昔話はTragedy

 これなんですかっていうのは本当に正しい。初見で当てられたら怖いもの、お前はとても正直だからもう一枚あげよう……大丈夫毒ではないよ。お前の歳だと見たことないだろうけど、ちゃんと食いもんだよ。アブラゲモチっていってな、原材料が冷ご飯と小麦粉と水に砂糖。雑に言えば貧乏なモチだし、頑張れば素朴なガレットとか言えるんじゃないか。

 最近ちょっと遠出ができなくてな、うちの近くに直売所っていうか、地域密着型農家スーパーみたいなのあるだろ。あそこでちょいちょい飯とかおかず買ってんだ。赤い稲荷ずしとか玉子焼きとか、惣菜の品揃えが結構充実してるから、野菜買うついでに色々買っちまってな。おはぎなんかと一緒に並んでたから、懐かしくってな。うちの婆さんにたまに食わされてたんだけど、それよりは確実に美味いんだよな。婆さんのは粉も砂糖もケチってたろうからな……うん、そういうところは嫌いだったな、あの人。貧乏はな、やっぱり良くない。金がないと色んなもんが削れる。そもそも生きてくのが難しい。つまるところ食い物がないっていうのは生き物には致命的なんだよな。衣食住が生存に必要な三要素だとして、欠けたらすぐアウトなのは食じゃん。この辺の土地に住む連中、ことに年寄り連中はそれだけは散々叩き込まれてきたからな。下手すりゃ孫子の代まで昔話で刷り込まれる。


 何かあったんですかってあれよ、飢餓ケガズの話よ。


 歴史で習うだろ、天明のー、とか。江戸三大飢饉だっけ? 四大? その辺の細かいのは覚えてないけどさ。あれがまあ悲惨なのよ。元々日ぃ当たらないし馬鹿みたいに寒い土地だからな、ちょっと油断すればたちまち飢えるしすぐくたばるのは分かるだろ。だからさ、そういう怯えは根っこにずっとあるわけよ。お天道さんが少し顔出さないとか雨が加減を間違えたってだけで、あっという間に飢えるからな。ただただ陰気な話だよ。

 いや、聞きたいか? 今日は重たい曇りだからな、気分的にはちょうどいいかもしれないけどさ。地元の歴史を知ろう!みたいな、社会科学習みたいなやつになっちゃうけどな……まあね、婆ちゃんから散々脅かされたからね。知ってはいるよ数なら。


 とりあえずな、人喰った話はたくさんあるよ。何か食わないと死ぬのに、米どころか木の根も草も食いつくしたらもうどうしようもない。土食ったって知れてるからな、じゃあ人間食うのも仕方がない。むごいもんだ。

 全部悲惨ではあるけども、いくつか枠があるんだよな。それこそ女子供や死人を食べて、その祟りで生き延びた家系に障りが出るやつ。婆さんが話してくれたやつだと、夫が少し目を離した隙に妻がさらわれて食われて、食った側の人間が生き延びたってのがあったな。生き延びた人間には子供がいなかったんだけど、同じく生き残った姉妹がいた。その姉妹の子孫が代々何かしらの欠損を負うようになるってやつ。姉妹からすりゃ身内がやったことの尻拭いだからな、たまったもんじゃない。人食った張本人に何もなかったならより嫌だ。食われたやつが一番嫌だって言ったら何も返せないけどな……。

 あとはあれだ、食料に手を出したやつを制裁したら祟られて没落するってパターン。これは分かり易いよな。庄屋の家から干大根を盗んだ子供を見せしめに処刑したら、散々に祟られて家が潰れたってやつ。そのままだよな。全員満遍なく不幸になる。無理心中か心中かぐらいの差しかないよなこれ。庄屋からすればさ、食料盗まれた時点で終わりだよ。子供だって盗まなきゃ死ぬし盗んでも死ぬ。嫌だなあ。

 でな、前者は祟る側の気持ちも祟られる側の理屈も分かるんだけど、やっぱり後者が納得いかないんだよな。危機的状況だけどさ、人のものに手を出すのはな。仕方がないのは分かるけど、やられた側としてもたまったもんじゃないだろ。そりゃ竹槍も出るよ──そう竹槍が出る話もあるの。かいつまんで話すと、飢饉のひどいときに米を炊いてたら家に忍びこまれて、そいつがおひつに手突っ込んでたもんだから、見つけた家主が蹴転がしてふんじばってから竹槍でぶっすり。竹槍は裏庭の竹藪から切り出したってんだから手際がいいよな。カッとなってから我に返ったり冷静になったり一切してない。いや、してるのかもしれないな。した上でぶっ刺したんならもっと怖い。

 現代の俺らだってあんまり変わんないよな。食うためにはじぇんこがいる、銭のためには働かないといけない……嫌だね本当に。面倒だよ。面白いこともそれなりにはあるけどね。


 働くの嫌いなんですか、ねえ。

 答えにくいことを真っ直ぐ聞くんじゃないよ。未成年相手にどう答えても俺の恥だろう。別にいいけど。


 基本的には『はい』だね。でも場合によっては『いいえ』みたいな答えだよ。できればやりたくないけど、面白そうならやりたいし、金になるならそれなりには頑張る。でも生きがいとかやりがいとか、そういうことは口が裂けたって言いたくない。

 飽き性なのは確かだよ。面白くもないことだと本当に駄目だ。堪え性がないって、よく親父にひっぱたかれたけどな。せっかくどうにか生きてるのに、興味のないことで人生食い潰されるの嫌だろ? だからこう、な。実入りが良くって面倒がなくって刺激的、みたいな仕事を頑張って見つけてるわけさ。折衷案を考えるだけ前向きだよ俺は。生きるのにしょうがなく、けどできるだけ楽に稼げるように頑張ってんの。痛いの嫌だしな、くたばれないなら生きてるしかないし、それなら暇潰しは楽しい方がいいからな。


 そういうやつ、案外いっぱいいるもんだよ。俺の前の職場の先輩とかそんなんだったな──その人も色々訳分からん話をしてくれたな。覚えてるやつがいくつかある。


 前の職場、夜勤みたいなやつがそこそこあってな。そこでよく先輩と組んでたんだ。話好きな人でな、暇なときなんかには色んな話をしてくれた。


 そんときに聞いた話だけど、影がないやつがいるってのがあった。


 一時期やたらいたそうだよ。先輩も仕事で行った先で見かけて、その度にぎょっとしたんだと。意外と驚く、というか違和感があるんだと。夜食買おうと寄ったコンビニで、雑誌立ち読みしてる若いやつが妙に気になったりとか、朝イチで入った牛丼屋で座ってるやつを見てると落ち着かないとかな。そういう連中をよーく見ると、足元とか手元にできるはずの影がない。

 照明の具合かもしれない、って最初は思ってたんだと。だけどな、真昼間の大通りで二人並んで歩いてたやつの片割れに影がなかった──そんなもんを見たからな。観念したそうだよ。叫び出しそうになったっていうけど、そうしてたら先輩通報されてたろうな。

 そこから先輩、興味持って色々聞いて回ったんだと。いや、暇潰しに毛が生えたようなもんだったそうだけど、それでもそれなりに噂や与太の類は聞こえてきた。影を買い取ってもらったとか、祟られてなくしたとか、もともとそういう連中だとかな。色んな噂があったそうだけどもどれが本当かは分からない。買うやつがいるってのは面白かったな、そこも話が分かれてて、駅前の接骨院だとかクソ狭い飲み屋だとか、いや駅の待合室だとか──どれが正解かは知らないけど、何だかそういうことができるやつがいるんだってことだった。それ以上はよく分からんって言ってたけど、ちょっとだけ機嫌が良さそうだったな……うん、俺もそう思う。面白い暇潰しを見つけたぞって顔だったんだろうね、多分。


 どうした、今日は質問が多いねお前。授業みたいだな──うん。

 何で影を売ったんでしょう、ねえ。


 細かいことはさておいて、売買だからな。一番簡単な動機でいいんじゃないか。金になるならね、影ぐらい売るよな。別に身分証明に使えるわけでもなし、持ってたって特典がつくようなこともない。ずるずる足元ついてくるだけの暗いやつなんか、値がついたら売っ払うやつがいるのも分かるよ。

 影があってもおにぎり一つ買えないけど、札ビラ切れば寿司でも肉でも値段のあるものなら買えるだろ。

 俺としてはそんなもんを買い取って何がしたいんだ、って気もするけどな。お前影もらってどうする? 使い道がさっぱり見当つかないよな。趣味かね。実益がある方が怖い気もするけど。先輩、そっちも興味持ってたっぽかったけどな。俺には話してくれなかったな。こっちとしてもわざわざ聞かなかったけど。


 先輩がどうしてるっかって?


 俺に影の話をしてから二ヶ月くらいだったかな。会社に顔出さなくなって、俺も別のやつと組むようになって、そのまま会ってない。借金あるし他のトラブルもあったらしくて、飛んだんじゃないかって噂だったし、俺もそう思ってる。そのくらいでいいんだよ、余計なこと詮索したって面白くないし、何より危ないばっかりだからさ。お前もそう思うだろ?

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