第62話 綾奈の父、西蓮寺弘樹

 雛先輩と別れた俺たちは、程なくして休憩スペースと化した俺のクラスに戻ってきた。

 着ている服は元に戻っていて、雛先輩から頂いた執事服と制服は袋に入っている。

 綾奈さんと話をしていると、健太郎と千佳さん、一哉と茜も入ってきて六人が揃った。

 みんな笑顔だったのだが、何故か千佳さんだけ俺を睨んでいる。え?何かあった?

「真人、あんた……」

「え、何?」

「あのこと、健太郎に言ったね?」

「…………あ」

 千佳さんが何のことを言っているのだろうと記憶を探っていたら、文化祭スタート前に俺が健太郎に千佳さんが以前言ってたことを話たのを思い出した。

 健太郎……。だから千佳さんには言わないでって言ったのに。

 そんな視線を送ると、それに気付いた健太郎は笑みを浮かべた。

「善処するって言ったじゃん」

「でも、確約はしてないから」

「ふぐっ」

 それを言われると何も言えなくなる。もっと念押ししとくんだった。

「……でもそのおかげで、ずっと忘れられない思い出も出来たし。ね、千佳さん」

「………………まぁ、ね」

 健太郎が何やら意味深なことを言うと、千佳さんは顔を真っ赤にしてぶっきらぼうに頷いた。

 健太郎を見ると、こいつもなんか赤くなってる。

 二人の間にただならぬ空気が流れる。

「そ、そんな事より、せっかく六人揃ってるんだから、みんなで写真撮ろうよ!」

 耐えきれなくなったのか、千佳さんが慌てた様子で提案してきた。

「いいじゃん!撮ろ撮ろ」

 その提案に真っ先に乗ってきたのは茜だった。俺を含め、四人も頷く。

「でも、そうなると誰かに撮って貰う必要があるよな」

 一哉の言う通り、六人で撮るとなったら、自撮りみたく撮っても全員が映り込めるかは難しい所だ。

 自撮り棒とかあればワンチャン撮れそうだけど、そんな物持ってきてはいないだろう。

「あら?」

 誰かにシャッターを押してもらおうと辺りの人を見渡していると、ちょうど俺達の教室に知っている人が入ってきた。

「お姉ちゃん。それにお母さん」

 休憩所に入ってきたのは、綾奈さんのお姉さんの松木麻里奈さんと、同じくお母さんの西蓮寺明奈さんだった。

 綾奈さんとは直接関係がない風見高校の文化祭に顔を出すのはなんか意外だった。

「こんにちは。ま……つぎ先生」

 ここではプライベートで来ていると思ったけど、茜を初めとして、綾奈さんと麻里奈さんの関係を知らない人達もいるので、どっちで呼ぼうか迷った結果、先生呼びにしてみたのだが……。

「真人君」

「は、はい」

「今は、プライベートよ?」

 少々ジト目で俺を見てきたのでたじろいでしまったが、麻里奈さんはすぐに笑顔になり、ウインクをして言ってきた。美しすぎて眩しい。

「ですよね。すみません麻里奈さん」

「ふふっ。良いのよ。真人君の気遣いが見えたから嬉しいわ」

 麻里奈さんはそう言って今度は微笑んだ。この教室には俺たち以外にも何人かの人がいるのだが、麻里奈さんの微笑みを目にした人はもれなく足を止めて麻里奈を見ている。

「こんにちは真人君。それから、久しぶりね千佳ちゃん」

「はい。こんにちは明奈さん」

「お久しぶりです明奈さん」

 今度は明奈さんが俺たちに挨拶をしてくれたので、俺と千佳さんもそれを返す。

「千佳ちゃんの隣にいるのは彼氏かしら?かなりのイケメンねぇ」

「本当に。やるわね千佳」

 それから二人の興味は健太郎に向き、明奈さんは感嘆の声を上げ、麻里奈さんはそう言いながら、ニヤッとした笑みを浮かべている。

「はじめまして。さい……綾奈さんのお姉さんとお母さん。綾奈さんの友人で千佳さんとお付き合いをしている清水健太郎です」

 自己紹介をして、丁寧に二人にお辞儀をする健太郎に、二人は驚きを隠せないでいる。

「もの凄く礼儀正しい子ね。千佳ちゃんの彼氏だからもっとガンガン来るのかと思ったからびっくりしちゃったわ」

「確かに。千佳、大事にしないとね」

「わ、わかってますよ。まぁ……あたしも好きなんで」

 千佳さんの顔がめっちゃ赤くなっている。

 千佳さんは一度自分の懐に入れた人には本当に優しい。口はそこまでよくないし、厳しい事も言うけど、それが千佳さんなりの優しさだ。

 そして、照れながらも自分の感情をしっかり出す。あの照れた顔は本当に可愛いと思う。一番はもちろん綾奈さんだけどね。

 ただ、千佳さんを知らない人にはそれがいまいち伝わっていないから勿体ないなとも思う。

 まぁ、千佳さんからしたら「仲のいい人達がわかってたらそれで良い」って言いそうだけど。

 その後、一哉と茜も自己紹介をし、会話が弾んで来たところで、綾奈さんが二人に六人で写真を撮る事を伝えて麻里奈さんがそれを了承。綾奈さんが麻里奈さんにスマホを渡し、六人揃っての初めての写真が撮影された。

