第11話 一時帰宅

ルーベンスが乗って来た馬にケニアを横座りにさせて後ろにルーベンスが支えるように乗馬した。すると、直ぐさま馬を走らせた。

流石にケニアでもルーベンスが機嫌が悪いことは察知した。


(いつも穏やかなルーベンスお兄様が、怒ったところ初めて見たわ。)


馬に横座りしているので、見上げるとルーベンスの表情が解る。ルーベンスは基本従兄弟のケニアとハンスには激甘で、怒ったことがない。しかし、屋敷の中や領地では間違ったことをした人を叱責する場面を一、二度見たことがある。多分それでも少ないとは思う。それも、静かに諭すように話すだけで怒鳴ったりと、いうことは一切見たことがない。普段は誰に対しても穏やかに微笑んでいるのが彼のスタイルだから。


タウンハウスにはあっという間についてしまった。ルーベンスは自分が先に降りてケニアを抱き下ろした。

その姿を見た屋敷の人々は、ルーベンスが間に合ったと思い、駆け寄ったが、ルーベンスが発している不機嫌オーラを読み取るのはとても簡単で、


(間に合わなくて、悔しくて連れて来ちゃった方か。)


とあっさりと行動を読み取った。


「ケニアー!」


屋敷の中からカナガン伯爵がケニア目掛けて駆けて来たが抱き着くことはルーベンスが許さなかった。


「伯父上、今は話し合いが先ですから。」


ケニアとデルタの前に立ち塞がり、自分よりも背が高いルーベンスに睨み見下されるのは、怖くて震えた。


「ケニア取り敢えずお茶でも飲んで、ゆっくりと話をしようか。」


ケニアに向けてのみ笑顔を見せるルーベンスの不機嫌さはMAXである事を全員が悟った。


「これは、旦那様の味方ではなくて、旦那様の最恐の敵に変わりましたね。」


マイナが、抑揚のない言葉を紡ぐと、


「マイナちゃん。怖いから。ルーベンスは、敵じゃないからね。私の味方だからね。そうだよね。ギタ!」


マイナは、カナガン伯爵を無視して屋敷内へと歩みを進めていた。ギタは主であるデルタの背中を擦りながら、


「大丈夫ですよ。ルーベンスは優しい子ですから。大丈夫ですよ。」


とあやしながら、付き添いゆっくりと屋敷へと向かい歩いて行った。


応接室へ行くと奥のソファにカナガン伯爵、ソファの後ろにギタとマイナが立った。

向かいのソファにはケニアとルーベンスが座っているが、ケニアが座っているのはソファではなくて、ルーベンスの膝の上に座っていた。


「ルーベンスお兄様・・・・私の座る場所はお兄様の横ではなくて?」


「いや、此処だよ。昔からケニアの座る場所は此処だったでしょ。」


何もおかしなことは無い風で言ってのけるが、そもそもここ二年ばかりは、膝に座ったことがない。どうやって拒否をしようかケニアは必死で考えていたが、周りはこれ以上ルーベンスの機嫌が悪くなることは避けたいので、そこは無視をすることにした。ケニアを与えておけば少しでもルーベンスの機嫌は良くなるのだから。


