第36話 自己崩壊する矛盾

「ぎゃあああ!? もう無理! こんなバケモノ、絶対勝てないって!」

「プロハンターは諦めない! 私達の背中には、ナントカ村の存亡がかかってるんだよ!」

「そこは覚えとけよ! てかお前はレア素材が欲しいだけだろうが!」

「うぅぅぅ! ボクは初心者なんだ! こんな強い敵が出て来るなんて聞いてないぞ! うわぁあ!? やられたぁ!?」

「やらせるか! 地面に着く前に回復すればセーフなんだよ!」


 敵の攻撃でおほ丸♂が天高く舞い上がる。その間に俺は大急ぎでヒールポーションをがぶ飲みし、ゼロになったおほ丸♂のライフを回復させた。


「た、たすかったぁ……」

「黒川きゅんナイス!」

「こっちも回復して! てかあたし、トイレ行きたくなってきたんだけど!?」

「知るか! そこまで面倒見切れねぇよ!?」

「仕方ない。一ノ瀬君には掃除をして貰った借りがある。特別にその辺で用を足す事を許可しよう」

「出来るわけないっしょ!?」

「ちなみにうんこ?」

「おしっこ! って桜ぁ! 言わせないでよ!」


 ゲームもリアルも大混乱だ。

 なぜこんな事に?

 勿論例によって白崎のせいだ。


 遡る事一時間前、俺達は気楽な感じでサイステールと戦っていた。続編という事で強化されてはいるが、所詮は序盤に戦う雑魚ドラゴンだ。俺の操るレイジや一ノ瀬の薫子はしっかり装備を強化しているし、白崎の操る臭作は見てて引くぐらい上手い。唯一の不安要素は初心者の癖に褌一丁のおほ丸♂だが、こちらはガンナーなので被弾のリスクは少ない。


 パーティー構成は、片手剣の臭作が盾をガンガン鳴らしながら動き回ってヘイトを稼ぎ、その隙に大槌の薫子と魔砲使いのおほ丸♂がダメージを稼ぐ。俺は崖の上からぴ~ひゃららと魔笛を吹いてバフやデバフをかけ、アイテムの効果共有で支援という感じだ。


 はっきり言って楽勝で、負ける要素など万に一つもなかった。

 相手がサイステールだけならば。


 どうやら白崎の奴、別のボスモンスターが乱入する可能性のあるクエストを選んでいたらしい。


 サイステールが足を引きずり、もう少しで倒せそうという所で奴は現れた。

 全身を漆黒の鱗に覆われた、黄金色の目をした禍々しいドラゴンだ。

 初めて見る敵だが、ひと目でヤバい奴だと理解出来る。


「あれは……金色眼の黒竜王ゴールドアイズブラックドラゴンキング!」

「知っているのか白崎君!?」

「うむ。あれは乱入でしか出てこないってネットで噂の超強い激レアドラゴンだよ! あいつの素材を集めたら超かっこいい最強装備を作れるんだって!」

「いや、無理だろ! こっちは初心者と下手くそと中級者と全裸だぞ!」

「ちょっと黒川! なにさり気なく自分の事中級者にしてんのさ! 遠くで笛吹いてるだけの黒川はどう考えても下手くそだから!」

「笛の効果を切らさないように結構気を使ってんだよ! てか、お前の大槌だって全然当たってないだろ!」

「だってあたし本当は黒川と同じで魔笛使いだし! 桜とやる時は吹き専なんだもん! あんたが魔笛使うから仕方なく大槌にしたんじゃん!」

「言い争ってる場合じゃないと思うんだが!? どうするんだ! 戦うのか!? 逃げるのか!?」

「勿論戦うでしょ! こんな機会滅多にないし! みんなで頑張ればなんとかなるよ!」


 なるわけがないのだが、白崎の口車に乗せられて、かれこれ一時間以上も金色眼の黒竜王と戦っているのだった。


 はっきり言って、勝ち目があるようには思えない。黒竜王はマジで洒落にならない強さで、三乙していないのが不思議なくらいだ。それだって、白崎が常時挑発タウントという戦技でタゲを集めているからなんとかなっているようなものだ。


 認めるのは癪だが、白崎のドラハンテクは本物だ。プロハンを自称する俺の母親と比べても遜色ない。戦い方もそっくりだし、気味が悪いくらいだ。


「そりゃ! 番長直伝、フレーム回避!」


 黒竜王のブレスを前転ですり抜ける。どう見たって当たっているようにしか見えないのだが、僅かな無敵時間を使って避けているらしい。


 ちなみに番長というのは白崎が尊敬しているVチューバーだそうだ。暴走族の女番長という設定で、プロ級のゲームテクと歯に衣着せぬ物言いが人気らしい。面白いから見てみてよ! としつこく誘われているが、お断りだ。というか、我が家ではVチューバーは教育に悪いという理由で禁止されている。


 そんな事よりも白崎だ。学校一の美少女の癖にゲームも上手くてかっこいいとかズルすぎだろ! そういう所が大嫌いなんだ! その才能、少しでいいから俺に寄こせと言いたい。いや言いたくない!


