第28話 苗字呼びと名前呼び
休憩所に行き、健太郎と宮原さんを探すとすぐに見つかった。歩くランドマーク効果だ。
二人を見ると何やら楽しそうに笑いあっている。いつの間に仲良くなったんだろう。
西蓮寺さんもそう思ったらしく、二人を見て驚いた表情のまま、俺と西蓮寺さんは目が合って、それがおかしくてどちらともなく笑いあって、二人に近づいて行った。
「健太郎、宮原さん」
「あ、真人に西蓮寺さん」
「二人共いつからこっちにいたの?それにちぃちゃんがブラック飲むの珍しい」
「あんたらが勉強しながらイチャイチャしてるのを見てられなかったから、二人で移動したんだよ。これは、あんた達のせいで口が甘くなったから口直しで飲んでるんだよ」
「はぁ!?」
「ふぇ!?」
宮原さんの言葉に、俺だけでなく西蓮寺さんも驚きの声をあげる。
え、いつイチャついてた?全くそんな事なかったと思うけど。
それと西蓮寺さんの「ふぇ」が何度聞いても可愛すぎて、内心で悶絶している俺。
「飲んでる途中で「にが」って言ってたけどね」
「あんたは余計なこと言わなくていいんだよ健太郎」
「えっ!?」
西蓮寺さんは宮原さんの言葉に凄く驚いている。さっきの発言で何か気になる事があったのだろうか?
「ちぃちゃん今、清水君の事、下の名前で」
西蓮寺さんが宮原さんを指さしている。西蓮寺さんが人を指さしている所は初めて見る。
いつもならバスガイドみたいに指を全部使っているのに、余程驚いたのだろうか。
何でそんな事知ってるかって?そりゃ、中学時代から西蓮寺さんをずっと見ているからだ。キモイな俺。
「二人のイチャイチャにあてられた物同士で意気投合したんだよ」
「あはは」
「だからイチャついてないよ!」
西蓮寺さんが顔を赤くしながら否定をする。どんな表情しても可愛いってやっぱり反則だと思う。
そんなやり取りがしばらく続いた後、再び勉強を再開して(今度は四人で一つの机を使って)そこから二時間ほど勉強をして図書館を後にした。
図書館を出て、駅で清水君と、そしていつものT地路で中筋君と別れた後、私は気になっていた事をちぃちゃんに聞いた。
「ちぃちゃん、何で清水君の事名前呼びにしたの?」
「だから言ったじゃん。二人のイチャイ───」
「そ、それはもういいから!」
また恥ずかしくなることを言いそうだったので、私はそれを慌てて遮る。
「ちぃちゃんが男子を名前呼びするのって初めてだから、やっぱり気になっちゃって」
ちぃちゃんとは小学生からの付き合いだから彼女の事はよく知っている。
ちぃちゃんはこれまで男子を名前呼びにした事はただの一度もない。中筋君や山根君は勿論、たまに話していた男子に対しても一貫して苗字呼びが当たり前だった。
なのに、清水君は名前で呼んでいた。今日を除けば、二学期の始業式に数回言葉を交わしただけの間柄って事だけど、それだと図書館の休憩所で清水君と話していた時に、何かしらちぃちゃんが名前呼びをするに至った心境の変化みたいな物があると私は考えていた。
「図書館に着いたばっかりの時はまだ清水君の事、苗字で呼んでたでしょ?だから、休憩所で何かあったのかなって思って」
「……」
ちぃちゃんは答えない。でも顎に手を当てて、何かを考えている様だ。
そして数秒考えた後、ちぃちゃんは口を開いた。
「なんて言うか、過去に似たような事があったから、かな?」
「似たような事?」
「まぁ、これ以上はあいつの事もあるから言えないけどさ」
これ以上は清水君のプライバシーに関わることらしく、それ以上ちぃちゃんはこのことに関して話をすることはなかった。
そして今度は、ちぃちゃんが私にこんな質問をしてきた。
「名前呼びと言えば、あんた達まだお互い苗字で呼び合ってんの?」
「え?そうだけど……」
私の回答に、ちぃちゃんは肩を竦め、何やら呆れている表情を見せる。え?何か悪いこと言ったかな?
「あんた達、一緒に帰り始めてそろそろ一ヶ月経つでしょ?あんなに仲良いのに、何でまだ苗字で呼び合ってんの?」
仲良いのかな?ちぃちゃんに言われた言葉に内心嬉しくなりながらも首を傾げる。
そう言えば、今まで中筋君と一緒に帰るのが楽しくて、名前呼びとかは全く考えてなかった。
その事をちぃちゃんに伝えると、ちぃちゃんは「いい?」と前置きをして、続けてこう言った。
「確かに二人はこの一ヶ月でめっちゃ仲良くなったと思うよ。でも、名前で呼び合うと、お互いの距離が一気に近くなるよ。苗字呼びが悪いとは言わないけど、どこか普通の同級生感が拭えないとあたしは思うんだよね」
そういうものなのかなと、ちぃちゃんの話をあまり理解していない私を見て、ちぃちゃんは少しニヤニヤした笑みを浮かべて続けてこう言った。
「試しに中筋が綾奈を名前で呼ぶのを想像してみなよ」
そう言われて、私は頭の中で中筋君をイメージする。かっこいい。そして……、
『綾奈』
「っ!」
中筋君が私の名前を呼び捨てで呼ぶ事を想像した瞬間、「ぼっ」と言う効果音が出てきそうな程、私の顔は真っ赤に染まり、私は自分の頬を両手で押さえていた。
「あはは、ま、そう言う事」
ちぃちゃんはウインクしながら言った。
意識した事がなかったとはいえ、名前呼びがここまでドキドキさせる事だとは思っても見なかった。まだ顔が熱いよ。
「別に急かすつもりはないから、二人のペースでいいと思うけどね」
「う、うん」
想像しただけでこの有様なので、私には名前呼びはまだハードルが高いので、まだまだ時間をかけてからにしようと、この時の私はそう思って、自宅に帰って行った。
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