第10話 入籍しました

窓の外を見ていると、行きの道と異なることでケニアは公爵に尋ねた。


「お義父様。公爵邸への道とは異なりませんか?」


「あぁ。仕事の用事で王宮へ寄らなければいけなくてね。急ぎとは王宮だったんだよ。折角だから、一日も早くケニアの義父になりたいから結婚誓約書も提出しようと思うんだが、良いかな?」


「お父様のサインは貰いましたら良いと思います。何度も王宮へやってくるのはお義父様も大変ですし、時間は有限ですから、有効活用が必要ですわ。」


マティスは、小さく深く息を吐き


「ケニアは本当に頭が良い子だね。」


と褒めた。純粋で信用した人は疑うことをしない。伯爵の人柄なのか、この子の本質なのか。

嘘をついている自分が悲しくなってい来る。しかし、手放す事も出来ない。マティスの理想とする子供が此処にいる。本当はランドルフをこんな子に育てたかった。自分はどこで間違えたのか。


(どう考えてもトーニア・エルビス嬢に引っかかったことが間違いなんだが。)


過去の事は正せない。これからの未来に掛けるしかない。

王城へ着くと門番が馬車の家紋を確認して、スムーズに入場する。停車場まで案内をされると、マティスだけが降りてアンゲルは従僕の隣に座りケニアだけを馬車の中に残して王城内へと入っていった。


暫くすると、馬の蹄の音が響き渡る。かなりのスピードが出ているのが、地響きが凄い

何事だろうと、ケニアは馬車の窓を開けて外を見る。土埃でよく見えないハンカチを出して口元に充てる。


「ケニアー!」


その声には覚えがあり、窓から顔を出す。

馬の嘶きが響く。またケニアを呼ぶ声が響く。


「ルーベンスお兄様?」


「ケニア!居た!公爵はどちらだ。」


義父に様を付けないルーベンスに驚く。いつもは礼節を重んじているルーベンスがこんなミスをするだろうか。


「公爵様は、王宮内へお仕事で行かれたわ。」


ルーベンスが義父に様を付けなかったことで敢えて同じ呼び方をすることでルーベンスに訂正を求めたが、今のルーベンスには伝わらなかった。


「不味い!早くいかなきゃ!」


焦るルーベンスをケニアは引き止める。


「ルーベンスお兄様は領地にいらっしゃる筈でしょ。どうなさったの?」


「ケニアの婚姻は領地民の総意で却下だからだよ。」


ケニアは不思議そうにルーベンスを見る。


「えっ?どうして?だって、投資の事を教えて貰えて、三年後には白い結婚で離縁も出来るのよ。こんなおいしいお話はないでしょう。」


「うまい話には裏があるんだよ。ケニア。それを正しに来たんだ。この結婚は駄目だ。相手が悪過ぎる。一度伯爵家に帰るよ。その前に結婚誓約書を取り返してくるからここで待っていて。」


「どうして?」


「ケニア。君は確かに賢いよ。その年齢ではね。でもまだ、知らない事が多いだろう。悪いことをする奴はいつだって先手を打とうとするし、相手が欲しいものを目の前にぶら下げるんだ。結果ケニアが割を食うことになる。よく考えて契約はしないとだめだと僕は何度も言ったよね。結婚なんかその最たるものじゃないか。僕の云うことが信じられないの?」


ルーベンスに言葉を矢継早に募られると、ケニアはいつも負けてしまう。


(ルーベンスお兄様はいつも間違ったことは言わないのよね。だからいつもお兄様に相談をして決めていたのに。私、間違ったかも知れないわね。)


