第14話 約束の指きり
書店を後にした俺たちは、他愛のない会話や、今日お互いが購入したライトノベルの話題をしながら一緒に歩いていた。
そうしていると、いつの間にか昨日俺たちが別れたT地路が見えてきた。名残惜しいけど俺は西蓮寺さんに別れの挨拶をする。
「じゃあ西蓮寺さん、俺はこっち……」
「あ、あの!」
すると西蓮寺さんは、今日一番の声量で俺の声を遮ってきた。
振り返ると、西蓮寺さんは俯いていて、制服のスカートの裾を両手でぎゅっと握っていた。何やら言い難いことを伝えようとしているのか、俺はそれが悪い事じゃないと願いながら、西蓮寺さんが次の言葉を紡ぐまで待っていた。
すると数秒の後、西蓮寺さんは意を決したように視線を俺の顔に向けた。
目を見開いて、覚悟が決まったであろう西蓮寺さんは俺に告げた。
「よ、良かったら、私の家までお、送って行ってほしい……です」
思いもよらない西蓮寺さんのお願いに、俺の思考はストップした。
「その、ちぃちゃんも私の家まで送ってくれるから、中筋君も、ご迷惑じゃなければ……」
「い、いや、宮原さんは西蓮寺さんの親友だし、それ以前に同じ女の子だからいいと思うけど、俺は男だよ?良いの?」
これだけ可愛くてものすごくモテる西蓮寺さんだから、きっと家を知りたい男達は数多くいることだろう。
いくら俺が西蓮寺さんに無害そうな人認定されていたとしても、その先のことを、俺が西蓮寺さんの家までストーキングする等のリスクは考えなかったのか?無論、ストーキングする気なんて欠けらも無いのだが。
「中筋君なら安心だし、それに……」
西蓮寺さんは途中で言葉を止めた。表情からこの先を言うか迷っているのだろうか?
言い難いことなら無理に話さなくても良いのだけど、俺は黙って西蓮寺さんの言葉を待つ。
「も、もう少し、中筋君と一緒にいたいから」
「え?」
聞き間違いだろうか?西蓮寺さんから発せられた言葉は確かに俺の耳に届いたのだが、頭では理解出来ていなかった。
「それって、どう言う……」
「! ほ、ほら、ライトノベル!中筋君のおすすめのライトノベルを教えて欲しいなて思ったから!」
「あ、あぁ、そっか。じゃあ、西蓮寺さんの家まででおすすめのラノベをいくつか紹介するよ」
危うく勘違いしそうになったが、何とか平静を保って西蓮寺さんのお願いを了承した。
「うん。じゃあ、私の家までお願いします」
だが、俺の鼓動はしばらくうるさいままだった。
西蓮寺さんの家に向かい始めて何分くらい経ったんだろう?
「ここが私の家です」
二つ目のおすすめラノベを紹介している途中で西蓮寺さんの家に到着した。
この近辺の住宅の中で一番大きい二階建ての家だ。庭もなかなか広い。
「大きい家だね」
俺の家と比べて明らかに大きい。ちなみに俺の家は何処にでもありそうな、ありきたりな大きさの家だ。
西蓮寺さんの家の壁は白を基調としていて、庭は壁で見えないけれど、小さい子供が遊ぶには充分な広さはあった。
「それに、素敵な家だと思う」
俺はこの家を見た感想を呟く。ありきたりな感想しか言えないが、そう思ったのは事実だ。
「ありがとう」
「ご両親もいい人達なんだろうね」
「うん。二人ともとても優しくて尊敬してる」
ご両親の話をする西蓮寺さんの表情はとても穏やかな笑みを浮かべていて、その表情に俺は見惚れてしまう。
「中筋君、今日はここまで送ってくれてありがとう。すごく楽しかったよ」
少しして、西蓮寺さんは今日一緒に下校した事へのお礼を口にした。
「いえいえ。楽しかったのは俺も同じだよ」
それに対して俺も思ったことを口にする。好きな人と一緒に帰れることになって楽しくないわけがない。
「えへへ」
俺の言葉が嬉しかったのか、西蓮寺さんははにかんでみせてくれた。
その可愛すぎる表情を見て、俺の心臓は大きく跳ねた。今日だけで何回跳ねてるんだろう?
