第31話 科学とオカルトが交差するとき、物語は始まる――
「異議あり! 黒川様の下半身事情はともかくとして、黒川様は催眠アプリなど持っていません!」
ビシッ! と枯井戸が西園寺に人差し指を突きつける。
そうだ枯井戸、言ってやれ!
その間俺はこっそりスティックシュガーをキメてメンタルを回復させて貰う!
「ふむ。随分自信があるようだが、その根拠は?」
「簡単な事です。黒川様は悪魔の化身であり、西園寺さんが催眠アプリだと仰っている一連の出来事は、全て悪魔の力によるものだからです」
「――ブフッ!?」
砂糖が変な所に入り思いきり噎せる。
それ、催眠アプリと言ってる事変わんねぇから!?
「大体、催眠アプリってなんですか? エロ漫画じゃないんですから、そんな物存在するわけないじゃないですか」
やめろ枯井戸! 女子が堂々とエロ漫画とか言うな!
「いや、悪魔なんて非現実的なものを信じている枯井戸君には言われたくないんだが」
むっとした様子で西園寺が言う。
「はい? 悪魔なら、現にここにいますけど」
俺を指さすと、枯井戸は険悪な表情で西園寺を睨んだ。
いやなにこれ。怖いんだけど。そんなクソどうでもいい話で修羅場んないでくれ!
てかやるなら他所で、俺の見てない所でやってくれ!
「確かに黒川君は悪魔的だ。誰が見たって悪魔と思うような邪悪で不気味で恐ろしい容姿をしている。だがそれだけだ。悪魔みたいな見た目というだけで、本当に悪魔なわけじゃない。大体、悪魔とはなんだ? 実在すると言うのなら、具体的な定義を示して貰おうじゃないか」
「悪魔は悪魔でしょう? 西園寺さんは天才だと聞いていましたけど、そんな事も知らないんですか?」
「なっ! そういう話をしているんじゃない! ボクは、悪魔とはどういった存在なのか説明しろと言っているんだ!」
「つまり、知らないって事ですよね? 天才が聞いてあきれます」
枯井戸がバカにするように鼻で笑う。
こ、怖い。元が清楚なクール系だけあって静かな怖さがある。
西園寺なんか「うぅっ!」とか言ってちょっと涙目になってるし。
「話の分からない奴だな! じゃあ、悪魔はなにを食べるんだ! どこに住んでる! 人の心を意のままに操れると言うのなら、なぜその力で人類に取って代わらない! おかしいじゃないか! 君は、一つでも説明できるのか!」
「出来ませんしする必要もありません。悪魔とは超常の存在、オカルトなんです。そこに説明を求める事自体がナンセンスでしょう? 科学オタクの西園寺さんには理解出来ないと思いますけど」
うわぁ、えげつねぇ……。
西園寺は唇を噛み、涙目になって「うぅううううう!」っと枯井戸を睨みつけてる。
くっ……見た目だけは小さくて可愛いから、物凄く可哀想に見えてしまう。
俺は子供だって大嫌いだが、それはそれとして、子供みたいな小さくてか弱そうな奴が困っている姿に弱い。そういうのを見ると、俺の意思に反して心が勝手に同情してしまうのだ。
それでつい、余計な事を言ってしまった。
「おい枯井戸。その辺で勘弁してやれよ」
「……なんですか黒川様。この異教徒の肩を持つんですか?」
やばい、矛先がこっちを向いた。
「い、いや、そういうわけじゃなくてだな」
焦っていると、西園寺がさっと俺の後ろに身を隠し、枯井戸に向かって「ベー!」っと舌を出す。
当然枯井戸は「なぁっ!?」っと怒る。
西園寺は勝ち誇った顔でニヤリとすると、俺に言った。
「そうだ黒川君。そもそもの話、君は枯井戸君の言う通り悪魔なのかね?」
「え」
なんで俺に話を振るんだよ!
いやまぁ、この状況じゃ本人に聞くだろうけど……。
「黒川様! この分からず屋にビシッと言ってやってください!」
「……えーと」
あの時はアレが最善だと思った。けど、これだけ大事になってしまうと考えも変わる。だって俺悪魔じゃないし、人間だし! 黒川教とかヤバいだろ! 今ならまだ、ギリギリ引き返せるかもしれない。
「……黒川様? まさか、私を、騙したんじゃないですよね?」
「いや全然。俺は見ての通り魔界生まれ魔界育ちの悪魔だが?」
ゾッとするような目で見つめられ、思わず俺は言ってしまった。
仕方ないだろ! 今の枯井戸の目、うちの母親のスイッチが入った時と同じだったぞ!
「嘘だ! 絶対嘘だ! なら黒川君! その魔界というのはどこにある! どうやって行く! 君の住民票はどうなっている!」
西園寺が俺の制服の裾を必死に引っ張る。
そんなもん、俺が知るわけねぇだろ!?
天才ならその辺察してくれよ!
