第54話 悪い病気

 気が付けば、俺達は当たり前のように超科学部に入り浸るようになっていた。

 掃除は終わったし、催眠アプリ疑惑もなんやかんやで有耶無耶になった。

 だから別に、ここに用はないのだが、西園寺が寂しがるからと一ノ瀬が来たがるのだ。


 どうせ俺も帰宅部で暇だし、ここに来ればみんなとゲームが出来る。ゲームなんか別に夜でも出来るのだが、そうは言っても実際に顔を合わせて遊ぶ方がなんとなく楽しい。


 放課後にみんなで遊んだ話をすれば、母親も喜んでくれる。

 とまぁ、そんな感じで俺も付き合っている。


 その日はみんなで、リング型のコントローラーを使うエクササイズゲームをしていた。


 俺が太らない秘訣を聞いた一ノ瀬が、あたしもやると言い出したのだ。


 超科学部にはプロジェクターもあるから、デカいスクリーンにゲーム画面を映し出し、大迫力で遊んでいる。


 実際にプレイしているのは一ノ瀬だけだが、俺達もリング型のコントローラーを手に持って、後ろで一緒にえいさほいさと走ったりスクワットをしたりヨガのポーズを取っている。


 見るからにもやしっ子の西園寺には、いい運動になるだろう。


 まぁ、真っ先にバテて、ヒーヒー言いながら休み休みという感じだが。それでも一ノ瀬に励まされて頑張っているから、微笑ましくて俺も応援している。


 で、今は小休憩で水を飲んだり汗を拭いていた。


 本当はジュースを飲みたいのだが、ダイエット中の一ノ瀬に気を使って控えている。


 別に俺はそのままでも構わないと思うのだが、一ノ瀬はどうしても海に行くまでにあと三キロ程落としたいらしい。


 まぁ、頑張れと言うしかない。


 ともあれ俺は、勇気を出して言ったのだ。


「……あー。なんだ。ちょっとみんなに言いたい事があるんだが」

「え、なんだし急に」

「やけに改まるじゃないか黒川君」


 怪訝な顔で言われてしまい、俺は困った。

 本当はもっとさり気なく言うつもりだったのだ。


「その、大した事じゃないんだが……」


 この期に及んで俺は怖気づいた。


 頭の中では何度もリハーサルを重ねたのだが、本番になると恥ずかしくて言葉が出ない。


 もじもじしていると、不意に運動着すがたの白崎が立ちあがって俺の腕に抱きついてきた。


「実は私、妊娠しちゃいました!」


 爆弾発言に、俺はあんぐりと口を開ける。


「はぁあああああああああああああああああああああ!?」

「なんと! それはめでたい! 男の子かな? 女の子かな? 名前はもう決めたのかね?」

「それはまだ。もうちょっとしたらわかるんじゃないかな?」


 にこにこしながら、白崎は一ミリも膨らんでいない引き締まった腹を撫でる。


「おい黒川!? どういう事だし!?」

「なわけねぇだろ!? 俺は童貞だ! 白崎も、笑えねぇ冗談言うんじゃねぇよ!?」


 マジな顔で一ノ瀬に胸倉を掴まれて、必死に弁解する。


「だって黒川君緊張してるみたいだから、和ませてあげようと思って」

「そんなんで和むか!?」

「そうだよ桜!? マジ悪趣味だから! 心臓止まるかと思ったし!」

「ごめんなさい。やっちゃいけないって思うと、ついやりたくなっちゃうの……」


 やりすぎた自覚はあるのか、白崎は普通に謝ってきたが。


 なんというか、ものすごくいい奴ではあるんだが、そういう所はマジでちょっと人間性を疑う。


「そ、そんな目で見ないでよ!? ごめんなさい! 調子に乗りました! 反省します! 私の中の悪い虫が騒いじゃったの!?」


 マジでドン引きしたのが伝わったのか、白崎は涙目になって縋りついてきた。


 ……まぁ、俺も白崎の事は言えないくらい悪行を重ねてきたから、今回はおあいこという事にしておくが。


「それだけ私も黒川きゅんに心を開いたって事で、許して欲しいなり……」


 しゅんとしつつも、うるうるおめめで言ってくる。


「いや、白崎は最初っからガバガバだったろ」

「そんな事ないよ! わかりにくいけど、私なりに結構気を使ってたんだよ! こういうバカみたいな事しないようにとか!」

「……まぁ、桜は他の人の前だとかなり猫被ってるから」


 俺が視線で尋ねると、ちょっと怒った感じで一ノ瀬が言った。


 ……まぁ、気心の知れた相手に対してふざけたくなる気持ちはわからないではない。


 ……というか、こいつらのおかげで俺もわかるようになったわけだが。


