第23話 こぼれた疑問
何とか一曲踊り終えると再び壁際へと場所を移した。
「お付き合いいただき、ありがとうございました」
「い、いえ。貴重な機会を頂きありがとうございます」
(良かった……足踏まなかった)
緊張や不安など込み上げていた感情は落ち着き、心に少しずつ平穏が戻ってきていた。
「レディ、まだお帰りになりませんか?」
「はい。まだ帰るには早い時間ですので」
まだ誰も帰る気配のみせないこの場から去れば、目立つこと間違いなしだ。
「では……よろしければ、時間が来るまで話し相手になっていただいても?」
「あ……」
そういえばそんな約束をしたことを思い出す。噂を広めることが好きなご令嬢方や姉達がいないとは言え、用心に越したことはない。変に噂でもたてば厄介なのはもちろんだが、レイノルト様にも迷惑がかかるだろう。
「これ以上は。噂になればご迷惑ですし」
「迷惑ではありませんよ? それにレディ。私は良い壁になると思うのですが、いかがでしょう」
「壁……?」
何の話だろうと考えること無く周囲を見渡せば、再び子息達が集まりつつあった。
(まだいるの……)
噂が作られて広まることは良くないことだが、これから更に絡まれるとそれ以上に精神を消耗して疲労することになるだろう。二つの選択肢を天秤にかける間もなく、前者が有意義だと判断した。
「お言葉に甘えてもよろしいでしょうか」
「もちろんですよ」
(踊った時点で噂に十分なるだろうし、ここまできたらなるようになればいいかな)
早速エスコートで差し出された手を取ると、会場内の隅にある休憩所へと向かった。休憩所といっても、丸いテーブルと椅子が複数組並べられてる簡易的なものだ。
普段ならここはご令嬢方の女子会になったり、貴婦人方によって使われることが多いのだがその様子も見えない。
「どうやら殆どの方が王子方の出席される会場へ行っているみたいですね」
「そうですね」
人気のない場所だが周囲の目は皆無のため、視線に気にすること無く落ち着けそうだ。無意味な対応から抜け出し、ようやく一息がつけた。珈琲を一口飲みながら安堵の息をこぼす。
「……ふぅ」
「お疲れ様です。もう少し早く到着できていれば良かったのですが」
「とんでもないです。本当に助かりました、改めて感謝を述べさせてください」
「お役に立てたなら幸いです」
全く嫌味の感じない笑みと雰囲気から、迷惑がられてないことを再確認する。厚意に甘えすぎたかと思ったが、大丈夫そうな様子を感じ取る。
「それにしても、今日の装いはとても素敵ですね。レディによく似合っています」
「あ……実は姉から譲り受けたもので」
「おや、そうなのですか」
「はい」
(やっぱり疑問が……。ベアトリスお姉様がドレスをくれるだなんて)
「お優しいのですね」
「優しい……」
「違いましたか?」
「……よく、わからないのです」
優しいと言われて違和感を感じるが、否定もできない。捉え方次第では、ドレスをあれだけ渡そうとしていた行為は優しいものになるのだから。
「ご存知だと思いますが、我が家は四人姉妹で私は末っ子です。姉達とはお世辞にも仲が良いとは言えないのですが、だからといって険悪なのかと言われればそうと断言もできなくて。何も知らない、わからないのかと感じたんです。それが変に思えて」
「…………」
「おかしな話ですよね。もう二十年近く経つのに」
ここ数日で考え方に疑問が生まれた。だが明確なものではなく、ただなんとなくもやっとした疑問。誰かに相談することでも無いだろうという状態だったが、不思議なことにレイノルト様になら話しても問題ない気がした。
恐らく隣国の人だけあって、エルノーチェ家の噂もそこまで深く干渉してこなかった方ならば偏見なしで考えられるのではないかという、打算的な想いからだろう。
沈黙が生まれ難しい話を振ってしまったと反省をしそうになった時、レイノルト様は真剣なでも優しい声色で話し始めてくれた。
「何もおかしくはありませんよ」
「え……」
「私にも兄がいますけれど、兄の事を全て知っているのかと聞かれれば違うと答えます。むしろ知らない事の方が多い気がしますね。仲は良好なんですけどね」
「そうなんですか……」
(仲が良好でも知らないことが……)
そりゃそうか。関わりが少ないのに、姉達の何を知れるというのだろうか。当たり前の事に気がつくと、自分の思考回路に呆れてしまう。
「……仲を保つ秘訣はあるのですか?」
「ありますよ。男兄弟ですから、跡取り問題で周囲からあることないことを吹き込まれる時もありました。その度に自分自身で確かめてきました。だから変にすれ違うことは少なかったかと」
「すれ違い……」
「はい」
興味本位で聞いた質問の答えに、どこか引っ掛かることがあった。
「何にせよレディ。知らないことに疑問を持つならば解決策は一つですよ。これから知れば良い、もちろんご自身の力で。他人を通すとどうしても色がついてしまいますから」
「仰る通りですね。下らない話をしてしまいました……」
「いえ。レディが吐き出せる相手なら、とても光栄なことですよ」
「あはは……」
御世辞を苦笑いで受け流す。それでも微妙な空気にならないのは、レイノルト様の優雅すぎる雰囲気のおかげだろう。
レイノルト様の言葉は今の私にはとても貴重なもので、解決の糸口が見えた。ベアトリスの行動が疑問なのは、私が彼女の事を知らなさすぎるから。今からでも遅くないのなら、もっと関心を持って接してみるべきなのだ。
レイノルト様によって導かれた答えによって、心の中にあったもやは少しずつ薄れていった。
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