第10話 「Hey Si〇i。零をマトモにする方法」『不可能です』

「……み、みーちゃん……起きて」


 プツリと途切れた意識が戻る。夢から現実へと掬い起こされたのだと理解した。


 ……だが、瞼が開かない。昨日四時間もアイツらに説教をしたからだろう。体力を使いすぎた。


 それでもあの二人は俺より早く起きるし、朝から元気なのだが。


「あと三分……」

「……もう、あと三分だけだよ?」


 そうして、暖かく柔い肌が俺へと覆いかぶさった。

「あぁ……」


 あと三分……ん?


「誰だお前は!? 零はそんな事言わない! 絶対に寝かしてくれないぞ!」

「ひゃわう!」


 思わず体を起こした。それと同時に俺へ跨っていた人物がバランスを崩し……俺へと抱きついた。




「……へ?」



 目の前……本当に、すぐ目の前に。美少女の姿があった。


 切れ長の瞳に、青みがかった綺麗な黒髪。……その髪は解かれ、緩いウェーブがかかっている。


 ……そして、その豊満な胸が俺の胸でずにゅぅぅ、と押し潰されていた。




 ……彩夏?


 彩夏はパッと俺から離れた。それと同時に俺の視界に豊満な胸が惜しげも無く晒された。


「う……あ、あんまり見ないで……」


 その手が隠そうと胸へと持っていかれる……が、むにゅりとその形が歪められ、より卑猥な事になっている。


 てか直球に言おう。エロい。ドエロい。


 今まで羞恥心など無いに等しい人(主に零)が来てたからか、よりエロスを感じる。


 思わず視線が固定されていたが……彩夏の顔を見れば、真っ赤になっていた。

「ぅ……ぁぁ」

「わ、悪い! ……その、あの、なんだ。ご馳走様です……じゃなくて!」


 思わず零みたいな事を口走ってしまった。俺は、顔どころか肌まで桃色に上気した彩夏から全力で背を向けた。


「と、というか、なんで上裸……?」

「ぅえ!? えっと、その。……零ちゃんが……こうしたら未来君が喜ぶって言ってたから」

「あ、あいつ……」

「……で、でも。喜んでくれたようで……良かった」


 ギクリと肩が撥ねた。いや、だって仕方ないだろう。


 ……って違う違う。穢れすぎだ俺。あの清楚担当である彩夏の事だ。きっと、ただ元気づけ――


「ほ、ほんとにおっきいんだね。み、未来……君のぉち……ん」

「アウトぉぉぉぉぉ! 零! 今日の説教は昨日の倍にしてやろうか!」


 バタン、と。上から全裸の零が降ってきた。


「……! さすがに脚が疲れるからやだ!」


「待て待て待て待て。え? 今どこから出てきた? え? え?」

「……? 上からだけど」

「何言ってんのこいつ? みたいな顔しないで! そっくりそのまま返すよ!?」

「まあまあ。別にみーちゃんの部屋に隠れる所なんていくらでもあるし」

「おまわりさーん! 助けてー! というかなんで全裸!?」

「……? いつもの事でしょ?」

「そうだけども! 違うんだよ! というか彩夏にナニ教えてんだ!」


 状況が掴めなくてきょとんとしている彩夏を見ながら言った。そりゃそうだ。上から人が降ってくる経験など普通はしない。俺もしない。


「……? ナニって……みーちゃんのナニの大きさだよ?」

「何言ってんの!?!?!? 本当に何教えてんの!? ねえ!! ねえ!!!!」

「えへへ……そんなに褒めなくても」

「必要なのは警察じゃなくて医者だったか!?」

「私に必要なのは……みーちゃんだけだよ?」

「手に負えねえ!」


 朝から叫ぶのは体力を使う。肩で息をしていると……彩夏が不思議そうな顔をした。


「……えっと、あの。未来君は……零ちゃんの体を見て驚かないんです……の?」

「敬語と混ざってお嬢様口調になってるぞ。あまり無理するな」


 ……というか、彩夏がタメ口になっていたのは何故だ?