「そ、そんな事、お前に教えてやる義理はねぇだろ!」
「西園寺さん、見苦しいですよ。大人しく負けを認めて諦めてください」
「いやだ! ボクは絶対諦めないぞ! 催眠アプリの仕組みを解明して、ボクだけのイケメンパラダイスを作るんだ!」
「……おい、知的好奇心じゃなかったのかよ」
「そんなの嘘に決まってるだろ! ボクの研究は全てエロとモテの探求の為だ!」
「ふざけんな! 仮に催眠アプリとやらを持ってたとしても、お前みたいなエロガキには絶対渡さねぇよ!」
「黒川君だって散々エッチな事に使ってるだろ! 独り占めなんかズルいじゃないか! ボクは女だ! 君とターゲットが被ることはない! ケチケチしないで教えてくれよ!」
「使ってねぇよ!? そもそも俺は催眠アプリなんか持ってねぇし、持ってたってそんな事には使わねぇし、それ以前に催眠アプリなんか存在しねぇんだよ! 天才なら分かれよそれくらい!」
「催眠アプリは存在するもん! うそじゃないもん!」
もん! じゃねぇ! キャラ崩壊してんじゃねぇよ!
「話になりませんね。これ以上黒川様のお手を煩わせるのなら、こちらにも考えがあります」
枯井戸が指を鳴らすと、例のなんたら騎士団とやらが現れて、西園寺を両側から羽交い絞めにする。
「な!? おい! ボクになにをするつもりだ!?」
「口で言って分からない方には、身体で教えるまでです」
「おい! 流石に女相手に袋叩きはマズいだろ!」
男相手でもどうかと思うが。
日頃から俺にボコられて鍛えられている佐藤とチビの西園寺じゃ耐久度がまるで違う。
「勿論、その辺は私達も弁えています。拷問はTPOを選んで効果的にがモットーですから」
頼むからそんなクソみたいなモットーは捨ててくれ。
ともあれ、枯井戸が目配せをすると、騎士団の連中が羽交い絞めにした西園寺の脇腹や靴を脱がせた足の裏をくすぐり出した。
「あはははははは!? や、やめろ!? はははは!? や、めててくれ!? ちょ、本当に!? ご、ごめんなさい! ごめんなさい! あはははははは! やだ、やだあああああ!? 出る! おしっこ出る! チビっちゃうから! あはははははは!?」
よってたかって擽られ、なすすべなく身を捩る西園寺。
えげつねぇ……。
けど、俺に出来る事は何もない。
これに懲りたら、金輪際俺に関わらないでくれ。
「さぁ黒川様、今のうちに!」
「お、おう……」
別に急ぐこともないのだが、枯井戸に急かされて俺は教室を飛び出した。
黒川教と枯井戸千草……。
こいつらのおかげでバカみたいな喧嘩を吹っ掛けて来る奴は激減したが。
このまま話が大きくなったら絶対将来大変な事になる気しかしない。
かといって、これだけ大事になってしまうとやめさせるのも難しいのだが。
てか、いつもならとっくに来ているはずの白崎はどこ行ったんだ?
なんて思っていると。
「「ぁ」」
教室を出た途端鉢合わせた。
一ノ瀬も一緒で、二人でお菓子をつまみながら窓から覗いていたらしい。
ちなみに白崎が小袋のカレースナック、一ノ瀬は甘納豆だ。
「……お前ら、そこでお菓子食いながら俺が困ってる姿を見物してたってわけか?」
「ううん、全然。そんなわけないじゃん。今来た所だよ? 騒がしいから、どうしたのかな~って覗いてたら黒川君が飛び出してきたの。びっくりしちゃった」
「いや桜、その言い訳は流石に無理っしょ」
「しっ! 黒川きゅんならギリいけるって!」
「いけねぇよ! バカにしてんのか!?」
「違うの黒川きゅん聞いて! 私は別に黒川君が困ってる姿を見て楽しんでたわけじゃないんだよ!」
「いや桜めっちゃ楽しんでたじゃ――ひぎぃ!?」
白崎が一ノ瀬のデカ乳を鷲掴みにして黙らせる。
「……しぃろさぁきいいいい!」
無視して俺は白崎を睨むのだが、この女が反省するわけもなく。
「だってエッチな話されて真っ赤になってる黒川きゅんちょ~可愛かったんだもん! 私の彼氏、初心すぎぃ!」
「だぁ!? 言うな!」
下校ラッシュの廊下だ。辺りには大勢の生徒で溢れている。
そんな所でわざわざ俺の恥部を暴露する。
本当に嫌な奴だ!
慌てて止めようとするのだが、白崎は闘牛士のようにひらりと俺の手を潜り抜ける。
「助けようとは思ったんだよ? でも、ベストなタイミングを見計らってる内にタイミング逃しちゃったの」
「見計らってるんじゃねぇ! 困ってんだからとっとと助けろ!」
その言葉に、白崎が嬉しそうに胸を押さえる。
「はにゃん……黒川きゅんが私の事頼ってくれた……」
「なっ!? べ、別に頼ってねぇよ! 勘違いすんなブス!」
「ごめんね黒川君、次からはすぐ助けるから!」
「う、うるせぇ! こっちくんな! あぁもう、頭にきた! 今日は一人で帰る!」
「待ってよ~!」
「いーじゃん桜。たまには二人で帰ろうよ。チャリでニケツしてさ。家まで送ってくから……って、置いてかないでよ!?」
†
「あはははは!? はははははは!? 漏れる! 漏れるってば!? く、くそぉ!? ぼ、ボクは絶対、諦めないからなぁ!? あははははは、あははははは!? あっ」
――――――――――――――――――――――――――――
あっ、となった経験のある方はコメント欄にどうぞ。
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