第30話 素材の買取りをお願いします!


 夜9時半を少し回った位だったが、まだギルドは空いていた。受付のエリナ嬢もまだ仕事中で、我々の姿を見るなり思わず駆け寄ってくる。


「サイさん! その恰好、一体どうしたんですか!? 大丈夫ですか? 確かキノコ採取に行っていたのではなかったのですか?」


 質問の雨嵐。まぁ、そうなるだろう。いくらポーションで肉体が回復しても、服装の物理的ダメージまでは回復しないのだから。我々の見た目はボロボロなのだ。


「なんとか大丈夫だ。道中でちょっと大きな魔物に襲われてな。既にポーションで回復しているからその点は問題ない…… が、詳しい説明が必要だな」


 ギルド関係者が数人集まったところで、我々は魔物の一件を共有した。

 明日にでも調査団が編成されるようだ。


 例の犠牲となったカップルも回収されるとのこと。

 安心した。


 調査なら我々も同行した方が良さそうに思えたが、意外にも参加しなくていいとの返答。詳しく聞くと、凄惨な現場に再び足を運ぶことでPTSDやトラウマ症状が出るのを防止するためなんだと。


 なかなかどうして冒険者に対してよく配慮がされている。


 ちなみにノエルとユエは違う支部でギルド登録をしており、身分証は有効だが、ギルドの職員とは面識がなかった。


 素材買取り兼魔物鑑定担当のルノアールさんはまだ残業中だったが、騒ぎを聞きつけて上の階から降りてきた。すぐさま苦労して持ち帰ってきた大きな袋の山をみせる。


「ほほう! 確かに凄まじい量だな。しかもこれはシルバーメタル・アリゲーターの鱗に間違いない。気のせいか鱗が大きいような。大型の個体だったのかな? まぁ、いずれにしても既に焼いて処理済みとは、買い取る側としては好都合だ」


 袋から鱗を1枚取り出し、吟味するように見つめながら、すこぶる上機嫌な口調で話を続ける。


「それにしたって、シルバーメタル・アリゲーターはB級冒険者が数人がかりで倒すような魔物だ。君たちはそれぞれC、D、 Fランクと聞いていたんだが、よくもまぁ倒せたもんだ。運が良かったな。しかしだな、戦闘火焔で倒すとはあまり聞いたことがないなぁ。だけど、この鱗の状態を見ると本当に火焔魔法を使って倒したのだと分かる。凄いことをやってのけたんだぞ、君たち」


「あの、火焔魔法では倒さないんですか?」

 ド素人丸出しの質問をぶつける。


「えっ、もしかして君らはメタルアリゲーターの倒し方を知らない…… の? えっ、まさか、本当に!?」


 どうやら倒し方が普通では無かったらしい。


「えっとね、メタルアリゲーター系の魔物は電撃魔法に弱いんだよ。だからパーティー内に中級以上レベルの魔法持ちがいれば、比較的楽に討伐できるんだ。本当は上級以上がいると頼もしいんだけれど、中級クラスでも動きが多少鈍くなるなるから、その瞬間を狙うんだ。あとは、電撃魔法以外ではやっぱり爆発物を使うのが主流だろうね」


 すっかり呆れ果てている様子だが、興奮して早口でまくし立てている。


「爆発物?」

 ユエが口を開く。


「そう、火薬の爆弾だ。実はメタルアリゲーター、硬い鱗に覆われているのは背中側だけなんだ。つまり皮が薄い下腹部側を狙って地面に爆弾を仕掛けておいて、うまくタイミング良く炸裂させるのが普通の討伐方法かな。もちろん戦闘火焔魔法で爆発系の“爆炎”が使えればそれが一番だが。まぁ、そんな上級レベルの魔法力を持つ奴は滅多にいない。この支部にも数人いるかどうかだな」


 驚きのあまり、俺は一瞬、声が出なかった。

 電撃魔法か、なるほど。


 いや、それよりも爆発物、しかもお腹の面だと! 


