10.「お姉様ぁ……!」
「当組合主催の婚活パーティーの年齢制限は男性五十歳未満、女性二十五歳未満でして……」
「お相手方が侯爵家以上の家門をご希望されています。退役後に爵位の授与はあるのでしょうか?」
「この殿方はいかがでしょう!年齢四十九歳、起訴された前科が五件ほどありますが、刑務所暮らしを終えた今はマグロ漁船で真面目に船乗りをされていますよ?」
「先方が茶髪は嫌だと申しておりまして、染めるご予定とかありませんか?」
別に、ミーシャが高望みしているわけではない。年齢三十~五十代、真面目に仕事をしている普通の男性ということしか条件を出していないのに、こうも引っかからないのか。
結婚相談所の仲介人にぽろっと愚痴をこぼすと、「そのような男性は既に結婚されている方がほとんどでして……」と至極真っ当な返答を貰ってぐうの音も出なかった。そりゃそうだ。
ハルが生きていた国では女性の経済的自立が進んで『晩婚化』という現象が起きていたらしいが、この世界では十五歳で結婚して子供を身籠るケースも珍しくない。むしろ普通だ。女性の結婚適齢期は十五歳から二十歳と言われている。
その適齢期にミーシャは何をしていたかと言うと、聖女として召し上げられてすぐ王都で発生した原因不明の疫病騒動を治めるために昼夜問わず東奔西走し、その奔走も虚しく罹患した王妃の命が刈り取られ、無力な新しい聖女に国民が非難轟々、何とか疫病の原因を解明したが間髪入れずに今度は内戦の勃発。鎮圧のために戦場へ向かった第一王位継承者が非業の死を遂げてますますミーシャへの風当たりが強くなり、国中で「パラティンではなく疫病神の加護を賜ったのでは?」というあらぬ噂が立ち込めた。
自分で作ったポーションを絶えずがぶ飲みしながら一心不乱に回復魔法をかけたが、それでも追い付かないほどの甚大な被害を前に何人もの兵士を看取ったミーシャがボロボロの状態で王都へ凱旋した頃には、とうに二十歳を過ぎていた。そんな苦い経験をして結婚適齢期を逃した彼女は己の未熟さを痛感し、「恋愛に現を抜かす暇があったら人の役に立たねば」と仕事に打ち込んだ。後のアラサー独身聖女の誕生である。今は必死の形相で婚活に勤しんでいる。
一方で、新しい聖女ノアの魔法学園生活は順風満帆だ。聖女であることは混乱を避けるために今の段階では公的に伏せているが、パラティンの加護でステータス値が全振りされていることで周囲から一目置かれ、さらにはその類稀な美貌で既に学園中の視線を釘づけにしている。生前に叶わなかった青春を謳歌している姿は美しい煌きを纏っていた。
勤勉なノアは大臣たちに言われた通り、学園が休みの日にミーシャからポーション作りの手ほどきを受けている。ちなみに休園日は一般的な国民の休日であり当然ラボも休みなので、ミーシャは完全に休日出勤だ。手当は出ない。何せこれは王いわく『奉公』なのだから。
「ノアちゃん魔力絞って!あ、溢れる、溢れちゃうから~~~ッ!」
「わ、わかんないですぅっ!ごめんなさ……きゃあっ!」
チュドン。
休日で他の研究員がいないラボの一室が、魔力の暴走により爆破された。咄嗟にミーシャが防御壁を展開させて二人が怪我をすることはなかったが、室内の備品はめちゃくちゃだ。さすがカンスト聖女、末恐ろしい。
噴き上がる煙を手で払いながら「大丈夫?」と声をかけると、ノアは大きな瞳にたくさんの涙を溜めながら申し訳なさそうにミーシャを見上げた。
「すみませんお姉様、わたしっ……」
「へぁっ!?な、泣かないで、こんなの失敗のうちに入らないから!ちょ、シャルル!女の子が泣いてるんだから何とかしなさいよ!」
「何で俺が……」
吹き飛んだ備品を片付けていたシャルルが面倒くさそうに呟く。ちなみに『お姉様』というのはノアから提案されたあだ名だ。尊敬と親しみを込めてそう呼びたいと言われて、面倒見が良く世話焼きでお姉ちゃん気質なミーシャは悦びに打ち震えながら快諾した。弟よすまん、お姉ちゃんはハイスペな妹を手に入れてしまった……。
「ぐすっ……わたし、ポーション作りの才能ないんでしょうか……?お姉様のような立派な聖女になれるか、今から不安でたまりません……」
「ポーションだけが聖女の仕事じゃないし、ノアちゃんは力が強すぎるせいで制御が難しいんだから仕方がないよ。これから少しずつ覚えていこう?」
「お姉様ぁ……!」
美少女が妙齢の女性の胸に顔を埋めて泣きつく、傍から見れば宗教画のような状況。需要があるかはわからないが、とりあえずミーシャは婚活が上手くいかないフラストレーションが浄化されたような気がした。休日出勤手当貰ってないんだから、これくらいの役得はあってもいいだろう。
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