「お兄様の言う通りかも。もう少し考えてからの方が良いかも知れないわね。」


ケニアの言質を取ったルーベンスは、ケニアを馬車から降ろして、警備兵にオルゲーニ公爵の居場所を聞きケニアの手を引き早歩きで進んでいった。

アンゲルは従僕との会話に夢中で、ルーベンスがケニアに接触していたことにも気が付かなった。


人伝手に聞きながら、オルゲーニ公爵のいる部屋辿り着いて、警備兵に連れの者だと告げて部屋へ入っていった。

その部屋には、陛下と公爵のみが居た。


「お義父様。先程の結婚誓約書ですが。「あぁ。先程宰相が手続きの為に持って行ったよ。これで、ケニアは我が家の娘だ。」えっそんな。」


「返して頂く訳にはいきませんか?十二歳の少女にまだ分別は付きません。」


「君は?」


「ルーベンス・カナガンと申します。」


腰を折り、胸に手を当てて礼を取る。

マティスはルーベンスを見て、この青年が。と納得した。先程までは結婚に前向きだったケニアを一瞬で説き伏せてしまうその説得力。


(本当は彼も欲しいんだけどね。)


マティスは自分の周りにもかなり優秀な部下たちがいるが、自然とカナガン伯爵の周りに集まる人材が羨ましくて仕方がない。


「カナガン伯爵の甥だよね。君の有能さは此処まで届いているよ。将来は是非息子の補佐をして欲しいと思っているよ。」


国王は、椅子から降りてルーベンスに拍手の手を差し出す、

ルーベンスは暫くその手を見つめたが、不敬罪にあたると直ぐにその手を取り握手をした。

国王が握手の手を解くとルーベンスは直ぐに腰を折って、


「陛下。ご無礼を承知で罷り越しましたことお許し下さい。どうかランドルフ・オルゲーニ公子との結婚誓約書の受理を待って頂きたくお願いに上がりました。ケニアはまだ、十二歳の子供であり、父であるデルタ・カナガン伯爵は、筆頭公爵であるオルゲーニ公爵様からお願いをされて、伯父も断ることは困難であったことをご理解頂きたく、私は領地民を代表として、本来は入ってはいけない場所に足を踏み入れさせて頂きました。私の心情も慮って頂けますと幸いです。」


と低頭でお願いをした。


「悪いがそれはもう無理なんだよ。この結婚は既にこの国の為に動き出している。だから、特例で本来のデビュタント後の結婚ではなくその前が適応された。オルゲーニ公爵家は筆頭公爵家だ。その公爵家が没落してしまっては目も当てられない。」


「ご無礼を承知で申し上げますが、それは我がカナガン伯爵家には全く関係のないお話でございます。勿論、国の為も理解はしておりますが、ランドルフ・オルゲーニ公子に関しましては、公子の養育の失敗に他ならないと私は考えます。その失敗の尻ぬぐいを何故ケニアが負わなければいけないのでしょうか?それは、公爵家で公子を再教育すれば良い問題ではないでしょうか?私が知り得た情報では、公子は公爵家から出てセカンドハウスで恋人達と日々を過ごされていらっしゃるそうではありませんか。先ずそこから改善をして、公爵邸で仕事をさせるところから始めるべきではないでしょうか。」


ルーベンスの口上に国王はマティスに、あの子幾つなの?と耳打ちをした。その言葉を拾ったルーベンスは


「私は十七にご座います。」


と胸を張って答えた。カナガン伯爵領のアフィトには優秀な人材として名を轟かせてはいるが,ルーベンスの実年齢までは王都では誰も知らなかった。

どうやってもこのしっかり者のルーベンスを遣り込めることは難しいと悟った国王は早々に匙を投げた。ルーベンスの言う通りランドルフを屋敷で厳しく指導していけば、元々の素質は合ったのだから改善は見込めるのではないか。と陛下も思い至ってしまった。しかし、それを口にしないのは、マティスが怖いから。

此処で陛下とマティスには助けが入る。


「オルゲーニ公爵お待たせ致しました.今回のみ特例ということでランドルフ・オルゲーニ公子とケニア・カナガン伯爵令嬢の結婚誓約書は受理致しました。ご結婚おめでとうございます。」


