第52話 受胎
出産を終えた砂霧は集落に戻り、実家で療養していた。印波が赴くと、砂霧は生後間もない赤子を抱え、幼く可愛らしい息子の顔を見せた。
「私はこの子を町に連れ行くつもりよ。そのためにはこの子にヒューノイドの手術を受けさせないとならないわ。だけどそれはあの男の技術。この世界はあの男の手の上だわ」
印波は黙って頷くだけだった。
「だからこの肉体はあなたに任せるわ。もしもこの子が希望では無かったら捨ててしまって構わない。私はあの男は愛していないけど、息子のことは心より愛している。ヒューノイド化した息子が私の息子よ」
「ああ、分かった。大事にするよ」
彦根は生まれて早々、ヒューノイドとして生まれ変わった。その際、印波が肉体を受け取り、明くる日のために保管し続けてたのだ。
その後、砂霧は集落から出て、市街地でシングルマザーとして暮らすことを決断した。彦根はヒューノイドとして学校に通い、何不自由なく生活が出来た。
しかし砂霧は町でも生身の肉体で生きることを決断した。だが世界は急速にその差別化が進んでいった。次第に砂霧は職に就くことが困難になり、さらに度重なる環境汚染でその体は弱っていった。
生身の人間はジェンダーと呼ばれるようになり、卑下され、疎まれる存在へとなっていった。そして彦根が高校に入学した年に砂霧は帰らぬ人となった。
その訃報を聞きつけた印波は彦根のことを保護しようと考え、東北まで一度、赴いた。しかし優秀だった彦根は政府からの援助金で独り暮らしをしていて、そこに赤の他人が入る隙間などなかった。それから彦根は特待生を得て、大学に進学することとなる。印波は彦根の成長を陰で見ながらその希望が確信へと変わっていった。
屈強に生きる彦根を見届けた印波はその足で砂霧の集落へと赴いた。だがそこで驚きの光景を目にする。
そこには集落などなかったのだ。家屋は荒れ果てていて、がらんとなった家の床には人シミが出来ていた。
ここの住人は全てジェンダーだ。ジェンダーはもう地上で生き永らえることは出来ない。砂霧が亡くなった時には既に故郷は消え去っていたのだろうか。
地球は壊れつつある。ヒューマノイドはそこから目を背け、幸せな幻想を見ているだけだ。
印波はその場に膝をついて、涙を流した。木は枯れ果て、動物もいない山奥にあった村も今ではただの瓦礫の山。山肌がはげたため、集落からでも見渡せるようになった市街地の街並みは灰色だった。
光もなく、コンクリートが剥き出しになった建物がいくつも建っていた。そこから真っ黒い煙が立ち込め、空を覆う。
EYEを持たない印波には町がそうとしか見えなかった。
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