11.「お見合い、ですか……?」




 そんな情緒の起伏が激しい日々を送っていたミーシャに、ある日思い出したように王から登城の命が下った。




「お見合い、ですか……?」


「いやぁ、退役の噂が広まったせいでなかなか良い家柄の男子が見つからなくてな。時間がかかってしまってすまぬ」


 王座にミーシャだけを招き、フランクな雰囲気でのほほんと語る王に盛大に肩透かしを食らった。てっきりラボを爆破しまくるノアの代わりにお叱りを食らうと思っていたからだ。何と言う天啓。結婚相談所で惨敗し続けているミーシャは藁にも縋る思いでその話に食いついた。


「五人兄弟の三男でな、父親が取り仕切る商会から独立して卸売業をしている仕事の出来る奴だ。ちなみに家門は伯爵家だぞ。そなたにとても興味を持っていた」


「まぁ、そのような立派な方のお目にかかるなんて光栄です!」


 仕事ができる男、しかも伯爵家の三男!やはり民間の結婚相談所の顧客リストと一国の王の伝手つてでは天と地ほどの差がある。さすが王様、やはり持つべきものは権力者だ!


「ふはは、喜んでくれて嬉しいぞ、ミーシャ。実は肖像画も準備してあるのだ」

 

 ミーシャの笑顔にご満悦な王は、控えていた使用人に二つ折りの冊子を持って来させた。それを受け取ったミーシャは天にも昇るような気持ちで冊子を開いたのだが。


(……ん?)


 立ち絵と顔のアップ、二種類の肖像画を目にして、ミーシャの表情が強ばる。


 まず立ち絵の方だが、周りにはミーシャと同い年くらいの女性一人と、幼稚舎に通うほどの少年少女が三人、そしておしめが外れたばかりであろう幼児が二人。驚くほど全員顔が似ていない。


 さらにメインの肖像画だが、明らかに還暦前の貫録を誇る壮年の男性が、触ると固そうな口ひげをたっぷりと携えてキリッとした顔で佇んでいる。


 非常に言いにくいが、思っていたのと違う。


「アベイル伯爵の三男坊、ジャミロウだ。よわいは……朕の一回り下だから、六十五か。これまでに三度良縁に恵まれたが、いずれも子を授かっては妻と死別してきた可哀想な奴でな。そなたの話をしたら、幼い子供の面倒を見てくれる若いおなごを求めていたとたいそう喜んでおったぞ。事業も安定していて貧しい思いをすることもないだろう、これほど良いえにしは他にないと思うのだが、どうだ?」


 いや、ある。諦めずに地道に探し求めれば、少なくとも三回り年上の夫と自分と歳が変わらない娘がいる家に嫁いで幼子の面倒を見る案件より条件の良い縁は、きっとある。背筋を駆け上った悪寒にミーシャは笑顔を引き攣らせた。


 国王はたまに的外れなことを言って炎上するが、基本的には善人であり悪意はない。王都に身寄りのないミーシャのこともよく気にかけてくれていた。少し先だが美少女最強聖女への代替わりも決まり、独身アラサー聖女という国難も免れたはずなのにこうして縁談を探してくれていたのは、百パーセント真心まごころだ。だって王の顔からは善意しか感じられない。


「……お、お話だけ伺ってみようかしら、あは、あはは……」




 仲介人は王である。ミーシャに拒否権はなかった。




 色良い返事に喜んだ王は意気揚々とアベイル伯爵と連絡を取り、とんとん拍子にその日の夜に食事の席が設けられた。超有能な縁談仲介人の腕にミーシャは泣いた。こんなところで一国の舵取りをする手腕を発揮しないでほしい。


 慌てて離宮に戻って使用人たちに手伝ってもらいながら食事会のための化粧とドレスの支度を済ませたミーシャのもとに、騎士団の行事で傍を離れていたシャルルが血相を変えた様子で戻って来た。


「ミーシャ!」


「あらシャルル、定例会は終わったの?即位の儀の警備について議論を詰めると言っていたのに」


「ハル博士から連絡を貰って抜けて来たんだ。ジャミロウと見合いだって?ふざけているのか?」


「国王様が用意した縁談よ、断れるわけないじゃない」


「あいつは年の離れた女性を娶っては高圧的な態度で性奴隷のように扱い、母体の負担も考えずひたすら子を産ませては死に追いやっているような男だ。貴族界隈では有名な下衆の話が王の耳に入ってないわけないだろう、貴女は騙されている」


 強張った表情で詰め寄るシャルルは、首元から双波状に広がる青磁色のレースを纏った白い素肌の肩を掴んで悲壮な顔で説得する。普段見たことがないくらいに着飾ったミーシャに、これから男に会いに行くんだと否応なしに見せつけられて心ばかりが焦った。


「……王様の顔を立てて少し話してくるだけだから、大丈夫よ。シャルルは会議に戻ってて」


「いや、一緒に行く。俺はミーシャの騎士だぞ」


「いくら下衆野郎だからって、御前で粗相をしたりはしないでしょ?それよりも即位の儀の警護に穴でも空けたら貴方の評価に関わってくるんだから、ちゃんと話を聞いてきなさい」


 こういう時ばかり年上の顔をする主を引き留める術がないのだと悟ったシャルルは、悔しそうに細い肩から手を離す。


「いいか、絶対に二人きりになるなよ。いくらアラサーだろうとあのクソジジイにとってはロリも同然なんだから、絶対に気を抜くんじゃないぞ」


「ロリって、もう、シャルルったら。でもわかってる、大人しく食われてなんてやるもんですか。何なら犯行現場抑えて憲兵に突き出してやるわ」


「そこは普通に助けを呼んでくれ」


 全然危機感を持ってくれない上に、ミーシャなら本当に自分を囮にして助平親父をお縄にしそうだ。頼もしい限りだが危なっかしい。柔らかいくせ毛をフォーマルにまとめて露になった彼女の耳に、ゴールドのイヤリングが挑発的に揺れた。メイクもばっちりで彼女の言う戦闘力も申し分ない。


 レースに透ける項のスティグマを隠すようにファーショールを纏い戦場へ向かったミーシャの後ろ姿を見送ったシャルルは、近くで準備の手伝いをしていた使用人に声をかけた。



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