 それじゃ、わざわざ分厚い鱗の装甲を背中側から攻撃する必要はまったく無かったことになる。


 はぁー。そうだったのか。

 とはいえ、知らなかったことは知らなかったのだ。

 こればかりはどうしようもない。

 何とか正攻法で勝てたのは本当に運が良かった。


「ところで、見ての通り、素材を買い取ってもらいたいんだが」

 気を取り直して、そう話を切り出す。


 なにせ量が量なのでいつもの買取りのように屋内に出せるようなものではない。ルノアールはもちろん、エリナ嬢も一緒に裏手の訓練場まで移動する。


 実はこの訓練場、以前に登録試験をしたグラウンドの他にもいくつかの区画に分かれている。今いるのは、その内の素材買取り専門エリアの一角だ。


 下は一面がコンクリート敷きのようになっている。これは日常土石魔法で生成されたもので、土の上に直置きにするよりも素材が汚れなくて済む。一応、簡素な屋根が付いており、雨ざらしになる訳ではない。


 ノエル、ユエ、そして俺の袋の中身がぶちまけられる。


「う~ん、やっぱり凄いですね。サイさん、皆さん、おめでとうございます!」

 エリナが温かく祝福してくれる。


 しかし、俺たちの成果はこんなものではない。


「あっ、実はまだあるんですよ。ねぇ、ノエル」


「きっと驚くわよ」

 そうノエルが言うと、収納魔法から大量のメタルアリゲーターの鱗を取り出し始めた。


「……」

 二人とも目が点になっている。


「えっ、これって、まさか空間魔法ですか?」

「いやー、こんなところでレア魔法にお目にかかれるとは! 眼福、眼福。なにしろ空間魔法は【最強の魔法】だからな」


 そんな事を言っている間にもうず高く積まれ続ける、鱗、そして鱗。


 それもそのはず、我々が苦労して持ち帰ってきた大きな袋の山でも全体の2割ほどの量でしか無いのだから。


「えっ、まだ出てくるの! すごい量が入るんだな」


「凄い! こんなに。凄い!!」

 なんかもう言葉になっていない。


 数分後。


 ようやくノエルの空間魔法に収納されていた全部の素材が吐き出された。


 う~む。

 自分たちが確かに回収したはずなのだが、こんなに量があったっけ!?

 何はともあれ、これでひとまず査定をしてもらおう。


 先ほどまで驚嘆していたルノアールは、山の中から乱雑に鱗を手に取ると、う~むと首を傾げ始めた。


「やっぱり大きいな。鱗の1枚1枚が。しかも分厚い。たまたま大きい個体だったのか、あるいは……」


 その言葉の続きを聞く前にノエルが口を挟む。


「確かにものすごい大きさだったわ。大体そこの柱からあっちの壁までくらいだったかしら。それよりも討伐するまで暴れに暴れて私たちじゃ手に負えないくらいの力だったから大変で大変で。サイが居なかったら、どうなっていたのか分からないくらい。多分、私たち姉妹は両方とも死んでいたでしょうね」


「えっ、なんだって! メタルアリゲーターが暴れた、だって!?」

 ルノアール氏、やっぱり何か引っかかっている様子。


「いや、我々の知る限り、シルバーメタル・アリゲーターは自ら人に襲い掛かるような魔物じゃないんだ。基本的には大人しい部類だろう。もちろんこちらから大怪我を負わせてしまえば応戦してくるが…… まさか、な」


 さっきから歯切れが悪いのが引っかかるが、とにかく普通の魔物ではなかったようだ。


「それで査定の方はどうですかね?」


「あぁ。そうだった。これだけの量で、しかも焼いて処理済みだから、喜んで全部買い取らせてもらうよ。ただ、量が多すぎるから、正確な計量は明日になる。それでも良かったら契約成立ということで宜しく頼む」


 もちろん了解して、査定はひと段落した。


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