「その、中筋君が嫌じゃなければ、来週以降もこうして家まで送ってくれると嬉しいな……」
西蓮寺さんは申し訳なさそうに、だけどどこか期待しているような上目遣いで今後も家まで送って欲しいとお願いをしてきた。
それに対する俺の答えは最初から決まっていた。
「もちろん。これくらいお易い御用だよ」
俺は笑顔でそう答えた。
「良かったぁ」
俺の答えを聞いた西蓮寺さんは心底安堵した表情で、胸を撫で下ろしていた。
それから西蓮寺さんは少しもじもじしながら。
「じ、じゃあ……」
と言って、右腕を俺の方におずおずと伸ばしてきた。その手を見ると、小指だけ出ていた。
「や、約束!」
「っ!」
指切りだ。西蓮寺さんは俺と指切りをしようとしている。
そんな事しなくても破りはしないのにと思うのと同時に、俺は指切り体勢の西蓮寺さんを見てある事に気がついた。
指切りをすると言うことはつまり、西蓮寺さんに触れなければならないと言う事。
え?良いのか?俺なんかが西蓮寺さんに触れても。
好きな人に触れたいと思ったことは何回もあるが、急に触れてしまうとびっくりさせたり、嫌悪感を持たれたりするかもと思い、今日もその事を頭で考えながら一緒に下校していた。
なのに、今この別れ際で西蓮寺さんが指切りを要求してきている。
西蓮寺さんは、俺に触れるのは嫌じゃないって事なのか?
「……ダメ、かな?」
西蓮寺さんの悲しげな声で思考の海から現実に引き戻される。
西蓮寺さんの表情を見ると、眉は八の字になり、瞳は潤んでいて、下唇も噛んでいる。
俺は何を躊躇しているんだ。
もし俺がこのまま何のリアクションもせず、ただ突っ立っているだけだったら、西蓮寺さんは俺が指切りを拒否したととらえかねない。
そうなれば、彼女を悲しませてしまうし、彼女が寄せてくれている信頼に背く結果になってしまう。
はじめから迷うことなどなかったのだ。
「だ、ダメじゃないよ!」
俺は慌ててそう返事をすると、制服のズボンで右の手のひらを擦ってから、右手を差し出した。
「……!」
それを見た西蓮寺さんに笑顔が戻る。
そうして数センチあったお互いの小指の隙間は、引かれあってその隙間を縮めていく。
やがてゼロセンチになり小指同士が触れ合った。
「っ……」
初めて西蓮寺さんの肌に触れて思わず息を飲む。頬が熱い。
触れ合った小指を曲げて絡めていく。
緊張で心臓の鼓動がうるさい。
数秒の後、絡めあった小指は解けて離れていった。
緊張は弛緩していったが、もっと西蓮寺さんに触れていたい……そんな考えが俺の脳を支配していくのがわかって慌ててその考えをやめる。
「ありがとう中筋君。来週からも、よろしくお願いします」
西蓮寺さんは満面の笑みを見せて言ってきた。
俺がもし指切りをしていなければ、この笑顔を見ることが出来なかったんだよな。
何度見ても見慣れない西蓮寺さんの笑顔を見て胸を撫で下ろした。相変わらず鼓動は早いままだ。
「こちらこそ、よろしくね」
西蓮寺さんにつられて俺も笑みを返す。
「っ! う、うん。じゃあ、またね」
「うん。また」
別れの挨拶を交わし、西蓮寺さんは自宅の玄関前で振り返り、笑顔で俺に手を振ってくれた後、自宅に入っていった。
俺も手を振り西蓮寺さんが自宅に入るのを見届けた後、改めて指切りをした小指を見る。
今も感覚が残っている小指を、俺は左手で優しく握った後、自宅に向けて歩き出した。
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