第30話 高崎高校との合同練習当日
そして翌日の合同練習当日。俺はいつも通りの時間に起きて、余裕を持って朝食と準備を済ませ、駅で一哉と待ち合わせをして学校に向かった。
音楽室に入ったのは九時十五分。集合時刻の十五分前だった。
一哉や他の男子部員と談笑をしていると、九時四十分頃、音楽室の扉がガラッと音を立てて開き、坂井先生が入ってきた。
坂井先生の後ろには、高崎高校の合唱部の顧問と合唱部員がいた。
先生に促されて立ち上がり、高崎の合唱部員が音楽室に入り、真っ直ぐ横並びになり、俺達風見高校の合唱部員と顔を合わせる。
その中に西蓮寺さんを見つけ、西蓮寺さんも俺の方を見て、微かに微笑んでくれた。
久しぶりに見る西蓮寺さんにどきりとしながらも、俺も笑顔を返す。
すると、高崎高校の合唱部顧問の先生が俺達に挨拶をしてきた。
「高崎高校合唱部です。本日はお招きいただきありがとうございます。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる先生。
夏休みにあった合唱コンクールと同様のスーツを着こなした大人の女性で、あの時は遠くから見ていたのでそこまでこの先生の事を見てはいなかったのだが、細身でスタイルが良く、それでいてとんでもなく美人だった。近くで見ると息を飲むほどの美貌で、思わず見惚れてしまった。
腰まで伸ばしている美しい黒髪を、先端付近で束ねている。
声もめちゃくちゃ綺麗で、これは人気がすごいのも納得だわ。
「よろしくお願いします」と、先生に続いて一斉に挨拶をする高崎高校合唱部員。
高崎の合唱部員の面々を見た風見の部員達が、小さな声で感想を言っている。
男子は「先生めっちゃ美人」、「あのボブの子めちゃくちゃ可愛いぞ」、「あのオレンジ髪の人、綺麗でおっぱい凄い」等、先生は勿論、西蓮寺さんと宮原さんが群を抜いて美人なので、自然とこちらの部員の目も三人に集中していた。
ちなみに今日の宮原さんは、制服を校則通りに着ていた。
女子も三人の美しさに見惚れている生徒もいるみたいで、それ以外には、イケメンがいると言った声も聞こえてきた。
確かにイケメンが二人ほどいる。
一人は全体的に優しそうな雰囲気を纏ったブラウンヘアの男子で、もう一人は少しつり目で鼻が高く、活発そうな感じのイケメン。髪色は少し赤みがかっている。
そんな事を思っていると、坂井先生が声を発した。
「実は私とこの松木先生は、大学の同期で友達なの。それで私からお願いをして、今回の合同練習を引き受けてくれました。風見の皆は、今日の高崎の練習を見て、聞いて、しっかり自分達の経験に活かしてね」
「「はい!」」
風見の部員達が返事をする
昨日も思ったけど、こんなチャンスは滅多にないから、しっかりと学ばせて貰うつもりだ。
しばらくして始まった合同練習。
まずは俺達、風見の練習からスタートした。
「ソプラノ、ちょっと音が低い子いるよ」、「バス、低音しっかり」等、坂井先生がいつも以上に声を出していた。
合同練習、それも高崎高校と一緒にだと気合いの入り方が違うようだ。
俺も西蓮寺さんが見ている手前、いつも以上に真剣に取り組んだ。途中西蓮寺さんと目が合って、その度に心臓が跳ねて、音が飛びそうになる事が何度もあった。
一度通しで歌い終わると、高崎の生徒達から拍手が起こる。西蓮寺さんも少しぼーっとしていたけど、すぐに笑顔になり拍手をしてくれた。
「やるわね莉子」
松木先生が坂井先生に笑みを浮かべて声を掛ける。
「ふふん。二年生も実力を上げているし、一年生も臨時部員含めて粒揃いの子達が入ってくれたからね」
坂井先生が鼻を鳴らしながらドヤ顔で返す。松木先生にそう言われて嬉しいようだ。
「確かに、男子も凄くいい声している生徒がいるみたいだし」
そう言って松木先生は、ちらっと俺の方を見た気がした。
気のせいだと思うけど、目が合ったと思い思わず心臓が跳ねる。
その後少しして、今度は高崎の練習をする番となった。
高崎の練習を見た俺達風見の部員は、皆言葉を失っていた。
合唱コンクールの時も思ったけど、個々のレベルが違う。某ゲームで例えるなら、全員が四天王やその上のチャンピオンクラスの実力者ばかりだ。
あのイケメン二人も相当上手い。
女子もめちゃくちゃ上手いんだけど、気のせいか、西蓮寺さんの声が他の生徒より大きい気がする。
俺が彼女の事が好きだから、好きな人の声を、俺の耳が自然と拾っているだけなのかもしれないけど。
「テナーはそのままを維持して」、「アルトは半音上げて」と、松木先生の指示も坂井先生以上に的確だった。
高崎も通しで歌い終わった後、風見サイドから割れんばかりの拍手が起こった。スタンディングオベーションをしている人もちらほらいるくらいだ。
俺も西蓮寺さんの方を見て拍手をした。腕を見ると鳥肌が立っていた。
「ほんっとに……、流石ね、麻里奈」
坂井先生が嘆息しながらも、感嘆の言葉を松木先生、そして高崎の部員に贈る。
「ありがとう莉子」
「この調子なら、全国大会も大丈夫そうね」
「まだ一ヶ月くらいあるから、それまでもっと練習して、全国も勝つつもりよ」
そんな会話をしている先生二人。本当に金賞を狙えるんじゃないかって位凄かった。
その後、何度か交互に歌唱をして昼休憩となった。
「真人、飯行こうぜ」
「おう。西蓮寺さん達を呼ぼうか」
一哉と共に自分達の荷物を取り、西蓮寺さん達の方を見ると、二人は集団に囲まれていた。
西蓮寺さん達の周りにいる人達を確認すると、高崎の生徒、女子だけでなく男子もいて、その中には例のイケメン二人もいて、ブラウンヘアの男子は西蓮寺さんに積極的に声をかけていた。あいつもしかして西蓮寺の事……。
俺の頭の中は嫌な想像に支配されそうになる。
そして風見の男子数人もその集団の中にいた。
恐らく、この機会に西蓮寺さんと宮原さんの美少女二人と何かしら接点を持とうと考えているのだろう。気持ちはわからんでもない。
だが、明らかに困った表情をしている西蓮寺さん。
西蓮寺さんと目が合い、俺達に気づいた宮原さんが嘆息した後に続けて言葉を発する。
「悪いけど、あたしら先約がいるんだよ」
そう言って宮原さんは俺達の方を見ると、二人を取り囲んでいた全員も俺と一哉を見る。
一度にこれ程の視線を感じたことのない俺は、背中に変な汗をかいてしまう。
ここでじっとしてても仕方ないので、意を決して西蓮寺さん達の方へ近づいていく。
すると、俺達の近くにいた生徒が、モーゼの十戒の如く左右に別れ道を開けていく。
「行こうか。西蓮寺さん」
西蓮寺さん達の傍まで来て、俺は移動を促す。
「うん!」
満面の笑みで応えてくれる西蓮寺さん。この笑顔を見るのも久しぶりだから、いつも以上に心臓が大きく跳ねる。
そうして俺達四人は、その場にいるほとんどの部員の視線を浴びながら、音楽室を後にした。
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