第18話 ドンッ!!

「…………なん……だと……」


 案内された店を見て、俺は我が目を疑った。


 やってきたのは駅前にある商業ビル。

 レストラン街にある、スイーツフェスティバルというスイーツ食べ放題の店だった。


 この女、またやりやがった!


 予想外の状況に、俺は内心焦っていた。だってスイフェスだ。言わずと知れた甘党の楽園である。オープンした時からずっと、いや、オープンするという話を聞いた時からずっと、行ってみたいと思っていた。そして、絶対に行くことはないと諦めてもいた。


 当然だ。俺みたいな奴が一人でスイフェスに来たら怖すぎる。母親となんて論外だ。そんな所を学校の連中に見られたら、一瞬で噂になって笑い者にされる。


 俺にとってスイフェスは、どれだけ望んでも手の届かない、夜空に輝く一番星のような存在だった。


 どういうつもりかと白崎を見ると、ドヤ顔で親指を立てていた。俺を大の甘党と知ってのチョイスという事らしいが……全然嬉しくない。むしろ嫌だ。こんな酷い嫌がらせはない。俺がスイーツを食べる姿を一ノ瀬と笑い者にするつもりなのは目に見えている。


「マジ!? スイフェスじゃん! どうしたの桜!? 甘い物嫌いなのに……もしかして、あたしの為!?」


 苦い顔をする俺の横で、興奮した一ノ瀬が嬉しそうにはしゃぎまわる。

 そういえば白崎は、一ノ瀬も甘党だというような事を言っていた。


「それもあるけど――」

「桜ぁ~!」


 話を聞かず、一ノ瀬が白崎に抱きついた。

 対格差がありすぎて、クマに襲われているみたいだ。


「んもももも、ももも」

「デートなのにあたしの好きなお店選んでくれるとか、ちょー感激なんだけど! やっぱ恋より友情って事だよね!」


 がっちりと白崎の頭を巨大な胸の間に抱きしめて、はみ出た頭に頬擦りしながらクンカクンカスーハースーハー匂いを嗅ぎまくる一ノ瀬。

 一応白崎も抵抗しているが、体格差がありすぎてどうにもならない。

 暫く暴れると、白崎は一ノ瀬の胸を思いきり鷲掴みにした。


「いだだだだだだ!? 捥げる、捥げるって!?」

「ぶはぁ!? はー! はー! 息できないでしょ! おっぱいオバケ!」


 真っ赤になって深呼吸すると、白崎は一ノ瀬の胸を平手で叩いた。ボヨンボヨンと効果音が聞こえてきそうな光景である。見てられず、俺はさり気なく距離を取って他人の振りをした。


「ご、ごめんじゃん。嬉しくて、つい……」


 無駄にデカい乳を抱えてしょんぼりする一ノ瀬。

 白崎が腰に手を当てて怒る。


「もう! アンちゃん、そういう所だよ! スイフェスを選んだのはアンちゃんの為だけじゃないんだから!」

「わかってるって。黒川の為だろ! ちぇ! あたしの時は幾ら誘ってもダメだったのに!」


 一ノ瀬は拗ねた顔で言うと、挑戦的な目をして俺を睨んだ。


「桜から聞いてるし。黒川、相当な甘党なんだってな? けど、甘い物ならあたしの方が絶対上だし! 格の違いって奴、見せつけてやっから」


 俺の胸元にぐりぐりと指先を押し付けて一ノ瀬が凄む。

 俺はその手を乱暴に払いのけた。


「行かねぇよ」

「はぁ?」

「スイフェスなんか行かねぇって言ってんだ。どうせお前ら、俺が甘い物食ってる姿見て馬鹿にするつもりなんだろ。見え見えなんだよ」

「……いや、マジお前、どんだけだよ」

「ね、言ったでしょ? 黒川きゅんってこういう人なの」


 呆れたふりなんかしても俺は騙されない。

 それに、言いたい事は他にもある。


「それと白崎。俺の事を、勝手に、他人に、話すんじゃねぇ」


 どうせ無駄だろうが、それでも釘だけはさしておく。白崎の事だ。俺とのやり取りを一ノ瀬に話して、裏でゲラゲラ笑っているのだろう。そんな事だろうと思っていたが、実際に証拠が出てくると腹が立つ。