「で、結局黒川君の話はなんだったのかね?」


 思い出したように西園寺が聞いてくる。


「……もういいよ。なんか白けたし」

「え~! そんな事言わないで教えてよ!」

「そうだし! 気になるだろ!」


 と、なぜか今度は俺が怒られた。

 まぁ、その通りではあるのだろう。

 もったいぶるような事でもないので、俺は言った。


「だからその……あれだよ」

「あーもー! じれったい! 早く言えって!」

「だから! お、お前らの事を、と、とも……友達だって認める事にしたんだよ!」


 うああああああああああああああああああ!


 言ってしまった!


 でも、いい加減はっきりさせないといけないだろ!?


 こんな毎日遊んでて、プールにも行って、友達じゃないは流石に失礼だ。


 だから俺は、恥を忍んで言ったのだ。


「……はぁ? そんだけ?」

「なにを言い出すと思えば。期待して損だよ」


 凸凹コンビが呆れ果てる。

 俺としては、一世一代の告白のつもりだったのだが……。


「そりゃそうでしょ。私達、とっくにそのつもりだったんだから」


 白崎だって呆れていた。

 苦笑いで言うと、思い直したように笑って俺の頭に手を伸ばす。


「でも、よく言えたね。よしよし」

「――っ!? さ、触んな!?」


 頭を撫でられた瞬間、背筋に甘い電流が走って俺は白崎の手を弾いてしまった。


 だって、こんなのよくない! なんかぞわぞわして、泣きたくなって、甘えたくなるような、なんか危ない感じがした! 絶対よくない!


「どうして嫌がるんだ黒川君。人に頭を撫でてもらうのは気持ちいいぞ。ボクは好きだし、一ノ瀬君も好きだ。みんなに内緒で時々ボクになでなでをせがんでくる程だからね」

「ちょ、バカ!? 西園寺! それは秘密だって言ったじゃん!?」

「おっとしまった。今のは冗談だ。忘れてくれたまえ」


 いや、そんな性癖を暴露されても困るんだが。

 それよりなにより白崎だ。

 にんまりにやにや、高く掲げた両手をにぎにぎして、じりじりとこちらににじり寄って来る。


「にゃるほどね~。アンちゃんと同じで、黒川きゅんは頭なでなでに弱いと」

「よ、弱くねぇよ! そんなわけねぇだろ!?」


 弱いのだ。いじめられて帰る度、母親が俺の頭を撫でて慰めてくれた。きっとそのせいなのだろう。頭を撫でられると、俺は弱い俺になってしまう。


 けどそんなのは、恥ずかしくって絶対に友達には知られたくない。


「本当? じゃあ撫でさせてよ」

「やだ!? そんなのおかしいだろ!?」

「おかしくないもん! 撫でさせろ~!」

「こっちくんな!?」


 白崎が迫って来るので、俺は頭を守って部屋の中を逃げ回った。


 そこにファミ〇の入店音が響く。


 人見知りの西園寺は出たがらないので、変わりに一ノ瀬がモニターを確認した。


「はいは~い。超科学部だけど」

『あ。先日はお世話になりました。その、オカルト部の小暮幸子です。黒川君に貢物を持ってきたんですけど……』

「あー。ちょっと待ってもらえますか。桜ぁ! ターボ八尺女が貢物だって」

「貢物だけ置いて帰って貰って!」


 俺を部屋の角に追い詰めた白崎が、振り向きもせずに言う。


「お、おい白崎! それはちょっと酷くないか? 一応先輩だぞ」


 別に俺も小暮先輩に用はないが、白崎の意識をそらせるのならなんでもいい。


「酷くないよ。私は恩人だし。ていか、どうせ黒川きゅんに会いたくて貢物持ってくる係に立候補したんだよ。そんなのわざわざ会わせてあげる程お人好しじゃないもん」


 なんか急にプリプリしだしたんだが。他の変人には優しい癖に、小暮先輩にはやけに厳しい。勉強疲れで露出狂に走ってしまうくらい繊細な人なんだから、優しくしてやった方がいいと思うのだが。


「あー。今開けますんで」


 一ノ瀬は一ノ瀬で勝手に開けてるし。


「アンちゃん!?」

「さっきの仕返し」


 ムスッとした顔で一ノ瀬が舌を出す。


「因果応報だな!」


 俺も仕返しに言ってやると、よそ見をする白崎の横を走り抜けた。



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 やってはいけない事を思いついたらついやりたくなってしまう方はコメント欄にどうぞ。

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