第2話:大爆発

「何をしている!?答えよ、この賊めが!」


ティモシーは我に返り、この美しき賊に剣を向けた。

アリアンナ家に仇なすのであれば容赦はしない。美の化身であろうともだ。


「逃げた方がいい。」


その紅唇が開いて出た言葉は要領を得なかった。

ここで何をしているのかを聞いているというのに。


「何を言って…!」


そしてすぐにその言葉の意味をティモシーは理解した。

空になったはずの棺桶を見ると中には何かがぎっしりと入っていた。

臭いで分かる、これは大量の火薬だ。そして火が付いた導火線が尽きる直前ではないか。


「あなた、待って!」


ティモシーはアビーの手を引き、棺桶から逃げ出す。

賊はティモシーとは反対側に棺桶の蓋を抱えて走った。


「うわあああああ!」


棺桶爆弾はすさまじい威力を見せつけた。

ここ最近で一番の騒音をアリアンナ邸に響き渡らせ、屋敷全体を震わせた。

そして床に描いた魔法陣を完全に消し飛ばしたのだった。


ティモシーは爆風に少々吹き飛ばされたが、無事のようだ。

そして賊は部屋の端で棺桶の蓋を盾代わりにして爆風から身を守った。


「よし!」


賊は火薬の仕事ぶりを見て、満足気だ。

床は完全に吹き飛ばされ、下階の大広間へと穴が空いている。

その美しい顔にとびっきりの笑みを浮かべるのであった。


「貴様ぁ、よくも、よくもぉ!」


対照的なのがティモシーである。

怒り心頭である。彼にとって大事な多くのものをこの賊は踏みにじったのだ。

夫婦の大事な部屋を爆弾で吹き飛ばしてくれたのだから当然だ


「ただでは済まさん!」


常に敵に備えよ、敵に容赦するな、どちらもアリアンナ家の家訓だ。

ティモシーはそれを忠実に守り、懐に忍ばせた手投げ爆弾に火をつけた。


「うおっ!」


こいつはまずい。

ティモシーはたっぷりの怒りを手投げ爆弾に乗せて、賊へと投げつけた。


「ぬああっ!」


この部屋に逃げ場所は存在しない。なら下だ。

賊は棺桶の蓋を抱えて、開通したばかりの下階への穴に飛び込んだ。






「何が起こってるんだ?ボスは大丈夫なのか?」


大広間の男たちは上の爆発に呆気をとられ、天井を見上げていた。

現実なのか、酒の飲みすぎで見る幻なのか区別できない。


「誰か落ちてきたぞ!」


出来たばかりの大穴から誰かが飛び降りてきた。

そしてアリアンナ邸自慢の巨大シャンデリアに飛びついた。


「まただ!」


またしても爆発が起こった。

爆音が耳をつんざき、振動が体を震わせる。


「まさか…!」


チンピラ達が巨大シャンデリアに起こり始めた異変に気付いた。

ミシミシと悲鳴を鳴らし、徐々に高度が下がり始めている。

今から何が起こるのか容易に想像できる。


「落ちてくるぞ!」


二度の爆発でシャンデリアがついに限界を迎えた。

この大広間で王族やら貴族を照らしたシャンデリアの最期の瞬間である。


「逃げろー!」


今日は騒がしい日だ。

二度の爆発に続き、今度はシャンデリアの落下。

アリアンナ邸、本日3度目の大振動である。


「ううわああああー!」


シャンデリアは形成するガラスを広範囲にまき散らし、衝撃を弱めた。


「よっと!」


賊はシャンデリアから跳び、そして抱えていた棺桶の蓋に乗っかった。

彼は蓋の上に立ち上がり、両足で落下エネルギーが与えられた蓋をコントロールしてガラスが飛び散った床の上を無事に裸体のまま滑り終えたのであった。


「何が起こったんだ…?」


楽しい宴がいきなりの災難に見舞われ、散々である。

しかし、本日最大のサプライズは今から起こった。


「あれは…。」


落下したシャンデリアの前に立つその姿にチンピラ達の視線は吸い寄せられた。


「奇跡だ。」


そう、チンピラ達は奇跡を目撃しているのだ。

この世にどれほどの人間が、これほどに美しき者の、その裸体を衆目に晒す瞬間に立ち会えるというのだろう。

まさにこの瞬間は運命がくれた奇跡に他ならない。

温もりが与えられた芸術品。そんな完璧な存在が目の前に立っているのだ。性欲が沸き立つどころか見ているだけで心が浄化されていく。


「教えてくれ!」


チンピラ達がその姿に圧倒される中、ブレゴだけが前に出て、彼に近づいた。


「大好きな人に捨てられちまったんだ!どうすればいいんだ!?」


