第61話 隠密
持永を乗せたミヤムラクリーンの社用車は警視庁の敷地内へと入る。警備センサーには偽造したIDカードを見せると、黄色いバーが上がった。システムを手動運転に切り替えて、ゆっくりと矢印が書かれた道を走っていく。
来庁者用の駐車場は裏側にあり、そこへ車を進めた。すると発光ベストを着た警備員が誘導棒を振りながら近づいてくる。車を停止させ、窓を開けると警備員が眉をひそめて言った。
「君、初めて?」
実に不愛想だった。こちらのことを下に見ているような高圧的な態度で威圧してくる。
「担当の者がメンテナンスに入ってしまいまして、今日の点検は私が勤めます」
「ああ、そうか。まぁ今度からはちゃんと引継ぎしてよね。深夜帯はこっちの駐車場は閉まっているんだよ。こっちじゃなくて、正面のほうに停めてくれる?」
やはり情報だけでは補えない部分がある。警備員のいやみ口調に苛立ちながらも、言われた通りに移動しようと、アクセルに足をかけた。すると、警備員が車の中を覗いてくる。
「あれ……一人?」
「え?」
持永の顔が強張った。警備員は怪しげな表情で中を覗き込む。やはり点検をするのに一人というのはまずかったか……アクセルにかけた足が震えた。
「一人じゃ中に入れることはできないよ。ミヤムラさんの点検はいつも二人で来るんだけどな。そもそもそれはここの決まりだし」
警備員が次第に持永を怪しみ始めている。かなりまずい状況だ。ここで変に抵抗しして、事を荒立てるわけにはいかない。取り敢えず落ち着こうと、息を整えた持永照れ笑いを演出しながら言った。
「すみません、引継ぎがうまくいってなくて」
持永はすぐにこの場から離れようと、ハンドルを切ろうとした。とにかく正体をばらさずに切り抜けるしかない。最悪の場合、逃走も考えた。
「ちょっと待って、いま連絡を取るから」
警備員がEYEを起動させ、ダイヤルを入力し始める。ミヤムラクリーンの本社か、総務に言質を取ろうとしているのだ。
それをされたら一巻終わりである。あれだけ綿密に計画を立てても情報不足だったか。やはり机上と現実はうまく嚙み合わないものだ。
持永は平生を保とうと努力したが、焦りは体に現われた。冷や汗が全身を包み込み、足の震えは貧乏ゆすりなのか恐怖による動揺なのか分からなかった。
このままでは努力が水泡に帰すどころではない。良くて懲戒免職、最悪の場合は逮捕される。
このまま逃走するしかないか……
持永は帽子を深くかぶり直し、覚悟を決めた。
その時である。警備員の背後にぼんやりと懐中電灯の明かりが浮かんだ。
「俺を置いていくなよ」
誰かが小走りで近づいてくる。暗くてよく見えないが、その声には聞き覚えがあった。
「なにやってんだよ、田中。待ってろって言っただろ」
田中とは持永の使った偽名である。ミヤムラクリーンの作業服を着た男が警備員の肩を叩いて電話を止めたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます