第13話 新川悠4

 ダメだ。ダメだった。情け無い。全てが上手くいっていると思っていた。でも、自分がこれほど情け無い人間だとは思わなかった。


 なぜこんな風になってしまったのか。外に出る練習はしていたじゃないか。人混みにだって何度も入った。それこそアキラに手伝って貰って。でも、なぜだ? なぜ当日に限って会場に入ることすらできない? 人の波が僕を通り過ぎて行くたびに脚が震えて吐き気が止まらなくなった。


 僕は逃げた。友人の制止も聞かず走り出していた。逃げる時だけ脚は問題なく動いた。それが本当に情けなくて……惨めだった。


 投げ出してから全てを悟った。結局、ひなたちゃんを想う自分も、アキラと共に努力した自分も、両親と和解した自分も全て嘘だ。

 本当の自分は、何も成し遂げられず、人生の中で何者にも成ることはできず、ただ生にしがみつきがながら下を向いて生きていくことしかできない。そんな人間だ。


 家に帰ってからの出来事は思い出したくもない。物に当たり、両親に当たり散らして、自分の部屋に逃げ込んだ。二人は理解が追いつかなかっただろう。朝応援して送り出した息子が、勝負もせずに戻ってくるなんて。


 夜になるとアキラが訪ねてきた。誰にも会いたくない。そう思って母さんに追い返すよう伝えたが、アイツはそんなことは気にも留めず部屋に上がってきた。いや、もしかしたら母さんが招き入れたのかもな。


 扉が開いて見えたアキラは暗い顔をしていた。


 驚いたことにアイツは新川悠として受験したという。あの時、アキラを振り払った時に自分のカバンを落とした。その時受験票も落としていたらしい。


 アキラは言った。これが合格していたら何も言わずに大学に通って欲しいと。今回の件は実力とは関係ない。本来の僕であれば合格していたはずだと。



 だが、その気遣いが僕を余計に惨めにさせた。もう嫌だ。もう、消えてしまいたい。



 そう言ってアキラの提案を拒絶した途端、アイツは態度を豹変させて僕に襲いかかってきた。



ものすごい形相だった殺されると思った顔が熱くなって目の前がぐらぐら揺れたアイツが何事かを喚いていた全力でアイツを跳ね除けて部屋の隅へと逃げた動悸が止まらず吐き気がした部屋の異変に気付いた父さんが入ってきたアキラは父さんを見ると部屋から出て行った戸惑っている父さんを追い出して布団に潜り込んだアキラの顔が脳裏に蘇った僕を心の底から憎んでる顔だったアイツは初めから僕のことを騙していたんだ良い奴のフリをして本当は僕のことを嘲笑っていたんだアイツを信用した僕がバカだった父さんも母さんもアイツに騙されているんだこの家を乗っ取ろうとしているんだ一階から人の声が聞こえてきた父さん達がアキラに事情を聞いているようだ二人から信頼されているアイツが

 

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