 当の白崎は、警官だってビビる俺の眼力を真っ向から受け止めて、ふ~んと平気な顔だ。


「いやです」


 きっぱりと白崎が言う。

 暫く睨み合うと、白崎は大きくため息をついた。


「黒川きゅんの気持ちもわかるけど。アンちゃんは親友だし。彼氏が出来たら秘密になんか出来ないよ。女の子ってそういうものなの。それに私も、黒川きゅんとあった楽しい事とか可愛い所、誰かに話したいし。で、その誰かはアンちゃんなの。アンちゃんだけ。他の人には言ってないよ。アンちゃんにも、他の人に言っちゃだめって言ってあるし」

「そんなもん信用できるか」


 当の白崎が他人に言ってるんだ。一ノ瀬が同じ事をしない保証なんかどこにもない。それ以前に、白崎が本当の事を言っている保証もない。


「あぁ? あたしが桜との約束破るわけねぇだろうが!」


 一ノ瀬が胸倉を掴もうと手を伸ばす。


「アンちゃんステイ!」

「うっ……桜ぁ!」

「だーめーです」


 白崎が両手をバッテンにする。

 一ノ瀬は口惜しそうに後ろに下がった。


「私は黒川君の事が好き。可愛いし、大事にしたいって思ってるよ。でも、そのお願いは聞けません。そんなの私いやだもん」


 勝手な事を。


「お願いじゃねぇ。命令だ」

「だったら猶更聞けません。私は黒川君の奴隷じゃなくて彼女だから」

「そもそも彼女じゃねぇだろうが!」

「それは一旦置いといて」


 見えない箱を退けるような仕草をする。


「どんだけ勝手なんだよ」

「ていうか! 別にいいじゃん! そんなの全然大したことじゃないし、怒られる事でもないし! むしろ、そんな事で一々怒る方が器の小さい束縛彼氏で恥ずかしいと思います!」


 いきなり白崎が逆ギレして、早口でまくし立てる。


 予想外の反撃に俺はたじろいだ。そもそも俺はボッチの嫌われ者で、他人と話す事は勿論、女だって苦手なのだ。それが超絶美少女となれば猶更だ。


「そーだそーだ! 男なら細かい事でうだうだ言うなし!」


 ここぞとばかりに一ノ瀬が援護射撃を加えて来る。

 だから嫌だったんだ。アウェイな空間で二対一、どう頑張っても俺が不利だ。


「そ、それはお前らが影でこそこそ俺の事を笑うから――」

「世の中の女の子はみ~んな、女友達と彼氏のダメな所とか変な所の話をして笑ってるの。男子が彼女のエッチな話題で盛り上がるのと一緒なの。黒川君はお友達がいないから知らないだけで、どこでも誰でもみんなそんなもんなの。黒川君が特別笑い者になってるわけじゃないの。だからそれはそういうものだと割り切って諦めてください」


 流れるように言われて、俺はパクパクと空を噛む。

 そんな俺に、一ノ瀬はニヤニヤしながら指を向ける。


「はい論破、お前の負け~。口喧嘩なら桜は最強だし。あたしだって一回も勝てた事ないんだから。黒川じゃ勝負になんないっての。てーか、甘い物好きならつべこべ言わずに食えばいいだろ! あたしだってスイフェス来たかったし! ここまで来て文句言うなし!」

「そーだそーだ! もう予約は取ってあるんだぞー!」


 と、今度は白崎が援護射撃を加えて来る。

 どっちか一人でも持て余すのに、二対一はやっぱり卑怯だ。ズルいだろ!


「う、うるせぇ、俺は――」

「うるせぇ! 行こう!」


 白崎がどこぞの海賊王のノリで無理やり背中を押す。

 華奢な白崎だ。その程度では俺の身体は動かないが、デカブツの一ノ瀬が加われば話は別だ。


「おらおら、行くぞ黒川! 甘い物があたしらを待ってるぜ!」

「おいやめろ! わかった、わかったから!」


 不本意ながら仕方なく、不承不承、無理やりに、俺は観念した。

 こんな姿を学校の連中に見られたら、それこそ笑い者だ。


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食べ放題の思い出がある方はコメント欄にどうぞ。

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