 零を見るが……首を振られた。違うらしい。


「う……昨日、ボクがタメ口だった時、未来……さんが喜んでた気がしたので」


 その言葉に納得する。


「……確かに嬉しかったのはそうだが、無理はしないで欲しい。……あと零の言葉は信用しないでくれ。こいつの話は九十九%の嘘に一%の真実を練り込むタイプだ」

「む! 異議あり! 九十九%の妄想です!」

「変わんねーよ」

「変わるもん!」

「変わn……いや待て。ここで生産性の無い話はやめよう」

「え……まさか、生産って……子供を!? 年一のペースで!? ……わ、私。頑張るね! 目指せ五十人!」

「野球チームとサッカーチーム自分達のチーム同士で試合出来るじゃねえかよ。ベンチ含めて。てか死ぬわ。体力的にも経済的にも」

「頑張ってね、みーちゃん」

「分かってる? 全員育てきるのって何億って単位でお金必要だよ?」

「……こう、魔法のランプでポンって」

「世界観違うわ。出せねえよ」

「じゃあ、神社掃除して神様をポンって」

「そういう世界観でも無いんだわ。てか神様の扱い雑かよ」

「じゃあ女囲って稼がせる」

「なんで最初に出てきた不可能じゃない事がそれなんだよ! 出来ねえしやらねえけどな!」

「……多分出来るよ? ね、彩夏ちゃん」

「え!? は……はい! 未来さんが言うなら私頑張って仕事しますよ!」

「ヒモ男に貢ぐのはやめような? ファンとして心配だよ? 将来が」


 ……っと。違う。話が脱線しすぎだ。


「…………そういえばなんだったか? 零の体を見て驚いていない理由か。言っとくが、動揺してない訳ではないぞ。てか慣れるはずないだろ。こんなドスケベボディの女」

「えへへ……」

「……試しに言ってみたがこれは褒め言葉になるのか」

「みーちゃんのために育てた自慢の体だからね!」

「やめろ擦り寄ってくるな胸を押し付けてくるな手を股間に伸ばすな」

「……?」

「首を傾げるな! 知っててやってるだろうが!」

「えへへ……」

「愛想笑いで切り抜けられると思ってんの!?」

「……わんちゃん?」

「いけねえよ!」


 そのやり取りをしながらもため息を吐く。


「……それと、早いところ彩夏は服を着てくれ。目に毒だ」

「え、えっと……それがその……」


 彩夏が零を見た。零は得意げな顔をしていた。


「この部屋の中に隠してみた。二人で協力して探してみ「早く出せ」いたたたたた。みーちゃん! 頭蓋骨がギリギリ言ってる!」

 その頭を鷲掴みにすると零が悲鳴を上げた。


「で、でも……これが新しい愛の形……? な、なら。全部受け止めてあげるから」

「お前本当に懲りねえな!? 良いから早く出せ!」

「だ、出せってみーちゃん……そんな卑猥な」

「ドスケベなのは体じゃなくて頭の方だったか」

「んっ……みーちゃん。もっと罵ってぇ!」

「感じてんじゃねえよ! いいからさっさと彩夏の服を持ってこい!」


 そう言って頭を離せば……零が痛んだ自分の頭を撫でた。……愛おしそうに。


「Hey Si〇i。零をマトモにする方法」

『不可能です』

「くそ……! 人類の叡智を持ってしても救えないのか……」

「なんでその質問に答えられてるんですか!?」


 彩夏のツッコミを受けながらため息を吐く。


「……そういえば、なんで彩夏は家に来たんだ?」

「あ、スルーするんですね。えっと、ボクが来たのは……み、未来さんともっと仲良くなるためです。……そ、それと、未来さんはえ、えっちな女の子の方が好きなのかなって」

「…………否定はしないが。ただ、一つ言わせてくれ。えっちな女の子しか好きになれない訳では無いぞ」


 そう言うと……彩夏は驚いた顔をした。……驚きのあまり手が離れ、ブルンと揺れた。もう一度言う。揺れた。


「……あ、みーちゃんのみーちゃんが跳ねた」

「ひゃわっ!」

「台無しだわ! 何もかも! いや、今のは俺が悪いんだがな!?」

「ふふ。体は正直だね。みーちゃん」


