第59話 コスプレ体験と雛の意外な特技

 教室から綾奈さんと俺の家族とのやり取りをこっそり見ていた雛先輩は俺たちの方にやってきた。

「中筋君、西蓮寺さん。お久しぶり~」

 雛先輩は相変わらずのおっとりした口調で俺達に話しかけてきた。

 俺も綾奈さんと両親の会話に少し緊張していたので、雛先輩のほんわかした態度に、緊張が急速に弛緩するのを感じた。

 先週会った時は綾奈さんのことで頭がいっぱいだったからわからなかったけど、改めて話すとハンパない癒し系な先輩だよな。

 話し方や性格はさることながら、健太郎のお姉さんだけあってかなりの美人だ。

 スタイルも抜群で、千佳さんに勝るとも劣らない立派な双丘をお持ちだ。

「お久しぶりです雛先輩」

「えっと、確か先週の文化祭で私のクラスに来てくれた、清水君のお姉さんですよね?お久しぶりです。改めてまして西蓮寺綾奈です」

 綾奈さんが改めて雛先輩に自己紹介をした。

 そういえば雛先輩は先週の高崎高校の文化祭で綾奈さんのクラスの出し物、和装喫茶の行列に並んでいたのを見たから、その時に会ったのだろう。

「あらあら~、ご丁寧に~。健ちゃん、清水健太郎の姉の清水雛です~。西蓮寺さん、健ちゃん共々仲良くしてくれると嬉しいわ~」

「はい。もちろんです雛さん」

 雛先輩の言葉に満面の笑みで答える綾奈さん。何だろう、この二人のやり取りを見てるとものすごく癒されるな。

「ところで雛先輩はここで何を?」

 三年生の教室が並ぶこの階で、ただ俺達のやり取りを見ていただけではないだろう。

「ここは私のクラスなの~。廊下で聞いたことのある声がするから見てみると中筋君と西蓮寺さんがいたから、中筋君のご家族とのやり取りを見てたのよ~」

「なるほど、雛先輩のクラスはここだったんですね」

 そう言うと俺は、雛先輩の教室に掲げられた看板を見る。

「ここは……コスプレ体験?」

「そうなの~。私のクラスではメイド服とかチャイナドレス何かの定番の衣装を着て撮影も出来るのよ~」

 コスプレ体験……という事は、綾奈さんのメイド服やチャイナドレスを見ることが出来る夢の空間じゃないか!

 俺はそんな事を考えながら隣にいる綾奈さんへと自然と目線が移動する。

「え? 真人君もしかして、わ、私のコスプレ見たいって思ってる?」

 俺の考えはお見通しだったらしく、綾奈さんは一歩後退りをする。

 それでも俺の手を離そうとしない事から、愛されていると思って胸が温かくなる。

「ダメ?」

 心の内を見透かされた俺は、ストレートに綾奈さんにお願いしてみる。

 すると綾奈さんは、顔を赤くして俯いてしまった。

「コスプレやったことないし、は、恥ずかしいよぉ」

「あまり露出の無いものもあるし~、それにあなた達になら、私が作った衣装を着てくれても大丈夫よ~」

「「え?」」

 今一瞬聞き捨てならないワードが聞こえてきて、俺と綾奈さんの驚きの声がハモった。

「ちょっと待ってください。雛先輩今、「私が作った衣装」って言いました?」

「? 言ったわよ~」

「え? コスプレ衣装作れるんですか!?」

「私元々衣装作りが好きで、健ちゃんの影響でオタクになって、それでアニメやマンガに登場するキャラの

 衣装もたまに作るようになったのよ~」

 雛先輩はさも普通のことのように言っているけど、コスプレ衣装って作るの凄く大変なんじゃないのか?

 あまり詳しくないけど、時間や予算が凄くかかるって認識なんだけど。

「とにかく教室に入って~」

 雛先輩に促されて、俺と綾奈さんは雛先輩の教室に足を踏み入れた。

「「うわぁ~」」

 俺と綾奈さんは揃って声を上げた。

 そこには、何着もの衣装が飾られていた。

 先程雛先輩が上げたものの他には、セーラー服やブレザーの制服、女性警官の衣装やナース服等の、これまたコスプレの定番衣装があ何着もったのだが、ほとんどミニスカなのは何故だろう?

「凄いですね!ところで雛先輩が作った衣装ってどれなんですか?」

「ここに何着かあるけど~、これとか~」

「そ、それは!?」

 雛先輩が持ち上げた衣装を見た俺は驚きの声を上げてしまう。

 驚くのも無理はないと思う。

 何故ならその衣装は、俺や健太郎、そして綾奈さんも愛読しているラノベの主人公とヒロインが通う学校の女子の制服だったから。

 綾奈さんも声には出ていないが、自分が読んでいるラノベの制服なのでかなり驚いているようだ。

「中筋君は当然知ってると思ったけど、西蓮寺さんも知ってるのは意外だったわ~」

 俺と綾奈さんが初めて一緒に帰った日に寄った書店で、俺の読んでいるラノベを綾奈さんも読んでいたのにはかなり驚かされた。今になって思えば、あれは俺との会話のネタを増やすために読んでいたんだろう。

 そう思うと何とも照れくさくなる。

「綾奈さん!」

「ふぇ!?な、何かな?」

「お願いがあるんだけど」

「は、恥ずかしいよぉ」

 俺のお願いを理解した綾奈さんは、さっきよりも顔を赤くしていた。

「綾奈さんがあの制服を着ている姿をどうしても見たいんだ。だからお願い!」

 とは言えあの制服を見て「あの制服姿の綾奈さんを是が非でも見たい」とオタクの部分の俺が胸中で猛烈に轟き叫んでいた。俺は両手を顔の前でパンッと合わせて綾奈さんにお願いをする。

「あぅ……」

 あの制服姿の綾奈さんを見たいのは本当なのだが、綾奈さんが本気で嫌がってきたら諦めるつもりだ。大事なのは綾奈さんの気持ちだから、そこまで無理にお願いするつもりは無い。

「わ、わかった……」

 俺のお願いに根負けした形で綾奈さんは了承してくれた。

「あ、ありがとう!」

「良かったわね~中筋君。じゃあ西蓮寺さん、こちらにどうぞ~」

 そう雛先輩に促された綾奈さんは、おずおずと制服を手にとりフィッティングルームへ入っていった。

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