「ルーベンス。不甲斐ない叔父でごめんね。」


「本当ですよ。」


オドオドしているカナガン伯爵とは違い輝くばかりの笑顔を作りながらも今までにない毒を吐くルーベンスにデルタは震えてしまった。後ろに控えているギタを見て


「ルーベンスが可笑しいよね。」


と小声で囁くと聞こえないように言ったはずが、ルーベンスはしっかりとその言葉を拾っていた。


「僕は可笑しくはありませんよ。可笑しいのは寧ろ、伯父上でしょう。」


最後の言葉は冷たく鋭い氷の剣でデルタの心臓を抉った。

いくら何でも十二歳の子供の結婚を許す親なんか普通はいない。商会等とのやり取りであればこのカナガン伯爵も有能さを発揮して絶対に隙なんか見せない。

しかし、貴族同士の社交の場になると、貧乏貴族という引け目が先に立ちオドオドしてしまう。今回のこの結果も社交界が、苦手意識が招いた敗因である。


伯父が社交界が苦手なので、社交界は、デルタの弟であるエドガーか最近はルーベンスが交互に出て行っていた。


これ以上伯父にこの場を仕切らせようとすると破綻することを悟ったルーベンスは自分が仕切ることに切り替えた。


「結果から申し上げますと、王宮まで行き、止めようとしましたが、一足遅く結婚誓約書は受理された後でした。」


デルタは、えーっ!と不貞腐れ、ギタは俯いて額に手を当てていた。マイナは通常営業で真っすぐに姿勢を崩さないまま立っていた。


「伯父上にそんな態度をされる思えもありませんがね。」


ルーベンスはケニアには表情が見えない角度で伯父であるデルタを睨んだ。


「だって。ルーベンスならって思うじゃないか。」


「僕は万能人間じゃありませんよ。寧ろ此処にケニアを連れて帰った事だけでも称賛して欲しいくらいです。」


「ルーベンス様。お疲れさまでした。お嬢様を連れてお帰りになられた事は僥倖でした。」


侍女長のマイナが鷹揚に応えると


「僕は君よりも地位が上だからマイナにそんなこと言われる覚えはないよ。」


ルーベンスは笑顔を見せながらも、そっけなく応えた。


「あら、誤解をされては、困りますわ。これは私の意見ではなく、領地民の代表としての意見です。」


ルーベンスは、どこまでも反論して来るマイナを早々に諦めることにした。


「今回受理されてしまっては、もうどうにもなりません。まさかその日に受理する暴挙に出るとは思いませんでした。ですから、ケニアを連れて帰ったのは、今後の話し合いの為です。先ず、ケニアの言う白い結婚をいつまで続けるのか。公爵家の人たちを全て信用するのは危険過ぎます。諸悪の根源を育てた環境ですからね。だから、信用できる使用人をケニアに付けます。その人選も行いたい。どうですか。伯父上。」


今言われたことは至極真っ当なことなので、デルタは首を何度も縦に振った。

今まで領地に居る時にケニアに着いていたメイドを二人と侍女を一人。あとは執事を一人付けることになった。余り多くを連れて行くのも公爵家の人たちに不信感を与えかねない。


「でしたら、メイドは、サリーとルーナそれと侍女はシンシア嬢ではどうですか?今までの専属メイドと領地でのお嬢様のご友人のシンシア嬢になりますが。」


「私は良いと思うよ。マイナちゃんはやっぱり優秀だよね。」


デルタは、笑顔でマイナを褒めるが、誰も当の本人のマイナですら、反応しなかった。


「では、執事ですが・・・・。」


ギタが幾人かを思い浮かべながら名前を上げようとすると、ルーベンスが間髪入れずに応えた。


「僕が行くよ。」


全員がルーベンスを見た。


「お兄様が公爵家に一緒に来るの?」

「それはいくら何でも不味いんじゃない?ねぇギタ。」


ギタは、ルーベンスが怖くて、返答をしなかった。


「倫理的に嫁ぎ先に従兄弟が付いて行くと云うのは、どうなんでしょうか。ねぇルーベンス様。」


先日ルーベンスが公表をされていなかったとはいえ、婚約の話が出ていたことを知ってしまったマイナはそのまま一緒に行かせて良いものかと提議した。


「問題ないでしょ。だって僕、ケニアの為に執事の資格も取得しているし。まさか、こんな時に使う羽目になるとは思わなかったけどね。」


視線はしっかりと、デルタに向けられている。


「あ・・・・うん。・・・・適任だよね。」


「僕これから、弁護士試験も受けなければいけないので、王都の方が都合は良いですしね。」


ケニアは、ルーベンスを見上げた。


「お兄様弁護士になるのですか?」


ルーベンスは柔らかい優しい笑顔をケニアに向けて


「ハンスが大きくなった時に領地を治めるようになって、近くに法律家が居たら安心出来るじゃないか。だから今ちょうど勉強中だったんだ。」


「お兄様!凄いわ。やっぱりお兄様は素晴らしい方だわ。私、お兄様が居たら何も怖いものがないわ。直ぐに相談が出来るもの。今回みたいに間違うこともなかったし。」


ケニアの声が徐々に小さくなる。それだけ今回の事は反省しているようだ。


「間違いは誰にでもあるよ。今回の件に関しては、本当はして欲しくはなかったけどね。でもなってしまった事は仕方がないよ。その代わりこれからはケニアの傍を離れずにずっと守ってあげるからね。」


ケニアは、ルーベンスにありがとうと告げて頬に親愛のキスをした。

ルーベンスは、笑顔で応えたが、向かいの大人三人は、大きな溜息を吐いた。

白い結婚の終了時期に関しては、一般的な三年を目安にして、ランドルフの動向によっては時期を早めることも視野に入れるとした。

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