「後でグルチャ作るからさっきの写真載せといてよ」

「わかった」

 千佳さんと綾奈さんがそんなやり取りをしていると、一人の男性が教室に入ってきた。

「ここにいたのか」

「あ、お父さん」

「お父さんっ!?」

 驚きのあまり綾奈さんの言葉をオウム返ししてしまう。

 綾奈さんにお父さんと呼ばれた男性がこちらに近づくにつれ、緊張で喉が乾き、心臓の鼓動がうるさくなり、手に汗が滲んでいた。

「君が、中筋真人君か」

 綾奈さんのお父さんは傍に来て、綾奈さんの隣にいる俺を見て俺の名を呼んだ。

 全体的に落ち着いた、そしてダンディーな感じの大人のイケメンだ。

 綾奈さんのお父さんは俺を上から下までじっくりと観察している。

 自分の娘と付き合っている男はどれ程の物なのかと、まるで俺を値踏みしているかのような視線だった。

「は、はい!綾奈さんとお付き合いをしている中筋真人です。はじめまして!」

 早口で自己紹介をして、綾奈さんのお父さんに深々と頭を下げる。

 楽しい文化祭の最中にまさかの恋人のお父さんが登場し、友達四人がいる中、綾奈さんのお父さんに挨拶をするとか、何のプレイだよ!?

「綾奈の父の弘樹です。どうか、そんなに緊張しないでほしい」

「は、はぁ……」

 綾奈さんのお父さん、弘樹さんはそう言うが、この状況で緊張するなという方が無理な話だ。

「別に綾奈との交際を反対するつもりはないよ。妻も麻里奈も君のことをすごく気に入っているみたいだから、俺も一目会いたいと思って今日この文化祭にお邪魔させてもらったんだ。君にとっては突然の事でさぞ緊張してるだろう。すまなかった」

「い、いえそんな」

 弘樹さんは今日突然俺の前に姿を見せたことについて謝罪してくれた。

 以前、初めて綾奈さんと放課後一緒に帰った日。綾奈さんは自分のご両親に対して「すごく優しくて尊敬してる」と言っていた。

 本当、綾奈さんはご家族に恵まれているな。

「それでお父さん。実際に真人君に会ってどうだった?」

 綾奈さんが笑顔で弘樹さんにそう問いかけた。

 まるで高評価を信じて疑わないような、そんな笑顔で。

「そうだな……まだ言葉を交わしきれてないが、真面目で綾奈のことを本当に大切に思ってくれているのは理解出来た」

 弘樹さんから悪くない評価を頂き、内心で胸をなで下ろした。

『貴様の様な輩に俺の大切な娘はやらん』なんて言われたらどうしようと思ったけど一安心だ。本当にそう言われたとしても引き下がることはしないけど。

「でしょ? 真人君は最高の彼氏なんだから」

 そう言って綾奈さんは俺の腕に抱きついてきた。

 未だに弘樹さんへの緊張が解けきってないところに、突然綾奈さんの柔らかい感触が伝わってきて俺の心拍数がさらに上がった。

「あはは、綾奈が異性にここまで言うのは見たことがないな。綾奈も本当に真人君が好きみたいだな。……真人君」

「は、はい!」

 弘樹さんは笑ったかと思ったら、一変して真剣な表情を浮かべて俺を真っ直ぐに見てきた。

 俺はそんな弘樹さんを見て、何を言われるのか分からず戦々恐々としていた。

「俺から二つお願いがある。綾奈を泣かせないでほしいのと、高校生らしい節度ある付き合いをしてほしい。それさえ守ってくれたら、俺は二人の交際に特に口を出すつもりはないから。綾奈の事、よろしく頼むよ」

「っ! はい!」

「ありがとうお父さん」

 弘樹さんも俺と綾奈さんが付き合うことを認めてくれたってことで良いんだよな?

 素直に嬉しいんだけど、こうもあっさり認められると拍子抜けというか、調子が狂うというか……。

 綾奈さんは大輪の花が咲いた様な笑顔で弘樹さんにお礼を言ってるし、他のみんなを見ると、千佳さんは微笑ましい笑顔を向けていて、他の三人は「お~」と言ってそうな顔で驚いていた。

「もっと反対されるかと思ったかな?」

「は、はい。正直思いました」

 俺の心が読まれていたことに驚く。

「綾奈は元々明るい性格だったんだけどね、家で君の話をする綾奈は俺たち家族でも見たことがないような笑顔をして、そしてすごく嬉しそうに話すんだよ。俺はそれが嬉しくてね。だから二人の仲を反対するような野暮な真似はしないよ」

 弘樹さんは微笑みながら言った。

 俺がこうして弘樹さんに認められたのは綾奈さんが俺のことを嬉しそうに話してくれていたからなんだな。

「ありがとう綾奈さん」

 俺は綾奈さんの手を握る。

 綾奈さんは俺の手を握り返してくれて、優しく微笑んでくれた。

 弘樹さんの方を向き、俺は改めて心に違う。

 弘樹さんの期待を裏切る様な真似はしないと。そして……、

「これからも綾奈さんの笑顔を絶やさないように守っていきます」

 綾奈さんの笑った顔をこれからもずっと見ていきたいから、俺は弘樹さんに自分の決意を伝えた。

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