永田和樹

 逸人はソフィと二人で寮へと向かっていた。

 生徒会選抜試験が終わった後、すぐさま朱音は何も言わずに寮へと一人で帰ってしまった。藍紗もいつの間にかどこかに行ってしまった。



「ああいう人なら、使えるのでしょうか?」



 何の脈絡もなくソフィは逸人に問う。



「使えるって何がだ?」

「大罪魔法です」

「どうだろうな。ま、使える可能性は高いかもな」

「そう、ですよね……」



 ソフィは自信を無くし落ち込んでいた。それは自分にない力を持つ者への憧れでもあった。



「私のようにろくに魔法が使えない人よりはきっと……」

「いや、それは分からないぞ」

「え?」

「大罪魔法ってのはまだ研究が進んでいない分野の魔法だ。適正属性の多さや魔素吸収率が高い方が大罪魔法を扱える、なんて研究結果は出ていない。逆に、魔法が使えない人間の方が大罪魔法を扱えるかもしれない可能性だってあるんだ」



 逸人は気休め程度ではあるがソフィを慰めるようにそう言った。



「それにさ、使える使えないの前に、まずは大罪魔法を探すところからだろ?」

「そうでした! 手元にグリモワールがないのにそんなうだうだ考えていてもしょうがないですよね!」



 ソフィは元気を取り戻し、前を向き勢いよく一歩を踏み出した。

 しかし、それがよくなかった。丁度、前を通ろうとしていた人とぶつかってしまった。



「あ、ごめんなさい」



 つい今しがたまで下を向いて歩いていたソフィには近くに人がいたことに気がつかなかった。



「いや、なにこっちこそすまないね」



 ぶつかった相手は遥翔たちと同じ学生だった。しかも、その生徒は遥翔の知っている人物でもあった。



「あ! お前、今朝のやつ!」

「ん? ああ、逸人じゃん。偶然だね」



 その生徒は今朝逸人と教室で出会った永田和樹だった。



「偶然だねじゃねえ! お前、あの時逃げやがったな」

「だって、なんか一緒に連れていかれそうな雰囲気だったんだもん。そりゃ逃げるさ」



 軽いノリの和樹に呆れながらも逸人はため息をついた。



「上蔀さん、永田さんをお知り合いだったんですね」

「まぁ、朝ちょっとな。てか、ソフィも知ってんのか?」

「それはだって、同じクラスですし。それに永田さんは有名人ですから」

「有名人?」



 その言葉に嫌な予感がした逸人だったが、ソフィから何も聞くことは出来なかった。何故なら……。



「ちょうどいい。これから逸人も行こうぜ」



 和樹が間に入って邪魔をしたからだ。



「行くってどこにだよ」

「いいとこ。きっとお前なら喜んでくれる。ってことで、逸人借りるがいいかい?」

「あ、はい。と言っても逸人さんは私のではないのですが」



 ソフィは律義にも和樹に返事をし、逸人を引き渡した。



「それじゃあ、行こうか。秘密の花園へ」

「……………」



 逸人は嫌そうな視線を和樹に送りながらも、肩をがっちりつかまれているので逃げ出すことが出来なかった。

 ため息をつきながら逸人は和樹に付き合うことにしたのだった。






 逸人が和樹に連れられてきたのは、中央島にあるショッピングエリアの薄暗い店の裏手だった。



「おい、一体ここになにがあんだよ」

「しー、静かにしろ誰かに見つかったらどうすんだよ」



 和樹はそう言いながら周囲を警戒しつつ、さらに奥へと進んでいく。



「そろそろだ。見えてきたぞ」



 細い裏路地を抜けると少しばかり広い広間へと出た。広いといっても人が三人もいれば多少手狭に感じる程度の広さしかない。

 三人。そう、和樹と逸人を含め、ここにはもう一人、既にこの場に来ていたものがいた。



「よう。約束通り来たぜ。例のものはあるか?」

「和樹か。ああ、ちゃんと入手した」



 何やら怪しげな会話をし、和樹はその生徒に何枚かのお札を渡し、代わりに和樹はその生徒から茶封筒を受け取った。



「毎度あり。で、そっちの奴は?」



 それは同じ学生服を着た少し小太りの学生だった。



「わりぃナベさん。新人を連れてきたんだ」

「転校生だ。男子生徒ならお前のことを教えておかなきゃいけないだろ」

「なるほど。お得意さんの紹介か」

「こいつはナベさんだ」



 和樹がそう紹介すると、ナベさんと呼ばれた生徒は俺に向き合った。



「どうもよろしく頼むよ。転校生君」

「はあ」



 どうにも現状を理解できていない俺は直球で疑問をぶつける。



「で、何なんだこれは?」

「和樹、説明してないのか?」

「今から説明しようとしてたんだよ。見てもらった方が早いと思ってな」



 そう言って和樹は先ほど渡された茶封筒の中身を俺に見せてきた。



「こ、これは」



 そこに入っていたのはいくつかの写真だった。そして、その写真に写っていたのは……。



「女子生徒の隠し撮り写真だと……!」



 ぱっと見いかがわしい写真は一枚もなく、あるのはただの日常風景。しかし、カメラ目線じゃないことから、許可を得て撮影しているのではないことは分かった。



「流石に更衣室の写真を取ることは出来ないからな。これが限界なんだ」

「一体、何でこんなものを……」

「お前は気が付いていないのか?」

「何をだ?」

「この学園は島の上にある。手に入るものはこのショッピングエリアにあるものだけ。分かるか? ここは学園の島、住んでいるのはほとんど未成年。つまりだ」

「そ、そうか。十八禁関連の商品は置いてないのか!」

「そうだ」



 学園の用意したショッピングエリアにそのようないかがわしいものがあるはずがない。

 そして、本土に行って仕入れようとしても、本土には容易に行くことが出来ない。夏休みの様な長期の休みの時でもないと本土には行けないのだ。

 こちらに来るときに逸人は多くのエロ本を持ってきてはいるが、新規開拓は出来ない。それではいつかは飽きてしまう。



「つまり、自前で用意するしかないのか」

「そうだ。ただの日常風景を移した写真。しかし、俺たちにすがれるものはこれしかないんだ」

「その写真はどうすれば手に入る」



 俺は食い気味に和樹に問いただす。



「焦るな。その為にお前をここに連れてきたんだ。ナベさん、カタログはあるか」

「ほらよ」



 ナベさんは鞄から一冊の本を取り出した。



「これは?」

「この学園に在籍している女生徒の顔写真とプロフィールだ。完璧に乗っているわけじゃないし、信憑性の低いものもあるから鵜呑みにするのはお勧めしないが、写真と名前は確実だから信用してもらって構わない」

「なるほど」



 俺は和樹の言葉を聞きながら、本をめくっていく。



「そして、気になる女子がいればオーダーを出す。すると、一週間ほどでナベさんがその写真を調達してくれる」

「彼が直々に撮影するのか? 一人だとリスクが高いだろ」

「心配ない。何人かのチームで動く。それにほとんどの男子はナベさんにお世話になっている。だから、撮影現場の近くにいる生徒は協力してくれる」

「持ちつ持たれつってことか」

「そうだ。だから、お前も協力申請が来たら頼みたい」

「任せろ」



 俺はその後食い入るようにカタログを見ていた。



「どうだ。気になる子いたか?」

「ああ、何人かは…………ん?」

「どうした?」

「いや、何でもない。それより、注文良いか?」



 俺はナベさんに声をかけ、写真の注文をした。

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