第86話 魔物の大群の裏側で


 『スマート・ウルフ』の一万もの大群を見つめる怪しい人影が3つ。


 場所はサルキアの街をぐるっと取り囲む高い壁の上。ここは監視するのにもってこいの場所だ。目の前に広がるのはドンキル大渓谷。そして、その左奥の崖の上にはスマート・ウルフを撃退しようと集まりつつある冒険者の軍勢、さらに右から迫りつつある魔物の大群もよく見える。


 「ふふふ。見よ、あの大群を! これだけの数だ。サティアごとき、ひとたまりもないだろう」


 「間違いないわね。元々、それほど冒険者がいない街……。そこへ前触れもなく一万でしょう。私たちだって怖いわよ」


 「そりゃそうだな。しかし、さすがはグルートゥス様だ。あれほどの『仕掛け』をなされるとは」


 「それがな、聞いたところでは、たったお一人でなされたらしい」


 「どんな仕掛けか気になるな」


 「そうね。機密じゃないなら、知っておきたいわ」


 「聞いて驚くなよ。それが、適当なスマート・ウルフをまず100頭だけ集めてだな。そいつらに例の特殊なエサをお与えになったという話だ」


 「ほほう。それで?」


 「で、スマート・ウルフは仲間を呼び寄せる習性があるだろう。それを利用なさった訳だ。つまりだ。その100頭がもう100頭を呼び寄せ、さらにその200頭が200頭を引き寄せる。そういうことだ」


 「で、そいつらにも例のエサを与えたと。そういうことだな?」


 「そういうことだ」


 「それは大変興味深いわね。それで一万もの大群を……」


 「おっと、そんな話をしている場合じゃない。いよいよ俺たちの出番だぞ。スマート・ウルフの群れが近づいてきている」


 「本当ね! それにしても、数の暴力と言うべき戦力差。ちょっとやり過ぎじゃないかしら」


 「いやいや、そんなことはないさ。それに最近は【妨害】がいくつかあったのも知っているだろう?」


 「それはカディナのブラッド・ベアーの件だな」


 「それだけじゃないぞ。サンローゼのシルバーメタル・アリゲーターもそうだ」


 「確かに……。それもあった」


 「ちょっとあなた達、もう話はその辺にして! いよいよ戦闘が始まりそうよ」


 「会敵まで30秒といったところだな」


 「まぁ、高みの見物を決め込もうぜ。なにせ、ここは渓谷を挟んでいるし、とにかく安全だ。何が起ころうとも身の心配は必要ない。それにだ。あの群れを壊滅できる魔法などありゃしないんだからな」


 「会敵まであと10秒!」


 いよいよ、スマート・ウルフ1万の群れがサティアの冒険者500人に襲い掛かろうとしたその瞬間、3人は自身の目を疑うこととなる。


 「んなっ!?」


 「な、なんだ!? 一体、何が起こっている?」


 「地割れ……? いや、土砂崩れだ! 草原が崩落している……」


 「あ、あり得ない。こんなこと。あってたまるか!」


 「グ、グルートゥス様が苦労して作られたスマート・ウルフの大群が……、谷底へと落ちていく」


 「い、一万の大群が一瞬で、ぜ、全滅……、だと……!?」


 「あっていいことじゃない」


 「……」


 もはや言葉が出なくあった三人組は、数分後、ようやく我に返った。


 「至急、報告が必要だ。作戦は失敗したとの1報だ。あー、嫌だ。そんな報告はしたくない」


 「なぁ。今の、どう思う?」


 「妨害工作かどうかだろ?」


 「そうね。やはりタイミングが良すぎるわね。偶然にしては、あまりにも出来過ぎだわ」


 「だろう。やっぱりそう思うか。群れが全滅というのはあまりにも不自然だ」


 「だがな。そうは言っても、崖の上は不安定な土地だ。考えてみれば木も生えていないし貧弱な地盤だろ。あのスマート・ウルフの重量を支え切れなかった可能性も無くはない」


 「これは調査隊を谷底へ送り込む必要があるな」


 「でも、魔法を使ったようには見えなかったわ」


 「結局それなんだよな。手品だとしてもトリックが読めない。だが、普通に考えれば魔法しか考えられないのだから、調査隊がその痕跡を見つければいいだろう」


 「あっ!?」


 「どうしたのだ、同士?」


 「いや、あの、確かバランディー様が、あの群れに紛れ込んでいたはず…… では?」


 「……」


 「そうだったわね。潜入調査……。これは大変なことになったわ」


 「ちょっと待った! 俺はそんな話は聞いてないぞ」


 「お前、知らないのか。ここから奴らを見下ろしただけでは不明なことも多いだろう。だから、あのバランディー様が自ら乗り込んで、直接、ご報告をしてくださる予定だったのだ」


 「えっと、そのバランディー様は……?」


 「言いたくはないが、これはダメかもしれない」


 「そんな!? だって飛翔すれば何とか?」


 「我々がずっと見ていて、そんな見落としがある訳ないだろう? 」


 「確かにそうだわ……」


 「それに今回は特殊な潜入だったと聞いている。何しろスマート・ウルフの毛皮を被って、群れに溶け込んだんだ。飛ぼうにもその皮が邪魔で翼を展開できない。それに毛皮の被り物を頭に深々と着けておられるから視界不良もあるだろう。厳しい条件だ」


 「そ、そんな……」


 「最高のショーを楽しむはずだったのに、まさかこんなことになるとはな」


 サイの予想通り、この魔物の大発生を起こした張本人たちが、見張っていた。こっそりと影に隠れて一部始終を注意深く観察していた彼らだが、やはりこの【大崩落】は想定外だった模様。さて、この結果は次にどのような影響をもたらすのだろうか。


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