第62話 隠密
「うちの後輩が迷惑をかけてしまって、すみません」
樽彦――
持永は目を丸くし、心の中で叫んだ。なぜここに樽井がいるのだろうか。それにミヤムラクリーンの作業服を着て……
するとポケットに入れていた端末が震えた。見るとレイレイをウインクをしている。
「本当は庁舎の前で落ち合う予定だったんですけど、こいつが先に入っていっちゃって……」
「そうなのか」
警備員は怪訝そうに見つめながら聞き返した。持永は樽井の話に合わせて必死に首を縦に振る。
「いやぁ、配属されて間もないんで、今回は許してくださいよ」
やはり樽井は人当たりが良い。体育会系のノリというやつだろうか。すぐに警備員と打ち解けて、警戒を解いていく。持永は頼もしい後輩の姿を運転席からただ見ていることしかできなった。
「なんだ、そうなら早く言ってくれればいいのに。疑っちゃったじゃないか」
先ほどまでの高圧的な態度はどこにいったのだろう。窓の中に首を伸ばし、ハンドルを握る持永の肩を気さくに叩いた。
「す、すみません……」
苦笑いをしながら、何度も会釈をし、ほっと胸をなで下ろす。
険阻な表情から一変した警備員はニコニコしながら、誘導棒を振り回し、快く敬礼した。なんとか命が繋がった持永が安堵の溜息をつくと、一仕事終えた樽井が助手席に乗り込んできた。
樽井も内心かなり焦っていたらしい、未だに震えている手で額の汗を拭きった。
「いつから転職したんですか、持永さん」
「いつから私の上司になったんだ、樽彦」
するとレイレイが二人の会話に割って入る。
「念のため連絡しておいたんだ。由芽だけじゃ不安だからね」
「最初は驚きましたよ。俺の目の前にあのレイレイが現れたんですもん。まさか持永さんがこんな有名人とお知り合いだったなんて知りませんでしたよ」
樽井はナビに映し出されたレイレイを見つめながら言った。
「余計なことを……」と言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。実際樽井がいなければ、あの場を切り抜けることはできなかった。レイレイを見つめつつも、樽井に覚悟を問う。
「これは立派な犯罪よ」
「ええ、知っています」
「私はいまから警視庁の機密データを盗もうとしているテロリストよ」
「それも知っています」
「あなたには家族がいるでしょ。もしも捕まればその家族にも会えなくなってしまうのよ」
「持永さん……」
樽井は体をよじり、運転席に体の正面を向けた。
「俺はただのお役所仕事をしたくてサイバー庁に入ったんじゃないんですよ。第四管理室の皆もそうです。あの無関心な態度も、冷たい態度も全てこの日のためだったんでしょ。俺は信じていましたよ。絶対に諦めるような女じゃないって。室長が指名手配犯なんて間違っている。だから俺たちで真実を叩きつけてやりましょう」
「スポコン漫画じゃないのよ」
「確かにこれは漫画じゃない。だけど人生は劇的ですよ。持永さん」
「馬鹿ね、私もそうだけど」
「じゃなきゃあなたの部下じゃない」
樽井は頭の後ろで手を組んで、足を延ばした。
「さぁ行きましょう」
「ええ、ここから先は治外法権よ。私たちは喧嘩中、今はお互い家で寝ている……いいわね」
「おまけに俺はクビ寸前とっ」
車は警視庁の正面入り口に横付けした。エンジンを止め、二人は車から降りるのだった。
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