第56話 決起

 公安が握っているゴーストの情報やあの朱雀日和という少年のことは警視庁の管理サーバーに直接侵入し、そこからデータを抜き取る。このような外部PCから遠隔でハックできるのはたかが管理データくらいだ。捜査データや特定秘密データなどはインターネットを介さずに保管されているため、全てがオフラインなのだ。そこを盗み出すにはサーバーの端子にメモリーを差し込み、有線で盗み出すという古典的な方法しかない。

 持永がそれを実行するために目を付けたのは定期的に入る深夜帯の設備点検業者だった。総務の事務員が管理するそのデータから業者が入る日時を割り出し、その業者に模して侵入する。

 だが公安はそんな事務職員のデータすらもかなり厳重だ。何重にもなったセキュリティの障壁が行く手を阻み、少しでも間違えば警報が鳴って、排除される。警視庁の攻略はいくら優秀な持永とて、骨が折れる。


 試行錯誤すること一時間、脂汗を滲ませながらついに見つけた業者のシフト表には点検の日時が記載されていた。

 明後日の深夜一時に、ミヤムラクリーンというエアコンの清掃業者が入る。どうやら業務点検のようであり、業者の人数も少数と見ていいだろう。たった独りで実行する持永には好都合だった。

 これを元に作業服と車を複製し、さらに外見データを書き換え、四十代くらいの男になりすまして、明後日の深夜に実行する。

 一通りの作業を終えた持永は張りつめた神経を和らげるためにふっと息を吐いた。

 これで後はミヤムラクリーンに公安の電話番号から連絡を入れ、明後日の点検の中止を要請する。あとは機材の確認や計画を見直して、綿密なシミュレーションをするだけだ。

 椅子に体を任せると、目を瞑って、背筋を伸ばした。極度の集中状態だったため、頭がまだくらくらする。精神的な疲労が一気にのしかかり、猛烈な睡魔に襲われた。

 大きなあくびをした持永はパソコンを閉じようと、電源ボタンに指置いた。その時である……通知音が鳴った。

 一通のメールが入ってきたのだ。宛先不明の奇妙なメールが表示される。まさか足がついたのだろうか……

 そんなはずはない。持永の技術とサイバー庁のソフトは完璧なはずだ。国家単位で使われている技術を行使してハッキングしたのだ。公安がいくらすぐれたセキュリティを持っていたとしても、サイバー庁は日本におけるネットの全てを司る。突破が不可能でも足がつくようなことは決してない。

 なら何かのウイルスだろか。それならすぐに対処可能だ。だがそもそも不明瞭なメールは自動的に迷惑メールフォルダへ移動される。そのギミックを掻い潜り、さらに持永の自宅用PCに施された障壁を突破するとは、この送り主は相当な技術者のようだ。

 他に考えられるのは、何か仕事のメールだろうか。サーバーのエラーでアドレスが文字化けしてしまってのかもしれない。持永はその奇妙なメールにカーソルを合わせ、開いてみることにした。


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