第63話 ジュヘイモス市内の見学(1)

 執務宮はジュヘイモス市の西側にある。

 部屋で着替えた私は、桜草の宮を出て執務宮の中を通って、執務宮の雑務に関わる男女共に用務員と呼ばれる人たちに紛れて通用門を出た。


 執務宮前にある大通りを東へと進み、公園として整備された広場の一角に建てられた劇場へとたどり着いた。

 劇場は何度も建て替えられているが、ずっと5万年前からこの位置に建物が建てられている。

 最初は木造の集会所が建てられたと聞いています。


 この場所がジュヘイモスの歴史に名を遺す最初は、有名なエルフの夫婦喧嘩で決定的な議論が在った場所としてです。

 男のエルフが去った後、此処は女エルフによって劇場として作り変えられました。

 以後5万年、最初に使用した基礎の大石には残っている物もあるそうですが、多くは建て替え時の拡張工事で新しくなっています。


 今の建物は大理石を使った表とこの辺りに多い花崗岩を積み上げた巨大な5階建ての建物です。

 執務宮と1つ通りを隔てた東側にある為に建物の周りは公園や馬車止め、ゴーレム置き場に囲まれて広々としています。

 劇場の更に東は自然の景観を取り入れた回遊式庭園に成っていますが、今は手入れの為に閉園中で残念ながら入れません。

 これから冬支度の為、園内の彼方此方に人が居て何やら作業しているようです。


 歩いてて分かったが、劇場の正面入り口は今歩いている反対の北側にある様で、執務宮の正門からの大通りが、道に沿って植えられた木の隙間から見えます。

 私が通用門から出たため裏通りを歩いているようです。

 執務宮の正門から出ると、真っ直ぐの道が在り、その南側に劇場前の広場がある作りに成っているようです、帰りはそちら側を通ろうと思います。


 裏通りを歩いていると、ゴーレム馬車が大きな開き戸から入って行くのを何度か見ました。

 その度に大勢の人が歩道に屯(たむろ)してゴーレム馬車を待ち構えています。

 今劇場で上演されている劇に出演する役者や演奏する奏者の乗ったゴーレム馬車だと思います。

 一度に20人以上が乗った大型のゴーレム馬車が大通りから歩道を横切って劇場の裏木戸から中へと入って行くのも見ました。

 裏木戸が開いて中が見える都度、熱心なファンなのか今有名な誰それが歩いていた、などと仲間内で話しているのが聞こえて来ます。


 噂話をしている人達の横を通り過ぎて更に歩きます。

 女性が多いかと思っていましたが、男性も同じぐらい居ます。

 人族が一番多くて、次いでエルフ最後にドワーフの女性の順に少ない。

 樹人の方は千歳以下の若い人達の様です。


 劇場を通り過ぎて公園へと差し掛かります。

 6人編成の自警隊がゆっくり歩いて警邏しています。

 この辺は若い人たちが屯(たむろ)している事が多いので、自警隊も重点的に見回っているのでしょう。


 横を自警隊が通り過ぎる時、視線を感じたので私の事を不審に思っているのかもしれません。

 他にも何度か視線を感じているので、密偵として隠れて見張っている人が居るのでしょう。

 見た目エルフの幼子ですし、妖精族とは思われていないでしょう。

 妖精族がシリアルビェッカ村から出て来ない事は常識ですから。

 としたら、エルフの幼子が独り歩きしているのは、誘拐犯たちには格好の獲物でしょうから、警戒するのは仕方が無いですね。


 通信の傍受と符丁の解読を行っている妹の報告では、誘拐は2ヶ月前の事件以降発生していないそうです。

 昼7後(午後)の話では、焼き討ち事件のその後と偵察バグに付いて知らせてきました。

 執務宮の省の長官室にたどり着いた偵察バグが出て来たけどまだ2匹程度で監視まで行っていないそうです。

 養母様の執務室へは偵察バグは配置しないようにしています、何故か叱られる未来しか思い浮かばないのです。

 焼き討ちの方は、帝国政府への第一報が通信で出されたとの事です。


 公園に沿って歩くとおしゃれな出店が何軒か歩道沿いに出ています。

 好奇心に誘われて覗いて見ると、ベリーやブドウなどのジュースに前にニキやフェンに賄賂として上げたボリッジのクッキーもあります。

 クッキー類以外にワッフルに似た(前に食べたのはセルボネ市だったかしら?)オベリパンと言ってたようですけど、それに近い物が売っています。


 お店の人に聞いて見ましょう、売っている人は人族の若い女性ですね。

 「この丸く焼いたパンみたいな物は何ですか?」


 「そいつかい?ただのパンケーキさそれにこの店自慢のチーズクリームを乗せると、すごいんだよ」

 「まぁ買って食べて見な、銅貨5枚だ、美味しさはこの私が自慢するぐらいさ!」


 ベリージュースとお店自慢の薄焼きパンケーキにクリームを塗った物を買った、銅貨10枚でした。

 公園の低い石垣沿いに何脚かのベンチが置いてあります。

 空いているベンチへ腰かけると、買って来たベリージュースを一口、ベリーは今の季節が最後でしょうか夏の名残の甘さです。

 次は数ミリ程の厚さに焼けたパンケーキっぽい生地に茶色いチーズクリームを塗って巻いたお菓子です。

 一口食べると、甘みのあるクリームの味とチーズと言うよりフレッシュチーズに似た味わいの合わさった濃厚なおいしさを感じます。

 生地も焼き心地が少ししっとりしていて、噛むとハチミツの甘さと小麦の美味しさが心地よいです。


 サクサクと一つ食べてしまいました、ジュースを飲んでしまうとお腹いっぱいに成りました。


 お店にジュースの器を返して、口をパンケーキを包んでいた藁半紙で拭いて、お店の横に置いてある屑かごへ捨てます。

 お店の人に「ありがとう、とっても美味しかったわ」と伝えて散歩を続けます。

 「ありがとうね、また来たらサービスするよう」とお店の人が答えてくれます。


 そろそろ公園の端に着きそうです。

 次は何処へ行きましょう?

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