ブレゴが始めたのは相談だ。

会ったばかりの美しき者に人生相談を行っている。


「ただ日々を過ごせばいい。いずれ別れに気づく。そして新たな出会いを探すんだ。」


美しき者も真剣に答えてくれるのだった。


「わかった…!」


返答に満足したのかブレゴは滝のように涙を流して、気絶するのであった。


「外に出たい。道を開けてくれ。」


「いや、だったら服を着た方が…。」


外出しようとする美しき者への要求にバズラが至極全うなアドバイスを送った直後、彼の怒声が轟いた。


「そいつを逃がすな!」


大広間に轟くのはティモシーの怒声だ。


「ボス、無事だったのか!」


チンピラ達は自分たちのボスの姿を見て安堵した。

ティモシー・アリアンナ伯爵、彼こそがチンピラ達のボスだ。


「その賊を捕えろ!あらん限りの苦痛を与えて、殺してくれる!」


「おおおおおー!」


チンピラ達はボスの指示に応じた。

宴会モードから一気に臨戦モードに切り替えだ。


「待て、俺が行く!お前らは出口を塞げ!」


バズラはチンピラ達を制止し、賊の前に出た。


「さっきの爆発はお前の仕業か?」


「半分はそうだ。」


賊は正直に答えた。

もう半分は彼らのボスがやったことなのだから。


「いいか、抵抗するな!ボスが落ち着くまで安全を確保してやる!」


バズラはこう見えてもティモシーの忠臣だ。

ティモシーの理性が戻れば、今の命令は後悔するに違いないのだから。

これが最善手だ。


「断る。」


「勝手にしろ!」


ではこちらも勝手にさせてもらおう。

バズラは賊へと突進を仕掛けた。


「うおおおおー!」


簡単だ。

自身の巨体で地面に押し倒し、取り押さえる。

そうすれば命を奪わずに済む。


「ぶっ!?」


バズラは視界外から強烈な衝撃を受けた。

何故、自分は天井を見上げている。

何が起こったのか、全く分からない。


チンピラ達はバズラに何が起こったのか見ていた。

賊は股関節を約180度開き、バズラの顎を蹴り上げた。

その巨体は宙に浮いたまま、彼は意識を失った。

そして、背中から床に落ちたのだった。


「は?」


男たちは沈黙に包まれた。

自分たちの中で一番強い奴がたった一撃でのびてしまった。


「なにをしている!かかれ!」


ティモシーの言葉で男たちは再び、我に返った。

賊を捕まえねば。


「後ろに回れ!」


1人で正面からが駄目なら、後ろから2人がかりだ。


「へ?」


賊はその場で宙返りを行った。

突然の行動に立ち尽くして、見上げている。


「あ。」


宙を舞う賊の綺麗な脚に見とれていたチンピラ達。

そしてその美脚が2人の頭上に振り下ろされ、見惚れたまま意識を失った。

前にも後ろにも死角はない。

チンピラ達はたじろいでいる。


「道を空けてもらう。」


賊は助走をつけて跳び上がった。

軽やかな跳躍をして見せるは、美麗な跳び蹴りのフォーム。

大広間の出口を塞ぐ男たちにめがけて放つ。


「ぐああ!」


5人の男たちの壁は賊の跳び蹴りによってまとめて崩れた。

これでもう賊を遮るものはない。


「許さん、許さんぞ!賊よ!貴様にあらん限りの苦痛を味わわせ、その命を蹂躙してやる!」


ティモシーの激昂を受け、賊は踵を返す。

そして一気にアリアンナ邸の外へと走り出していった。


「ぐぅああああ!」


ティモシーはその怒声を張り上げたあと、魂が抜けたかのように膝をつくのであった。






「おーい、しっかりしろ。」


「いててて…。」


バズラは朦朧とした意識の中、ブレゴに起こされた。

ブレゴは随分と嬉しそうだ。 


「おれさっき天使様に会ったんだ~。シャンデリアと一緒に降りて来たんだぜ。おまけに彼に相談したら答えてくれたんだ~。」


「そうか。良かったな。」


さっきのブレゴの行動が理解できた。

あの賊を天使と間違えて、お告げを求めたというわけだ。


「ん?ちょっと待て、彼?」


朦朧とした意識が今の言葉で一瞬で吹き飛んだ。


「あの賊の股にぶら下がってたのか?お前と同じものが!?」


「素っ裸だったろ。気づけよ、ニブチン。」


「うるせえ!」


こんなことをしている場合ではない。

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