第27話 清水健太郎と宮原千佳
「はぁ……あっま」
宮原千佳と清水健太郎は、一時間程勉強した後、図書館の休憩所に移動していた。
千佳は自動販売機でブラックの缶コーヒーを購入していた。
「宮原さん、ブラック飲めるの?」
「普段は飲まないね。でも、あの二人のやり取りを見たら急に飲みたくなった」
「あはは、確かに甘々だったね」
健太郎が苦笑する。
二人は真人がわからない問題を綾奈が教えていた一連のやり取りをじっと見ていた。
健太郎と千佳の視線が二人の横目に見えてもおかしくはなかったのだが、それに気づく様子は一切なく、距離が近いまま、お互い笑い合っていた。
そんな光景を見せられ、たまらず二人はここへ移動し、千佳は口直しを兼ねてブラックコーヒーを飲んだ。
「それにしても……」
健太郎は何か疑問があるのか、続けて口を開いた。
「あの二人って、付き合ってないんだよね?」
「あぁ、そのはずだよ」
「どう見てもお互い好き合ってるのに」
「綾奈はわかりやすいし、中筋の方は綾奈の事をどう思ってるかわからなかったけど、あのやり取りを見たら、ね」
二人は苦笑しながら言った。
「あたしは、あの二人が初めて一緒に帰る所を途中まで見てたんだけど、あの時はまさかこんな短期間でここまでになってるとは予想してなかったよ」
「完全に二人の世界だったね」
「あれだけ態度に出てて、中筋も気づかないもんかね?」
「真人は恋愛経験ないから、女性のそう言う気持ちには気づきにくいんじゃないかな?西蓮寺さんにも言える事だけど、そう言った態度を向けられても勘違いかもしれないと自然と思考がストップしちゃうのかもね」
「何か、やけに詳しいけど、あんた恋愛経験あるの?」
「ラノベ読んで、真人もそうなのかなって」
「そういや、あんたもオタクだったね」
ブラックコーヒーを一口飲んで、千佳は健太郎に真剣な、それでいてどこか不安げな表示で健太郎に質問をした。
「ねぇ、学校での中筋ってどんな感じ?」
「授業も真面目に受けてるし、特に問題行動を起こしたりはしないね。休み時間は大体僕や一哉と一緒に居たり、自分の席でラノベ読んだりしてるよ」
「あんたが加わったってだけで中学から変わってないじゃん!」
真人の学校生活の変化の無さに、思わずツッコミを入れてしまう千佳。
「ん、んん」と咳払いをした後、千佳は更にこう質問をした。
「じゃあさ、あいつ学校で女の影とかあったりしないの?」
「……あー」
途端に健太郎の歯切れが悪くなり、千佳から目線を逸らす。髪で隠れてわからないが、首が少し動いたから千佳もそれには気づいた。
「何?あいつ女いるの!?」
「い、いや、恋人はもちろんいないよ。でも、真人が気づいてないだけで、真人の事をチラチラ見てる女子はいる」
「え、マジ!?」
「うん。真人ってやっぱりかっこいい方だし、真面目で優しいから」
「綾奈と同じ事言ってる」
「西蓮寺さんもそこに惹かれたんだね。でも、真人も西蓮寺さんしか見てないから、その女子の視線には気づいてないよ」
「恋は盲目ってやつじゃん」
意味が違うと思いながらも、健太郎はそれを言葉にはせず、代わりに質問を投げかけた。
「宮原さんは誰かと付き合ったりしないの?」
「え?」
驚いた表情で健太郎を見る千佳。
「西蓮寺さんがモテるのは実際に彼女を見て納得したけど、宮原さんも凄くモテそうだと思って」
「あー…、うん。確かに、綾奈程じゃないけど告白されたことはあるよ」
「その人達の誰かと付き合おうとか思わなかったの?」
「ないない。あたしに告白してきたヤツら、あたしの目じゃなくて胸や脚に目がいってるヤツらばかりでさ、まぁ、本気であたしに告白してきたヤツも少なからずいたけど付き合う気分じゃなかった」
再度コーヒーを飲み、一息ついてから千佳は続けた。
「それにあたしは、綾奈の幸せを見届けてからじゃないと、誰かと付き合おうとか思わないから」
「それは、聞いてもいいこと?」
健太郎の問いに、千佳は少しだけ逡巡してから、訥々と語り始めた。
「小学校の時からさ、あたしはこんな性格だから、友達が出来なかったんだよ。男勝りで腕っぶしも男子より強くて、女子もあたしを怖かって誰も話しかけてこなくて、クラスで一人浮いていた」
千佳はコーヒーをグイッと飲む。
「にがっ……。そんな時、綾奈があたしに話しかけてきてね、あたしは特に相手にもせず、時には邪険に扱ったりもしてた。我ながらどうかしてたよ。でも、綾奈はそれでもあたしに絡んできてね、いつしかあたしも笑うようになって、気が付けばいつも一緒にいるようになってた。そんで綾奈以外の友達も出来た。あの時綾奈があたしに話しかけてこなければ、あたしは今でも孤立したままだったと思う。だから、綾奈には感謝してるし、絶対に幸せになってほしいんだよ」
