第108話 脅す阿島と一蹴する真人

 俺たちがやってきたのは、駅から少し離れた狭い路地裏だ。

 ここは滅多な事では人が通らない場所と言うとこで地元民から知られた場所だ。

 ここなら秘密の話をするのには最適だろう。

「それで、話って?」

 なかなか喋ろうとしない阿島君に代わり、俺が切り出した。

「中筋君って、西蓮寺さんと付き合ってるんだよね?」

 やはり内容は綾奈の事だった。

「うん」

「全国大会の帰りのバスで、西蓮寺さんが君の家に行くって言っててね」

「……それで?」

「その時、西蓮寺さんと何をしたの?」

「何でそんな事を君に教えなければならない?」

「……」

 黙秘する阿島。だがその瞳はじっと俺をとらえている。

 こいつの質問の意図がわからない。なんでそんな事をいちいち気にするんだ?

 綾奈のことが好きだから、好きな人が自分以外の男とあんな事やこんな事をするのが耐えられないのか?

 その気持ちはわからんでもないが、この場に関しては同情する気など全くない。

「……日曜日は俺が熱を出して、綾奈は俺を看病してくれたんだよ」

 とはいえ俺もそこでつまらない嘘を言って無駄にマウントを取ろうなんて悪趣味な事はしたくないので、あの日に綾奈が来てくれた時のことを正直に話した。

「そっか」

 阿島は少し安堵した表情をした。ここでその翌日にあった事を言おうか迷ったけど言わないことにした。

「……阿島君は、綾奈が好きなのか?」

「…………うん」

 やはりというか、予想通りすぎる答えが返ってきた。

 綾奈は中学時代からもの凄くモテていて学校一の美少女と周りから呼ばれていた。

 実際そうだと思ったし、高校に入ってからも綾奈に好意を向ける男は少なくないだろう。

 十月にあった高崎高校の文化祭で行われたイベント、大告白祭で、綾奈に告白した人はけっこういたしな。

 綾奈と付き合いだしてその彼氏である俺にコンタクトをとってきたのは阿島が初めてだったので少し驚いた。

「で?それを俺に教えて、俺にどうしろと?」

「西蓮寺さんとわかれ───」

「断る!」

 直球すぎる阿島の言葉が終わるのを待たずに俺は返事をした。

「そんな事をはいそうですかって受け入れるわけないだろ」

「…………」

 阿島はまたも沈黙した。

 だけど俺を真っ直ぐに見据え、その目は睨んでいた。

「君って、オタクなの?」

 今度は違う方向から切り込んできた。どうあっても俺と綾奈を別れさせたいのか。

「そうだけど」

「やっぱり。西蓮寺さん達が全国大会翌日の自由行動で秋葉原に君のお土産を買いに行くって言ってたから」

「俺がオタクだからってそれが何なんだよ」

 その時阿島はニヤリとした笑みを見せた。

「……いいの?」

「何が?」

「西蓮寺さんがオタクと付き合ってるって周りが知ったら、西蓮寺さんは笑いものになるんじゃないの?」

 あぁ、そういうことか。

「周りからクスクス笑われて、陰口を言われ、揶揄からかわれたりするんじゃないの?」

「…………」

「そんなことになったら君も申し訳ないだろ?だからそうなる前に西蓮寺さんに関わらないようにした方がいいんじゃない?」

 今度はそういう方向から攻めてきたか。

 俺がオタクである事が綾奈を取り巻く連中の耳に入り、それを知った連中が綾奈を揶揄ったり嫌がらせをするのではないかと脅してきている。

 ここで俺がその言葉に屈して、綾奈がそんな目に合うのを申し訳なく思わせて、俺から綾奈へ別れを切り出させる作戦。

 相手のメンタルを削る作戦としてはいいと思うが、この作戦を実行する阿島の程度の底が知れる。

 顔はイケメンでも、中身は真っ向から勝負できない卑怯者だ。

 いや、案外と既に綾奈を誘うという勝負に負けて、別方向から崩しにかかっているのかもしれないな。

 俺はため息をつき、後頭部をガリガリかいた。

「お前、綾奈のことなんにもわかってないな」

「……どういう意味だよ」

「綾奈はそんなこと全く気にしないし、もし本当に揶揄ってきたとしても「だから何?」って一蹴するだろ」

「…………」

「それに、綾奈は俺に言ってくれたんだよ。何があっても俺から離れない。心はいつも俺の傍にいるってね」

「なっ……!」

「俺は綾奈が言ってくれたその言葉に全幅ぜんぷくの信頼を捧げてるし、俺も同じ気持ちだ。もちろんそんな脅しに屈して俺から離れることは絶対にしない。そんなこと言ってくる奴がいるなら俺と綾奈の仲をこれでもかと見せつけて黙らせてやるよ」

 もっとも、そんな事をするのは最終手段だ。綾奈は恥ずかしいって言うだろうし俺も同じだ。

「それに、仮にお前の作戦が成功して俺たちが別れたとしても、綾奈がお前になびくとは思えないし」

「どうして、そう言いきれる?」

「相手のことも考えず、ただ自分の願望だけしか伝えようとしないような奴を、綾奈が好きになるわけないだろ。相手に好きになってもらいたかったら、相手のことを第一に考えなよ」

 俺はスマホを取り出して時刻を見る。

「そろそろいい時間か」

 そう言うと俺は駅へ向かって歩き出した。

「どこへ行くんだよ」

「駅だよ。そろそろ綾奈達が出てくる時間だから待つことにする。それから君に見せるよ……俺と綾奈の仲を。見る勇気があるならついてくるといいよ」

 ちょっと挑発じみた言い方になってしまったけど、こういう手合いには俺と綾奈の仲の良さを見せて、諦めてもらうのが手っ取り早いと思って阿島を駅へと誘うことにした。

「……わかった」

 こうして俺たちは駅へ向かった。

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