 パン一の臭作が盾を叩きながら華麗に舞う姿はちょっとした悪夢だし、白崎の奴俺達にレベルを合わせる為に武器は最低攻撃力の腐った片手剣を装備している。だからいくら隙を見て斬りつけてもほとんどダメージは稼げていない。


 それに、いくら白崎が頑張っても限度というものがある。普段から戦闘は母親に任せっきりの俺だ。サポート力には自信があるが、戦闘はダメダメだった。一ノ瀬の回復に気を取られている所に流れブレスが当たって屈辱の一乙。西園寺も俺の回復が間に合わずに一回死なせてしまったので計二乙。もう後がない。


 こうなるとなにがサポートだという気持ちになって来る。俺は全く攻撃に参加せず、安全な場所で支援と回復に徹しているのに、味方一人守ることが出来ないのか? 格好悪い。こんな事なら母親に甘えてないで自分で戦う練習をすればよかった。後悔しても後の祭りだが。


 とにかく、二乙だけはしたくない。経験者で防具を着ていて安全な場所にいる俺が一乙の時点で物凄く恥ずかしいのに、二乙なんかしたら情けなさすぎて絶対に舐められる。それだけは絶対に回避しなければ!


 だから俺はさっきから、誰でもいいから早く乙ってくれと祈っている。超上級者の白崎が乙ってくれれば仕方ないという空気にもなるだろう。一ノ瀬も下手くそなくせにまだ乙ってないから、こいつが乙れば下手くそ組が三人仲良くという感じになって俺の失態も許される。


 考え方が汚い? そんな事は分かっている。俺はこの通り、身も心も醜い嫌われ者だ。他人の事なんかどうでもいい。そもそも俺には他人を気遣う余裕なんかない。俺は自分の面倒を見るだけで精一杯なのだ。


 だから頼む、誰でもいいから俺の代わりに乙ってくれ!

 心から俺はそう願っている。

 そのはずなのに……。


「うぎゃああああ!? 死ぬうううううう!?」

「馬鹿野郎! 諦めんな!」


 俺はポーションを飲んでしまう。支給品なんかとっくに飲みつくした。手持ちだってもうない。調合分だって使い果たした。だからどうした? 卑怯者の俺は戦う事をせずに採取ばかりして遊んでいた。だからどこにどの素材が湧くかは完璧に覚えている。なくなったなら現地で調達すればいい。走れインターセプター! 最短経路だ!


 回復ポーションだけじゃない。防御力や攻撃力を上げるポーション、閃光玉や罠、設置式の囮に毒煙、普段使わない道具だって使ってやる!


 そうとも。こんな醜いトカゲ野郎に俺がビビる必要などない。勝てばいいのだ。大活躍して一乙の恥を帳消しにすればいい。そうすればこいつらも俺を舐めたり出来ないだろう。 


 さぁ立て一ノ瀬! 今のお前は俺のバフで鋼のボディだ!


 西園寺! 魔砲を撃つ手を緩めるな! 弾がない? そんなもの幾らでも用意してやる!


 白崎! ……お前に俺がしてやれる事なんか一つもない。お前が本気の装備なら、こんな奴一人でも倒せるんだろう。ただの一つも攻撃を食らわずに、俺達を守りながら怒涛の攻撃を続けるプロハン様だ。サポートする余地なんかまるでない。サポート泣かせもいい所だ。


 俺のサポートだって、お前がタゲを取っているから出来ているんだ。悔しいが、それは認めてやる。だから仕方ない。お前の狩りに協力してやる。こんな醜いドラゴンの装備なんか、俺は全く興味がないが。ここまで来て負けるのは悔しすぎる。だから勝ちたい。俺は勝ちたい。


