第66話 俺の母親が大人気Vチューバーだった件

『ブロロロロ! キキィッ! 電影団所属、清楚系番長の白鳥沢玲華しらとりざわ れいかだ! 今日もインターネットロードを爆走すっから、ついてこいよ野郎ども! あぁ? 全然清楚じゃねぇって? 野郎ども! 新入りのお出ましだ! しっかり教育しとけ! そんじゃあ今日は話題の新作、ストレイキャットをやってくぜ! なにやら噂ではサイバーでホラーな猫ちゃんゲームだって話だが。猫と言えばご存じ我が家の愛猫ことレイ君だ。これが手間のかかる怖がり猫ちゃんで、ホラー映画なんか見た日には風呂もトイレも一緒に入ってやらなきゃヤダヤダヤダァ! とぐずり出すから大変なわけよ! まぁ、そこが可愛くもあるんだけど。あぁ? 息子じゃねぇよ! 猫だ猫! こちとら永遠の十七歳だっての! うるせぇ! あれは酒じゃなくてシンナーだ! あ、嘘です。今のカットで。間違っても切り抜くんじゃねぇぞ! 〈俺は佐藤じゃねぇ〉さん、『少ないけど今日のレイ君代です』感謝ぁ感謝ぁ!』


 タブレットに映し出された光景に、俺は眩暈を感じていた。


 そこには母親をロリ巨乳化させたような黒髪ロングの美少女キャラが、真っ白いワンピースに血濡れの釘バットを担いだ珍妙な装いでマシンガントークを繰り広げている。


 若干声質は作ってあるが、それでも聞き違えるはずはなく、百二十パーセント確実に母親の声だった。


 ちなみに隣で一緒に見ている母親は耳を塞いで顔を真っ赤にし、「いやああああ!? そんなにまじまじ見ないでえぇぇぇぇ!? 死ぬ、死ぬぅ!? 恥ずかしくて死んじゃうからあああああ!?」と買い換えたばかりのテーブルにガンガン頭をぶつけている。


 いや、頭を抱えたいのは俺の方なんだが。


 とりあえず、俺は精神から感情を切り離した。


 さもないと、混乱しすぎて話にならない。


「……えっと母さん、いくつか聞いてもいい?」


 俺の質問に、母親はびくりとして姿勢を正すと、歯を食いしばって頷いた。


 俺は罵詈雑言を嵐のように吐き出しながら華麗な操作テクで猫ちゃんを操る白鳥沢玲華を指さした。


「これのどこが清楚なの?」

「そこなの!?」

「だって……」


 これが清楚なら、一ノ瀬だって箱入りのお嬢様で通じる。


 素朴な疑問に、母さんは胸の前で恥ずかしそうに指をいじいじした。


「玲君には隠してたんだけど、実はお母さん、リアル元ヤンなの」

「え」


 マジで。


 いや、そういわれると心当たりしかないんだけど。


「それで、日本最大級のレディースのヘッドを務めてたんだけど」

「……それって、このキャラの設定の話だよね?」


 そうであって欲しい。


 生憎、全部リアルの話らしいが。


 つまり、こういう事らしい。


 レディースの女番長として荒んだ青春を送っていた母親は、ある時思ったらしい。あたしも普通の女のみたいにチヤホヤされてぇ! と。その頃からゲームが趣味だった事もあり、当時流行っていたニヤニヤ動画なるサイトでゲーム配信者を始めたらしい。


 その時に作った設定が清楚なお嬢様キャラの白鳥沢玲華だった。


 母親的にはせめてネットの世界だけでも清楚なお嬢様としてチヤホヤされたかったようで、下手糞な自作のイラスト一枚をアイコンに使い、顔は隠してお嬢様ぶっていたらしい。


 が、元がバリバリのヤンキーだ。視聴者と喧嘩したりゲームにイラついてキレてすぐに地が出たらしい。で、いつしか視聴者には番長などと呼ばれるようになったとか。


 配信者としてはなんやかんやで結構人気があったそうで、高校卒業後も定職に就かずにずっと配信業で稼いでいたらしい。


 やがてVチューバーブームが訪れ、母親はいち早く時代の波に乗ってV化、個人勢としてブイブイ言わせていた所を電影団なる事務所に拾われ、その際に見た目をモデルチェンジするついでに、番長設定を公式化したらしい。