 零が言った瞬間……クローゼットがバン、と開いた。新だ。


「えっちな漫画で見たシーンだ!」

「お前ら普通に登場出来ないの!? てかなんでお前も服着てないの!? この部屋の肌色占有率平均したら半裸以上だよ!?」


 ……と。やかましい朝を迎えたのだった。

「ふふ。じゃあ夜も騒がしくしようね♡」

「心を読むな! 今〆に入ってたんだわ!」


 ◆◆◆


「みーっくるくーん!」

 外へ出た瞬間、俺は抱きつかれた。


「朝から暑い。離れろ」

「酷くない!? 手心とか無いの!?」

「手心を加えたせいで零というモンスターを生み出してしまったんだよ」

「あぁ……」

「えへへ……みーちゃんは性欲モンスターだからお揃いだね」

「だからお前の想像を現実に持ち込んでくるんじゃないよ」

「え? お兄ちゃんって何十回戦も余裕で出来るし一回で何Lも出すし感度も3000倍なんだよね?」

「偏った知識!? 若者のネットリテラシーの低下の現状を知ったよ!」


 新は俺を見てニヤニヤと笑った。


「冗談だよ、お兄ちゃん。精々十回とかだよね」

「世界観インフレしてるって! どこのエロ漫画の主人公だよ!」

「……? でも正の字とか「この話終わり! 妹から下ネタ聞くのは心すり減るから!」」


 ……と。そうしている間にももにゅもにゅと柔らかい感触が腹に当たっている。


「おいこら星。いつまで続けてんだ? もぎ取ってやろうか」

「とか言いながら好きなんだよね? ほらほら」

「くそ……これで喜んでしまうのが悲しいけど男の性……いや、これ俺が見境無いだけなのか?」

「……? 余計な事考えるならしゃぶろっか? みーちゃん」

「真顔で言わないでください怖いです零さん。やめてズボンのベルトカチャカチャしないで! 口でチャック開こうとしないで!」


 星を押しのけ、零はズボンへと手や口をかけてくる。その頭を掴んで抵抗する。


「ふふふ。遠慮しないで良いんだよ? みーちゃん。ほら、気持ちよくなっちゃお?」

「危ない薬の勧誘みたいな事するんじゃねえ!」

「ほら、先っぽだけ。先っぽだけだから。ちゃんと外に出すから、ね?」

「ね? じゃねーよ。その言葉を現実で聞くとは思わなかったわ。しかも女子から」

「よし、みーちゃんの処女いただき」

「あ! ずるい! 零ちゃん!」

「やっぱりお前らだけ違う世界から来てない? その世界に帰りな?」


 ……と、その時。玄関の前を近所のおばさんが通った。

「あらあら。若くていいわねぇ。でも、避妊はしっかりしなさいよ?」

「大丈夫です。もう娘の名前も決めてますから」

「いいわねぇ……私も若い頃は……っと、あんまり邪魔しちゃ悪いわね。結婚式には呼んでちょうだいね?」

「もちろんです!」


 ……と。零とそんな会話をして去っていった。


「え、ちょ、止めなくて良かったの? 外堀ガンガン埋まっていってたけど」

「今更外堀など埋まりすぎて積もってるぞ。だが問題ない。城の部屋に閉じこもって襖を溶接してるからな。外からは開けられん」

「……? テレポートぐらいなら出来るよ? 将来的には」

「知ってる? 人間ってテレポート出来ないんだよ?」

「レベルあげたら色々覚えるよ。四つまでしか覚えられないのがネックだけど」

「ポケ〇ンかよ」

「ふふ。みーちゃんのポケットの奥底にはモンスターが居るもんね」

「危なそうな話はやめよう! 怒られる!」


 ……と、そんな内容の無い話をして……途中で新と別れ、俺達は学校へと向かった。



 ゾクリと、悪寒がしてぶるりと震えた。


「どうかした? みーちゃん。トイレ? 私使う?」

「違う。嫌な予感が……というか待て。なんでお前と新は俺に特殊性癖を押し付けようとするんだよ」



 まあ、どうせ零の目が肉食獣のそれへと変わったから嫌な予感がしたのだろう。


 そう、この時の俺は思っていた。

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