそっ」
あいつらの狙いなんてわかっている。
全員金だ、地位だ、名声だ。
自分の価値を見出すために僕を踏み台にしようと思っているのが目に見えてる。
その明け透けさが不愉快極まりない。
それに比べて彼女は。
「アリーヌ……」
決して派手ではないが、その素朴な笑みが僕は大好きだった。
彼女だけだった。
僕の第四王子という肩書きに興味を示さなかったのは。
まぁ肩書きも何も、そもそも彼女の眼中には僕の存在自体がなかったようだが。
「僕も悪かったけどな……」
彼女を前にしてしまうと、いつも緊張してしまった。
恐らく僕はアリーヌに恋をしていた。
初めての感情と、嫌われたくないという感情からつい素っ気ない態度を取ってしまった。
それに、上手く笑えていた自信がない。
学校で話す度に彼女の話に笑顔を交えて相槌を打とうとしていたが、僕が笑うと彼女はまるで悲しそうに顔を伏せていた。
昔から感情を顔に出すのが苦手だった。
いつも父や母から叱られる日々。
礼儀作法をいくら完璧にこなせるようになっても意味がない。
「どうすればいいんだよ、一体……」
そして極めつけは数日前の事。
王が直々に爵位贈呈を行った金髪才子の軍師。
彼は玉座の間で堂々と言い放ったらしい。
『爵位をいただいたところで図々しいのは承知ですが、もう一つ願いがあります』
『セルトン侯爵が娘、アリーヌ嬢を譲っていただきたいのです』
『俺が彼女と結婚すれば、薬の貿易に王家とのパイプを作ることを約束します。それに、俺も今後国に何かがあった際にはすぐに軍人として先導することを誓います』
元々僕とアリーヌの婚約は、セルトン侯爵の薬学技術を王家の手中に置きたいという思惑の元に成り立ったものだった。
だからこそ、この提案に父は乗った。
その背景には僕とアリーヌの関係が上手くいっていないというものもあった。
悔しい。
好きな女をぶんどられて腹が立たない男なんているわけがない。
だけど、僕には権力がない。
たかが第四王子だ。
王位継承権もロクにない、お飾りの王子。
いくら容姿や頭脳で優位に立とうが、結局は王や軍人には適わない。
そういう時代だ。
忘れよう。
アリーヌとは終わった関係なのだ。
もう、僕達は関係ない。
学園でいくら顔を合わせようが、第四王子と公爵夫人だ。
夫人、か……。
「アリーヌのお菓子、美味しかったな」
甘いものが苦手な僕だが、彼女のお菓子だけは食べられた。
むしろ好物だと言っても過言ではない。
初めての時に、お菓子嫌いな僕は傷つけまいと彼女に『甘いものは好みじゃない』と言い放ったが、実は彼女が帰った後にお菓子を食べたのだ。
そして感銘を受けた。
こんなにおいしい、心温まる食べ物があるのかと。
今までに食べたどんなに名高いパティシエの作るお菓子よりも、それは美味しかった。
だが、口下手な僕は『美味しかった』の一言も言い出せなかった。
幸いしばらくはお菓子を作り続けてくれたため、このままでいいかなんて腐った事を考えていた。
当然すぐに彼女はお菓子を作るのをやめてしまった。
僕は彼女が帰った後にお菓子に手を付けていたし、一見すると無視していたようにも見えるため無理はない。
なんてな。
いつまでも彼女の事を考えるのはやめよう。
もう終わった関係なのだから。
僕は彼女を愛す権利すらないのだから。
冷笑王子から婚約破棄された私に、公爵になった幼馴染が素敵な贈り物をくれました 瓜嶋 海 @uriumi
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