 いや、自分で聞いといてなんだけど、くっそどうでもいい。


 ていうか聞かなきゃよかった。


 完全に目が死んでしまった。


「……このレイ君って俺の事だよね」


 だよねというか、それ以外に考えられないし。


 画面の中の白鳥沢はさっきから隙あらばレイ君語りをはじめ、その度にレイ君代なる高額の投げ銭が飛び交っている。


 地獄かここは?


「だって……お母さん、ママ友とかいないし。他に玲君の事を話せる相手もいなくて……。愚痴ってわけじゃないけど、昔からリスナーさんに玲君の話を聞いて貰うのが習慣みたいになってて……」


 申し訳なさそうに上目づかいで言ってくる。


「……だからって、全世界に俺の恥ずかしいエピソードを公開しなくても……」


 野郎共なるファンの人達、明らかに猫じゃなくて息子だって気づいてるし。


 なんなら関連動画にレイ君エピソード切り抜き集パート63とか見えたんだけど。


 再生数二百万とかいってるし。


 てか母さん、登録者数八十万人もいるんだけど。


 ヤバすぎだろ。


 いや、八十万人って。


 超大物じゃん……。


「ごめんなさい……。こんなの嫌に決まってるわよね。これからは、玲君の話はしないようにするわ……」


 ぽろぽろ泣き出す母親を見て、俺は溜息をついた。


「いや、今の話は忘れてよ。そこにいるのは母さんじゃなくて白鳥沢玲華で、レイ君はその子の飼ってる猫なんだから」


 母さんがハッとする。


「……いいの、玲君?」

「……だって、それが母さんの仕事なんだろ? それで育てて貰ってるのに、文句なんか言えないよ。母さんのストレスの捌け口にもなってるみたいだし。俺は間違いなく、他の子よりも手のかかる息子だったから……。だから、これからも俺の事は気にしないで仕事を続けてよ」

「れいぐん……本当にあなたは、竜児さんに似て優しいんだから……」


 感極まった母さんが俺をぎゅっと抱きしめる。


 親父は早くに死んだから、ほとんど思い出なんかない。


「……母さんがちゃんと育ててくれたからだよ……」


 だから俺はそう思う。


「れいぐうううううん!?」

「く、苦しいよ母さん!?」

「だって嬉しいのよ! 玲君にバレたら軽蔑されないかって、お母さん、ずっと不安だったの。人気になっちゃって、いつバレるか気が気じゃなくて……。これからは、安心してCMのオファーも受けられるわ!」


 CMってマジかよ……。


 母さんすげー。


「軽蔑なんかするわけないだろ。むしろ、尊敬するよ。八十万人もファンがいて、世界一の母親だよ。白崎もVチューバーは大好きだって言ってたし……」


 それで俺はふと気づく。


 そういえばあいつ、前に番長がどうとか言ってなかったか?


「……ねぇ、母さん。まさかとは思うけど、白崎になにか言われたの?」

「実はそうなの。桜ちゃん、お母さんのファンだったみたいで。送っていった帰りに、お母さんが白鳥沢玲華だってバレちゃって。それで色々お話しして、この仕事を隠してる事とか、いつか玲君と一緒に配信したいって思ってる事とか相談したら、『お義母様! 私に任せてください』って言ってくれて」


 それで全てが繋がった。


「……つまり、また白崎の掌で踊らされたってわけか……」

「お母さんの為に頑張ってくれたのよ。桜ちゃんの事を、怒らないであげて……」

「怒らないよ。また借りが増えちまったって困ってるだけ」

「……そうね。桜ちゃんには、いっぱい借りが出来ちゃったわね」


 どうやって返したらいいのか。


 全く、頭の痛い話だ。


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学校一の美少女が醜い嫌われ者の俺を好きになるわけないだろうが!!! 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA

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