「黒川! 後ろ!?」

「――なっ!?」


 一ノ瀬の言葉に慌ててカメラを回す。

 そこには、瀕死で逃げたはずのサイステールが忍び寄っていた。

 鋭く尖った鎌のような尻尾を振り上げて、今まさに攻撃しようと構えている。


 こんな奴の攻撃、なんて事はない。

 体力がマックスだったなら。


 近場で採れるアイテムも取り付くし、それでも前衛で頑張る一ノ瀬を回復させる為、俺は自らの体力を味方に分け与える、献身の音色を奏でていた。


 残る体力はほんのわずか。

 それでも、安全圏で見ているだけの俺なら平気なはずだった。

 雑魚敵だって、この高台には湧かないはずなのに。

 まさかサイステールが戻って来るなんて。


 無理だ。死んだ。二乙だ。

 合計三乙、クエスト失敗だ。


 やっぱり俺はこうなるんだ。

 柄にもなく張り切って欲張るから恥をかく。

 こんな事なら、手を抜いて他の奴を乙らせておくんだった。


 この期に及んでそんな事を考えるような俺だから天罰が下ったのかもしれない。

 まったく、醜い嫌われ者にはお似合いの末路だ。


「させるかよ!」

「させん!」

「させないってば!」


 一ノ瀬が大槌を放り投げ、西園寺が魔砲を放ち、いつの間にか助けに来ていた白崎がサイステールに斬りかかる。


 その全てが瀕死のドラゴンに突き刺さり、微かに残った体力を削り切った。

 目標を討伐し、ファンファーレと共にクエストが終了する。


「やべ」

「なんと!」

「あははは、やりすぎちゃった」


 三人がしまったという顔をする。

 俺はショックで茫然としていた。


 これは酷い。あんまりだ。

 俺のせいで失敗しただけでも最悪なのに、この三人に助けられるなんて。

 これじゃあ俺は本当にお荷物じゃないか!


「まぁ、しゃーないよね。むしろ、あんなバケモノ相手によく頑張ったって感じだし。あれ、絶対もっと強くなってから戦う奴っしょ」

「まったくだが……。はぁ~! ドキドキしたぁ……。このボクをここまで熱くさせるとは、ドラゴンハンター、中々面白いゲームじゃないか。気に入ったよ」

「でしょでしょ? 友達とやるドラハンが一番楽しいんだよ! 三乙のスリルもそうだけど、協力して強敵と戦う時の一体感! 黒ドラは惜しかったけど、ドラマチックだったよね! これがあるからドラハンはやめられないよ!」


 一ノ瀬はホッとした様子で、西園寺は楽し気に、白崎は興奮していた。

 俺はただただ死にたい気分だ。


「……なんでだよ。なんで俺なんか助けた! どうせ失敗するなら、あのまま見殺しにすればよかっただろ!」

「はぁ? 意味わかんないし。なにキレてんだよ」

「まったくだ。ボクはいまだかつて感じた事のない心の高揚を分析してるんだ。邪魔しないで欲しいね」

「あれだよね。黒川きゅんは真面目だから、自分のせいで失敗しちゃったって思ってるんでしょ?」

「実際そうだろ! 俺は安全な所で見てただけの役立たずだったのに一乙して、最後だって俺のせいで失敗したようなもんだろうが!」


 俺はバカか? なんでそんな事を言ってるんだ? 黙っていればいいじゃないか。そんなのは、こいつらが勝手にやったことで、俺の責任じゃない。だから俺は悪くない。悪いのはこいつらなのだ。


「いやいや、黒川めちゃくちゃ役に立ってただろ。あたしなんか、十回以上死んだ所助けられたし」

「ボクは十四回だ。ちなみに黒川君、ボクがやられた事を気にしているのならそれには及ばないよ。あの時の状況は完全に記憶しているが、君がどう頑張った所でボクが助かる可能性はゼロパーセントだ。天才のボクが言うんだから間違いない」

「私は黒川きゅんが誰よりも一生懸命頑張ってみんなの事を守ってたの、よ~~~く見てたよ? だから私もどうしてもあいつの事倒したくなっちゃって、黒川きゅんから目を離しちゃったの。守ってあげられなくてごめんね?」


 やめろ。


「え……黒川、泣いてんの?」


 やめてくれ。


「ぼ、ボクはこういうのは得意じゃないんだ! ど、どうしたらいいんだ?」


 それ以上俺なんかに優しくしないでくれ!


「行っていいよ。どこまででも追いかけるから」

「――ッ!?」


 限界に達して、俺は部室を飛び出した。


 最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。

 俺はもう、なにがなんだかわからない。


 どうしてこんな事になってしまったのか。

 どうしてこんな事をしてしまったのか。

 どうして泣いてしまったのか。

 自分で自分が分からない。

 あいつらの事も分からない。

 なに一つ分からない。


 俺は醜い嫌われ者だ。

 なにをしてもバカにされ、なにもしなくても笑われる。

 出来損ないのダメ人間なのだ。


 誰も俺を愛さない。

 俺も誰も愛さない。

 そう決めたのに。


 なんで今更、俺なんかに優しくするんだ。


 どうせ嘘なのに。

 どうせ裏切るのに。

 どうせ傷つくのに。

 なぜ俺は信じそうになっているんだ!



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 金色眼の黒竜王な方はコメント欄にどうぞ。

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