怠惰の鎖
「あん? 大罪魔法だと? いや、待て……」
大罪魔法と言う言葉に反応したルシファーは逸人の横に立つ光咲を睨みつけた。
「そうか、お前、ベルフェゴールか?」
「私はそんな名前じゃない。梓馬光咲なのだ」
「く、くははははは! なんだ、お前。人間の真似事でもしてるのか?」
「うるさいのだ。逸人、早くあいつを黙らせるのだ」
「まぁ、落ち着け。まずは作戦会議を……」
「そんなことをする時間を俺が与えるとでも? 待つのは嫌いなんだ」
逸人の言葉を遮り、ルシファーが攻撃に転じてきた。
「んじゃ、アタシが時間を稼ごう」
逸人に向かってきたルシファーを藍紗が大鎌で受け止め、跳ね返した。そして、そのまま逸人に近づかせないよう離れた位置でルシファーと対峙する。
「すげぇ、あれ人間の動きかよ」
ルシファーと藍紗の攻防を見て、和樹は感嘆の声を漏らした。
「一旦は藍紗に任せよう。こっちはこっちで出来ることをするぞ。先生はさっき言った通り、避難誘導を」
「……分かった。君がそう言うなら、信じよう。だが、死ぬなよ」
琴里はそれだけ言い残し、観覧席へと向かった。
「さて、お前たちの仕事を伝えるぞ」
「ちょっと待って。大罪魔法を発動させるってどういうことよ!?」
「そうです。私もそれが気になっていました。梓馬さんがベルフェゴールってどういうことですか? もしかして、彼女が大罪魔法なんですか?」
逸人に待ったをかけたのは、朱音とソフィだった。
「説明している時間がもったいないな。見てもらった方が早いだろう。光咲、ヴィヴリオ・マギアスだ」
「了解なのだ」
逸人の言葉に同意した瞬間、光咲はボンっという音と共に煙に包まれた。
そして、逸人はその煙の中に手を突っ込んだ。
「これが大罪魔法の魔導書だ」
煙の中から取り出したのは一冊の本だった。
「え? あれ? 梓馬さんは?」
魔導書が現れ、その代わりに光咲の姿がなくなっていた。
「だから、これがそう」
そう言いながら逸人は魔導書を指差す。
「えっと、梓馬さんが魔導書になったってこと?」
「そうだ。と言ってもこれが光咲の本来の姿なんだがな」
「す、すごいです! こんな近くに大罪魔法があったなんて!」
ソフィは目を輝かせながら、逸人の手にある魔導書を眺めていた。
「確かにそれが本物の大罪魔法の魔導書ならすごいけど、それ使えるの?」
朱音の疑問は当然のものだった。
未だかつて人間が大罪魔法を発動できたという記録はない。
「問題ない。俺と、そしてソフィの力を借りれば、発動は出来る」
「え? 私、ですか?」
突然、自分の名が上がりソフィはきょとんとしていた。
「本気で言ってる? 彼女、魔法が使えないんでしょ?」
「ソフィが魔法を使えないのは、常人離れした魔素吸収率が原因だ。今回はその化け物じみた魔素吸収率が頼みなんだ」
「なんとなく言いたいことは分かったわ。大罪魔法を発動させる為に必要な膨大な魔素を彼女で補おうってことなんだろうけど、演算はどうするの?」
「そこは俺がやる」
「二人で魔法を発動させるって、まさかユニゾン・マギアをやろうとしているの!? あんなのぶっつけ本番で出来るわけないじゃない!」
「俺がフォローするから心配いらない。というか、今これ以外に奴を止める手段がない。出来る出来ないを言ってる場合じゃない。やるんだ」
「わ、分かったわ。これ以上は何も言わない。けど、失敗した時に私を巻き込まないでよ」
「善処する」
朱音を納得させ、逸人はこれからの作戦内容を彼女たちに伝える。
「ってことで、俺が合図したら作戦開始だ」
「あ、ああ。いいけどよ。上手くいくのか、そんなのが」
「上手くいかせるためにお前にできることを全力でやれよ?」
「んなめちゃくちゃな」
「文句は失敗したときにしてくれ、今は……」
逸人が言いかけたとき、藍紗が飛んできた。
「あ~あ、うざい。なんなのあれ、全然攻撃通らないんだけど」
体中にいくつも傷をつけている藍紗は気怠そうな声を上げ、髪をかきあげた。
「お前ところどころ制服破けてかなりエロいことになってんぞ」
「私は別にゴキブリに裸を見られたところで困らないけど」
「あ、そうなん? じゃあ、凝視してるわ」
そう言った逸人の目の前を一本のナイフが通過した。
「うわ! あっぶねえななにすんだよ!」
逸人はナイフを投げてきた藍紗を睨みつけた。
「あんたはゴキブリを見つけたら、見過ごすの? アタシは目に入った瞬間殺しにかかるけど」
「あれは例えじゃなかったんかよ」
そう軽口を叩いている逸人たちに向かって無数のレーザーが飛んできた。
「俺相手にずいぶん余裕だな。ほんと面白い連中だな」
何とか避けた逸人たちはルシファーから目を離さないようにする。
「特にそこのお前」
ルシファーは大罪魔法の魔導書を持った逸人に目を付けた。
「お前の持ってる、それ。ベルフェゴールだろ? しかも、このレプリカと違って、それはオリジナル」
そう言ってルシファーは自分の胸を指さした。
