第129話 ヴァイシュラ

ストックが切れたので、明日から1日1話にします。

引き続きご愛顧いただければ幸いです。

 

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 教会で一心に祈りを捧げる一人の女性。その女性が祈る神は戦いの神。


 引き締まったアスリートの様な身体に凛とした雰囲気のその女性は、容姿端麗でストレートの長めの髪をアップにしてまとめている男装の麗人。


 名はヴァイシュラ。

 エチラル王国の女王。


「ヴァイシュラ様、そろそろ会議のお時間で御座います」


 使用人がヴァイシュラに声を掛ける。


「もうそんな時間か、分かった」


 そう言ってヴァイシュラは神の像から目を離し、王都内に作られた教会を後にした。


 ヴァイシュラはエチラル王国の公爵家の長女として生まれた。その頃のエチラル王国は国王が崩御し、内乱に次ぐ内乱が発生し国内は大いに荒れていた。


 ヴァイシュラの父も兄達も戦死し、国王の子供達も内乱に巻き込まれて死亡した事で、王位継承権が低い女性のヴァイシュラに王位が回って来た。そして、ヴァイシュラは望まぬ王位に就いた。


 ところが、ヴァイシュラを神輿に担いだ途端に連戦連勝。無敗で王国を平定。ヴァイシュラの個人の武力とその神憑り的な采配の妙から、ヴァイシュラは軍神と呼ばれ、エチラル王国は軍神の国と呼ばれる様になっていた。


 最もその理由はヴァイシュラが持つスキルの内の1つが「軍神」である事が大きい。


 その圧倒的武力と清廉潔白なヴァイシュラを頼り、周辺国や周辺の領地から助けを求められるまま、ヴァイシュラは兵を率いて周辺国や領地を助けた事で、周辺の国や領地は強大で覇権を狙う近隣の国より、清廉潔白なヴァイシュラのエチラル王国を選び従属国や従属領となっていた。


 その事により、エチラル王国は今周囲の国を大きく上回る大国家となっていた。




「ええい、あの忌々しい女め」


「全くだ。あの女があまりにも清廉潔白でやってられんわ。本来はこの仕事に就けば膨大な賄賂が手に入るはずなのに、給金しか貰えん」


「ああ、従属国や従属領からも必要最低限の金額しか上納させてないし、本来は我が国はもっと貰っても良いのだ」


「ああ、守ってやってるのだから当然だ。そして、我々の懐にもそれなりの金が流れてきても良いのだ」


「女を王位につけたのは、間違いだったか」


「まあ、間違いではあるまい。武力だけはあるからな」


「そのお陰で国はこんなに大きくなった」


「ここまで、大きくなればもういいだろう」


「周りに我々に逆らう国もあるまい」


「ああ、これだけの国だ。兵力も強大になった。あの女が居なくても戦争になっても負ける事はない」


 女王ヴァイシュラが来る前の会議室で、いつもの陰口が囁かれるが、今日は違った。


「ふふふ、どうだろう。皆の者よ。女王に王位を返上して貰うか」


 それは、女王の叔父である公爵からの提案。


「それは良い」


「公爵様が王になっていただければ、言う事はございませんな」


「ご尤も」


「女に命令されるのは、虫酸が走るのです」


 会議室にいる全ての重臣が賛同する。


 女性蔑視のこの国では、軍神と言われる女王であっても、重臣達は心の中で見下していた。


 いつものその陰口も、今日の密談もヴァイシュラはいつも耳にしていた。


 それは、ヴァイシュラのもう一つのスキル「多聞たもん」による。ヴァイシュラは誰にも話さない秘密のスキルで、一定の範囲の人の言葉を聞く事が出来るのだ。


 そして、それを聞いてヴァイシュラはうんざりしていた。特に今日は今までにないぐらい呆れて残念で悲しい気持ちになっていた。


 この国の重臣達はヴァイシュラがどれだけ働いても、心の中では全く評価していない。法律を変えて、何処までやってもこの国の女性蔑視は改善しない。呪いの様にこの国の貴族達を蝕んでいるのだ。


 ヴァイシュラは会議室のドアを開けると、先程の会話が嘘の様に全員椅子を立ち、ヴァイシュラを出迎える。


「ご苦労、着席を許す」


 ドアの前からヴァイシュラは動かず、重臣達を着席させると重臣達を見回した。


「私は王位を返上し引退する。後は任せた」


 そう言うと、ヴァイシュラは踵を返し会議室を出て行った。

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