第9話 奪還2

カナガン伯爵邸に着くと玄関先には伯爵と使用人たちが並んでいた。


(僕が来ることは知らない筈なのに何で皆が控えているんだ?)


馬を降りてカナガン伯爵に駆け寄ると、使用人たちは一斉に俯いた。叔父であるカナガン伯爵は顔色を蒼くした。


「伯父上!ケニアは、ケニアはどこですか!」


ルーベンスは左右を見ながらケニアの姿を探している。しかし、ケニアの姿だけが存在しない。


「お嬢様は、公爵家にお嫁に行かれました。」


ルーベンスはマイナの言葉が理解出来ずに、一瞬止まった。


「ん?婚約じゃないのか?それすらも僕は許さないけど。」


ルーベンスの言葉に全員が息を止めた。


(ルーベンス様、許さないって言った。事実を知った時が恐ろしいんだけど。誰が言うんだろう。)


使用人たちは、カナガン伯爵とギタとマイナを順に見るが、マイナは姿勢を正したまま前を向いて微動だにしない。ギタは視線のみを伯爵とマイナに向ける。カナガン伯爵は、ギタとマイナを交互に見る。誰が言うのかそれは誰がルーベンスの怒りを買うのか。に他ならない。

返事がないことに焦れたルーベンスは、再度問う。


「僕のケニアはどこですか?」


僕の?ルーベンスとケニアは、婚約はしていない。だから正確には僕のではないのだが、誰もそれに突っ込みを入れる勇気は持っていなかった。


「ですから、お嬢様は公爵様がお持ちになった結婚誓約書にデルタ様がサインをなさってご成婚と相成りました。」


淡々と述べるマイナに全員が恐怖を覚えた。


(これ、不味くない?不味いよね。)


「伯父上。僕急ぎ過ぎて耳が可笑しくなったのでしょうか?」


輝くような笑顔を見せるルーベンスに恐怖しか感じられない。


「ケニアがね。サインをね、しろって、云うんだよ。私はね・・・・「サインをしたんですか?」」


ルーベンスが言葉を遮り鬼のような形相に代わる。


「伯父上、結婚誓約書にサインしたんですか?」


「・・・・・・うん。」


カナガン伯爵は、顔を下に向けて上目使いにルーベンスを見上げるが、可愛いケニアが同じことをすれば、一発でルーベンスは落ちただろうが、お腹ぽっちゃりの伯父さんがやってもちっとも可愛げはない。寧ろ絶対にやって欲しくない事をされた事で怒りは膨れ上がる。


「伯父上可愛くはありませんし、今回の件は許されることではありませんよ。普通の相手ならば、政略結婚・・・・まぁ我慢しましょう。しかし、相手がランドルフ・オルゲーニだけは、絶対にありえませんよ。」


「そんなこと言ったって、ケニアが嫁に行くって言うんだからどうしようもないじゃないか!」


「それにしたって、可笑しいでしょう!普通はデビュタント後ですよ。何故十二歳の女の子が嫁に行くのですか!」


話せば話すほどにルーベンスのボルテージは上がっていく。


「それは、お嬢様の性格のせいですわ。」


冷静な声で間に入ったのは、侍女長のマイナだった。


「お嬢様は、ずっと投資に興味をお持ちでした。しかし、領地まで来て頂いて、投資の家庭教師を雇うには些かお金が掛かります。しかし、公爵家に嫁に行けば、公爵自らが投資の極意を教えて下さると言われれば、うちのお嬢様ですよ。なんだって有りじゃないですか。そりゃサイン位しちゃいますし、何なら少しの自分の人生の時間なんか大した事は無いと差し出しますよ。だって、そういう子になるように皆でお育て申し上げたではありませんか。当たり前のことを。何を今更。ですわ。」


全員が口を噤んだ。


「公爵たちが来たのと帰ったのは、いつだ?」


少し頭が冷えたルーベンスは、もし間に合うのであれば婚姻誓約書を取り返す方が早いと考えを切り替えた。


「つい1時間ほど前にいらっしゃり、先程お帰りになられましたわ。」


「公爵邸はどこだ。」


「直ぐに馬車のご用意を致しましょう。」


ギタがやる気の声を出すと、


「いや、馬車よりも馬の方が早い。・・・・いや、王宮に行く。」


ルーベンスは少し考えてから、行き先を変えた。


「王宮ですか?」


ギタは首を傾げた。


「これ程に急ぎの結婚なら、邪魔をされる前に王宮に結婚誓約書を提出した方が受理されて撤回が出来ないから問題が無くなる。僕なら、そうする。結婚誓約書を取り返さなくちゃいけないんだから、行くのは王宮だ。僕ならそうする!ギタ悪いが僕の馬はもう限界だ。違う早い馬を用意してくれ。案内人もいてくれると助かる。僕は土地不案内だから。」


ルーベンスの言葉にギタは厩舎へ走り出す。ルーベンスは、持ってきた荷物を近くの使用人に預けて、先程入って来た玄関へと踵を返す。

ルーベンスが出て行くと、一同大きな溜息を吐く。


「やはり、ルーベンス様は頼りになりますね。とても十七歳には思えませんわ。どなたかとは大違いですわね。ご主人様。」


「そんな嫌味は要らないよ。マイナちゃん。」


伯爵は、恨めしそうに侍女長を見た。



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