第21話 薬草採取はまさかの大失敗!?


 再びギルド会館の掲示板の前に立った俺は、薬草採取の常設依頼の紙をじっと見つめていた。ついこの前習得したばかりの鑑定スキルを試すのにはもってこいの案件だ。


 しかし、この依頼は実際のところ、なかなかの曲者。


 何しろ、Fランク(ノービス)冒険者が採取を認められているエリアが予想よりもかなり狭いことが判明した。


 別にそれは構わないのだが、そのエリア内で今の季節に採取可能な薬草はわずかに5種類のみ。しかも、どれも買取り単価が非常に安い。時間給ではなく、成果給だからなおさらだ。さらに追い打ちをかけるように、その内3種はあまり生えていないと聞く。


 実際にやってみないと分からないが、丸一日働いたとしても小遣い稼ぎにしかならないかもしれない。運が良ければ一面の薬草平原で摘み放題らしいが、そんな虫のいい出来事がいきなり起こるだろうか。


 とりあえず物は試しと薬草採取の依頼を受注した。


 まずは安全そうな近場で薬草を探してみる。身体強化スキルで移動は一瞬だ。馬を借りるまでもない。そして何しろこっちには鑑定スキルがあるのだから無敵だ。


 ……と思っていたが、そもそも該当する薬草がまったく生えていない。

 これは一体どうしたものか?


 すると冒険者と思しき男女カップルが近づいてきた。


「薬草探してんの? ざ~んねん。この辺りの薬草は全部取ってしまった後。ほぉら、見てごらん。この大量の薬草。どうよ、すごいだろう。早い者勝ちだから惜しかったねー!」

 そう言って、籠に山盛りになった薬草を見せつけてくる。


「え、まだゼロ本! こりゃ少ないな。全然だ」


「えっと、これから頑張るんで」


「ま、せいぜい頑張りなよ。そうだ、これ一本あげるよ」

 無造作に薬草を1本だけ摘んで恩着せがましく渡そうとしてくる。


「せっかくですけど、結構です」


 う~む。


 この世界にもこんなやからがいたのか。

 期せずして、かごいっぱいの薬草を見せつけられてしまった。

 普通に言葉を返したが、内心、穏やかではない。


「あー、君たちは見たところ短剣しか持っていないようだけど、魔物とか大丈夫なの?」

 命に関わることだから、ついつい気になって聞いてしまう。俺からのささやかな優しさだ。


「い、今の聞いた? 大丈夫か、だって」


 男が話を続ける。


「聞いて驚くな。俺はファイアー・ボールが使えるんだ。あの戦闘火焔魔法だぞ。どうだ、すごいだろう。その辺の魔物なんか一発で倒せるからな」


 う~む。何だか男がイキりはじめたぞ。ここまで来ると重症だ。一周回って面白いからこのまま見物しよう。


「いいだろう。せっかくだから、このアルベルト様が直々にデモンストレーションしてやろう。ありがたく思え!」


「はぁ」 

 気のない返事をする。

 でも、どんなレベルのものなのか興味がある。

 この世界の魔法の基準が分かるかもしれないからな。


 男が大げさに大木を指さし、そして仰々しく詠唱を始める。

 肝心の詠唱の内容は彼らと少し距離があるのでうまく聞き取れない。


 シュ~。


 えっ!?


 ちょっとすごいものを見てしまった。

 こ、これは。


 先日のギルドの登録試験の時に見た女冒険者の放ったファイアー・ボールよりもはるかにショボい火球が飛び出した。


 いや、これはもはや『ボール』ではないだろう。いびつな形をしたソレは変則的な軌道を描きながら、的と思しき大木にかすりもせず、森の中へと消えた。というより、的に当たってすらいないのに、自然消滅したという方が近い。


「どうだ、見たか! すごいだろう!?」

 エッヘンとすっかりふんぞり返っている男を横目に俺は必死に笑いを堪えていた。

 ちょっと、あれはないだろう。


 俺が一撃で倒したギガ・マンティスはおろか、ただのネズミさえまともに倒せないんじゃないか?

 そもそも的に当たらないのだからな。


「お、おう」

 空返事をする。


 自分で言っておいてなんだが、これは参考にならないな。

 いくら戦闘火焔魔法が使えるとはいえ、あれでは会敵したら負けるのが確定してしまう。


 そうだよな。

 どう考えても、あれが標準レベルなはずはないだろう。

 妄想たくましすぎて、逆に哀れに思えてきた。


 まぁ、とはいえ、『参考になる』デモンストレーションをありがとう。

 これはささやかながら俺からの礼だ。


 バシューー!!


 少し遅れて、

ミシミシ、バキバキバキ

 ……と男が的にしていた大きな木が倒れ始める。


 せっかくだから、俺もそのとやらを行ってあげたのだ。

 これでお互い様。


「これが【本物の】ファイアー・ボールだよ」

 そう一言だけ言い残し、呆然として口をポカーンと開けっ放しにしているカップルを後目しりめにその場を退散した。


 もちろん一撃で大木を倒したのは言うまでもないが、無詠唱かつ瞬時に男よりも離れた位置から難易度の高い『狙撃』をしたのだ。その分、あのバカップルが受けた衝撃は大きいだろう。それもすべて計算済みだ。




 夕方、ギルドに疲れた表情で戻ってきた俺を見て、受付け嬢が思わず心配そうに声を掛けてきた。


 あー、やっぱり表情に出ていたか……。まぁ、無理からぬことだ。あまりにも生産性のない一日だった。無駄に大木まで倒してしまったし……。


 そうそう、受付嬢はエリナといって、すっかり仲良くなっていたのだった。


 ちなみに肝心の薬草もイマイチだった。

 期待せずに奥の買取りカウンターにいた鑑定師に成果を見せる。


 成果はカンクロー草が3株、フラウンフォーファーウィードが1株、モウラカブリの花が1つだけ。状態を加味して示された買取価格は衝撃の350クラン。日本円で3500円といったところ。


 決して依頼を手抜きした訳ではない。むしろ懸命になって全力で探したくらいだ。この貧果は決してあの糞カップルの乱獲だけが原因ではなく、たくさんの草が生えている中で鑑定スキルが大して役立たなかったことが大きい。


 依頼の報酬として、100クラン大銅貨3枚と50クラン銅貨1枚が手元に置かれる。


 実際に目の前の汚れた貧相な硬貨を見ると破壊力がすごい。

 単純な金額よりも悲惨さが増してくる。


 この依頼はダメだ。

 俺には合わない。


 しかし、この体験が後の『大成功』に繋がるとはこの時点では想像すらしていなかった。


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