「まさか、たった五人で大罪魔法を発動させようとしてんじゃねえだろうな」
「まさか、そんな訳ないだろ。二人で十分だ」
「いい、すごくいいな、お前。その傲慢気に入ったぜ。見せてみなお前の大罪魔法」
そのまま、ルシファーは逸人たちの方へと突っ込んできた。
「んじゃ、作戦開始だ」
その言葉とともに、藍紗と朱音が前に出た。
「はぁ!」
「プロミネンスバースト!」
「ふん!」
藍紗の大鎌、朱音の炎と魔法によって生やしたルシファーの爪の牙が交錯した。
「すげーな……」
和樹は呆然とその光景を眺めていた。
「ボケっと突っ立ってんなよ。流れ弾が来たらお前が何とかすんだからな」
逸人はそう和樹に釘を刺して。ソフィと並び立つ。
「んじゃ行くぜ」
その言葉にソフィは頷く。
逸人は魔導書を開き宙に浮かせた。そして、お互いの腕をクロスするように逸人は右手を右ページに、ソフィは左手を左のページに置いた。
「ソフィはただひたすら、魔素を体内に取り込むことにだけ意識を向けろ。後は俺が何とかする」
「分かりました」
ソフィは目を閉じ集中し始めた。そして、逸人は演算を開始する。それと同時に……。
「ん? なんだ?」
ルシファーは逸人のしようとしていることに気が付いた。
「それはフェニックス。永遠の時を持つもの」
「まさか……詠唱?」
「それはウルスス。元は美しきもの」
「効率を重視した結果、詠唱する文化はとうの昔に滅んだと聞いたが?」
ルシファーは逸人の詠唱を訝しげに思いながらも藍紗と朱音の猛襲に付き合っていた。
「それはタウルス。怪物であり神聖なもの」
詠唱を進めていくたび、魔導書の光が強くなっていく。
「お、おいおいおいおいおい! まさか、そこの女。エルフか!」
魔法の発動がもう一歩のところで、ルシファーはソフィの正体に気が付いた。しかし、それに答える暇はなく俺は詠唱を続ける。
「それはエクゥス・アシヌス。愚鈍なるもの」
そこで俺は藍紗にアイコンタクトを送る。それに気づいた藍紗は朱音とともにルシファーから距離をとる。
「これは縛るもの全てを堕落させる腐朽の鉄鎖」
「おお、来るか! 見せてみろ、お前たちの大罪魔法を」
ソフィから流れる膨大な魔素を感じ取り逸人は大罪魔法を発動させた。
「怠惰の鎖(アケディア・カテーナ)」
その言葉と共に地面から無数の鎖が飛び出した。
「ほう、上手く発動させたか。だが、当たらなければ意味がないぞ」
ルシファーの速さは常人の目で追うことは不可能。しかし……。
「ん? これは……」
鎖は執拗にルシファーの後を追い、そして、その体を捕らえた。
「ここまで大罪魔法を使いこなすとはな。発動させることすら貴様ら人間の中では歴史的大事件であるはずだろうに」
「何、言ってんだ。発動させるだけで一苦労だっての……」
俺は全身から噴き出る汗に不快感を覚えつつ、その苛立ちをルシファーに向けた。
「なら、どうやって……」
「あ? んなのあらかじめ軌道を設定してから発動したに決まってんだろ」
「ハハハハハハ! これは面白い。それはつまり俺の動きを魔法発動時点で完璧に読み切っていたということか」
「そうだよ。ったく、こんなに脳を酷使したのは初めてだっての」
逸人は鼻から垂れる血を拭った。
「つか、お前こそなんでそんな元気なんだよ」
怠惰の鎖。この鎖に縛られたあらゆるものは全てにおいて運動を止める。
人間であればその生命活動を停止し、死に至らしめることも可能だ。だが、今回はたった二人だけでの発動。死なないまでも気絶していてもおかしくないほどの威力はあったはず。
「甘いな。確かに大罪魔法に対抗できるのは大罪魔法だけだ。だがそれは同じ悪魔同士の話だ。貴様ら人間がいくら俺たちのまね事をしようとも無理なんだよ」
そう言い、ルシファーは簡単に鎖を引きちぎった。
「ま、多少気怠さはあるが、動きを止められるほどのもんじゃねぇよ」
そうしてルシファーは逸人に狙いを付けて魔法を発動させようとする。
「んじゃあな、なかなか楽しめたぜ」
ルシファーは右手を前に出し、魔法を発動させた。
「な、に!」
はずだった。しかし、ルシファーの手からは何も出なかった。
「どういうことだ? 魔素を全く感じられない」
「悪いが説明してる暇はないんでね」
今度は逸人が鎖を握った右手を思いっきり引いた。
「な!」
その鎖はルシファーの体に巻き付いたものではなく、体の内部に突き刺さっていたものだ。
「いつの間に!」
鎖がルシファーの体から抜けたとき、その先には一冊の魔導書が絡みついていた。
この魔法は精神にも作用する。その性質上、身体だけでなく精神に鎖を結びつけることが可能だ。それを利用し、光樹の精神に入り込んでいる魔導書を鎖で縛りつけた。
「最初からこれが目的か!」
「そうだよ。和樹!」
逸人の呼びかけに答え、和樹は魔導書に手を伸ばす。
「これで終わりだ!」
和樹の右手が魔導書に触れた瞬間、魔導書は霧散した。
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