宰相のガストが扉を開けて入室後に高らかに声を張って告げた。マティスは歓喜の声を上げたが、ルーベンスとケニアの顔色は蒼くなった。

その場の雰囲気をなんとなく肌で感じた宰相はルーベンスとマティスと国王を順に視線で追った。今来るのは不味かった?そう思うが、陛下とマティスにとっては、適時だったように感じる。なので、ルーベンスの事は見なかったことにした。


ケニアは、元々が楽天志向なのでこうなったら。と思考を変えた。ケニアはルーベンスに向き直り


「こうなっては、ルーベンスお兄様仕方がありませんわ。三年後の白い結婚による離婚で私はアフィトへ帰ります。」


さらにルーベンスの顔は蒼くなる。


「ケニア、帰って来ないのか?」


ルーベンスの絶望の声に対してケニアは明るく応える。


「それで良いと言ったのは私だし、投資を教えて下さるって仰って下さっているから、知識を頂いて帰郷するわ。それまでお兄さま待って居て下さいませ。」


首を傾げながら愛らしく語る従妹の『待って居て。』は明らかにルーベンスの意図するものではないが、そんなことはルーベンスには解らない。ルーベンスは言葉通りに受け取り、それは、三年後には離婚をして、自分との結婚を示唆していると捉えた

ルーベンスもかなりポジティブシンキングであった。


(元々デビュタント後に婚約をして、それから一年~三年の間に結婚ということだったから、今回は投資の勉強の為に公爵家に方向に行くと思えば良いのか?)


ルーベンスは、それならば。と今回は納得した。


「あのランドルフ公子がケニアのような少女に食手が動くとは思えませんし。受理をされたものを覆す事は出来ません。ただ、結婚後にケニアの名誉を傷つけるような行為をランドルフ公子が行った場合、僕は絶対に許しませんから!」


ルーベンスの先程までは、一人称が私だったのに僕に変わったことで、ルーベンスの怒りとランドルフという人物に対しても評価がどれ程に最悪なのかを、この場のケニア以外のすべての人が知る事となった。


「ケニア、一応ね、伝えておくけど、ハンスもこの結婚には反対だよ。勿論領地民全ての者達もね。もし、君の名誉をランドルフ公子が傷付けることがあったら、何をするかわからないからね。」


後半部分は、ケニアというよりも、この結婚を公爵と一緒に押し切った国王と宰相と公爵に向けた脅しにしか聞こえなかった。

公爵と一緒にケニアを退出させたくはないルーベンスは、


「では、大変失礼を致しました。私はこれにて失礼させて頂きます。さぁケニア帰るよ。」


と当然のように、ケニアの腰に手を回して、扉の方へと進んで行きノブに手を掛けところで、マティスは


「いや、ルーベンス君、ケニアは今日公爵家に連れて行く予定なんだが。」


と異議を唱えるとルーベンスの眼光は強くなった。そして、ケニアの手を取り愛おしそうに撫でながら、


「ケニアの手が荒れています。元々荒れていますが、公爵家でのんびりと生活をしていたのであれば少しは改善されていたと思うのですが・・・・。今日は今後の話し合いもありますのでケニアは此方で連れて帰ります。」


マティスに否を唱えさせない強気の言葉でその場を制して扉を開けて出て行った。


「マティスの上をいく子が出て来たよ。あの子が、王太子が国王になった時に宰相となってくれたら最強だよね。今から、スカウト出来ないかな。どう思うガスト。」


宰相は溜息を吐いてから


「陛下、彼はランドルフ公子の今後の行動によっては我々を許さないと申しておりましたよ。今スカウトするのは、我々の命の危機ではないでしょうか?」


国王は頭を抱えた。


「ランドルフがもっとしっかりしてくれていたら。ルーベンス君とも良い関係を築けたのに。」


と恨めしそうに言う国王に


「ランドルフがあれだから、出会えた逸材なのですよ。」


と述べたがその言葉で三者三様に落ち込み深い溜息を吐いた。


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