「……」
千佳の話を健太郎は黙って聞いていた。
「これ話すの、あんたが初めてだからね。誰にも言わないでよ?」
「うん。もちろんだよ」
「だから、あの二人が無事に付き合えたら、あたしも自分の恋を探そうと思ってる」
「きっと見つかるよ」
千佳の言葉に健太郎は間髪入れずにそう答える。
「宮原さんは親友のためにこんなに親身になれる、優しくて素敵な女性だから。だからきっと見つかるよ」
「……!」
健太郎の発言に思わず目を逸らす千佳。その頬は少し紅潮しているように見える。
「な、何いきなり小っ恥ずかしいこと言ってんの!?と言うか、そう言う事はちゃんと目を見せてから言えし!」
目を見て言えみたいな事かなと健太郎が思っていると、千佳が手で健太郎の長い前髪を上にあげた。
「ちょっ」
「!」
そこには、整った顔立ちのイケメンがいた。ぱっちり二重でまつ毛も男にしては長い。
「あ、あんたそんな顔してたんだ」
「う、うん」
いい意味か、悪い意味か、どっち寄りの感想なのかはかりかねている健太郎をよそに、千佳は健太郎の前髪をあげたまま、じっと健太郎の目を見ている。
「あ、あの、そろそろ下ろしてくれると……」
「あ、あぁ、ごめん……」
千佳が慌てた様子で健太郎の髪から手を離すと、健太郎の目は再び髪のヴェールで隠された。
「あんた、そんなに顔が整ってて、何で髪で隠してんの?」
千佳が健太郎に質問を投げかける。どうやらさっきの言葉は良い方だったようだ。
千佳の質問に、健太郎は少し逡巡した後。
「……自慢みたいに聞こえちゃうし、あまり面白い話でもないから、真人や一哉にも話したことは無いんだけど……」
そう前置きをし、今度は健太郎が訥々と、過去の自分の事を話し始めた。
「中学の頃、この容姿のせいで僕は色んな女子から告白をされていたんだ」
「綾奈みたいな感じか」
「それで二年の時、同じクラスのスクールカーストトップの男子が、好きだった一つ上の、とても可愛い先輩に告白をした時にこう言われたらしい」
一息入れてから健太郎は告げた。
「「私は君と同じクラスの清水君が好きだから付き合えない」って」
健太郎は当時の事を思い出し、話しながら、両手を机の上でがっちり掴み無意識に力が入り、少しずつ苦痛に満ちた表情に変わっていく。
「そこから、その男子が僕に対する嫌がらせを始めてね、日を追う事にどんどんエスカレートしていって、その男子と仲の良かった数人も加わって僕に嫌がらせをする様になった。そんな折、その男子を振った先輩が僕に告白してきたけど、もし付き合ったら嫌がらせは過激の一途をたどり、先輩も被害を受けるかもと思うと怖くて、お断りをしたんだ。その先輩が卒業して、僕が三年になっても嫌がらせは止まらなくて、やがて僕は、不登校になった」
「……」
千佳は相槌も打たず、黙って健太郎の話を聞き、健太郎は話しながら顔を少しずつ下に向けていった。
「結局そこから卒業式までほとんど学校には行かなくて、今みたいに髪で目を隠す様になって、卒業式の後にその男子に言われたよ。「何でまだ生きてんだよ」って」
「っ!」
「高校ではこのスタイルのまま、目立たずに過ごそうと思って一人でラノベを読んでいたら、真人が話しかけてきてね、最初はまた嫌がらせを受けるのかもと思ってほとんど相手にしなかったんだけど、何度も話しかけてくるうちに、次第に警戒は薄れ、一緒にラノベやアニメの話で盛り上がったり、一哉も紹介してくれた。だから真人には本当に感謝してるんだ」
そう言って健太郎は千佳の方を向く。すると千佳は、真剣な表情で健太郎を見つめていた。
「あんたも、あたしが綾奈に救われたみたいに、中筋に救われたんだね」
「うん」
千佳は優しい笑みを健太郎に向け、健太郎も微笑んで返す。目は髪で隠されてわからないが、きっと優しい表情をしていると千佳は思った。
「だから僕は、真人と西蓮寺さんの二人には、うまくいってほしいと本気で願ってる」
「それはあたしも同じだよ。ねぇ、良かったらあたしと連絡先交換してよ」
「え? いいの!?」
「じゃなかったら言わないっしょ」
「確かに」
二人して声を出して笑った後、連絡先を交換した。
「じゃあ、たまに連絡するからね。しみ……健太郎」
「っ!……うん。千佳さん」
そう言って再び笑ってから、二人はその後も談笑を続けた。
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