地方都市の喫茶店
今日はな、お茶じゃなくてコーヒーなんだ。お茶っ葉切らしてな、貰った豆も使わないとなってことで今朝からアイスコーヒー作ってたの。水出しでビーカーに落とすやつ。文化的だろ。お前来るかどうか分かんなかったけど、来なかったら俺が飲めばいいだけだから損しないしな。暇が潰れてうまいものが飲めるなら総合して手間をかける価値があるってことよ。ま、インスタントでも全然うまいけどな。大体なんでもおいしいって雑な舌だよ俺は。そもそもこだわる人間ならそんなグラスに注がないだろ。婆ちゃんとこから持ってきたやつだからな、お約束のように昭和の花柄。年季が違う。
この辺だと都会みたいにちょっと家出てカフェで一杯、なんて洒落た真似もできんからな。最寄りのスーパーで買えって言われても、あれはジャンルが違うだろ……喫茶店つうかカフェはさ、あの空間と雰囲気まるごと含めて成立する代物じゃん。そりゃスーパーでカップ入りカフェラテ買って見切り品コーナーで割引つきのプチシューとあと今晩のおかずにぎっちぎちのシシャモフライをカゴに入れて、ってやれば安くつくよ。そうだけどさ、それには生活が混ざってくるだろ? それはね、飽きるんだよやっぱり。だから喫茶店は必要だし娯楽はないよりある方が俺はうれしい。生活って基本的に苦役じゃん。怠けものなんだよ俺は。
そうか、お前は大学で市内に出入りしてるもんな。じゃあ喫茶店もよりどりみどりじゃん、城下町というか由緒正しき学生街だからさあの辺り、老舗からチェーン店まで選び放題だろ。あの辺面白い店たくさんあるんだよ。店員が明らかに店主の趣味で男前しか揃えてない、一二を争う老舗とかあるぞ。本当にマスターからウェイターまでみんな美形。コーヒーの味は知らない。俺入ったことないから。潰れてないからちゃんとしたものが出てるんだろ多分。従業員のツラだけで長年店が続いてるなら、それはそれで大したもんだよ。
うん?
おすすめの喫茶店とかあるんですか、ねえ。
おすすめはねえ、所詮俺の感覚でのおすすめになっちゃうから……お前に合うかっていうと微妙な話だろ。この豆貰ってきたところは付き合いがそれなりにある喫茶店だけど、おすすめかって言ったら微妙なところだよ。店員にいけ好かないやつがいるから、好きかって言われるとそんなに好きじゃない。逆に俺がマスターとむちゃくちゃ話が合うからそこそこ通ってるとこあるけど、そこに知り合い連れてくとどいつもこいつも微妙な顔して二度と誘うなっていう店もある。あんまりあてにならないんだよな……。
そうだな、なら逆ならどうだ。
おすすめしない訳がある喫茶店の話ならできるぞ。なんせお前より年上だ、そこそこ聞いた話があるからな。
とりあえずばっと思いついたやつだけど、ポルターガイストな喫茶店と死人が入ってくるカフェ、どっちがいい。どっちもあるんだよ……本当か嘘かってのは証明のしようが俺には分からんからね、噂だよ噂。適当に聞き流して要るところだけ覚えておきなよ。何なら全部忘れたって全然問題がない。
じゃあポルターガイストの方から始めるか。ポルターガイストってのはあれよ、心霊映像とか怖い話でよく見るやつ。誰も触っていないのに椅子がひとりでに倒れた、とか食器棚から皿がすっ飛んできたとかそういうやつ。昔だとマンション丸ごとポルターガイスト祭な話とかあったな。そこまで行くともう新手のアトラクションとして運営した方がいいと思う。
単語の説明としてはそれだけなんだけど、それで説明が八割済んじゃうんだよな……喫茶店はな、老舗。駅の大通り近くだから、そこそこ客が入ってるのは見るよ。見た目がレトロというかボロいから、地元の人間しか来ない系だな。
俺は婆ちゃんからこの話を聞いたよ。婆ちゃん教員やってたんだけど、そんときの職員会議で聞いたんだと。
『喫茶店の茶碗が飛び回ると生徒間で話題になっている、それを見て確かめようと無闇に立ち寄る生徒や深夜に店の周りをうろつく生徒が出て問題になっている』って議題に挙がったそうだから、ちょっと信じがたい話ではあるよな。
とりあえず注意喚起とか放課後の見回りとかはやったんだってさ。皿が飛ぶのはほら、教員の担当範囲じゃないから。まだ店が続いてるんだから、上手いことやってんじゃないかな。皿が飛ぶかどうかは知らないけど、ケーキが美味いのはたまに聞く。昔懐かしのバターケーキだとさ。
死人は更に言葉通りだよ。そこのカフェ、オムレツとフレンチトーストがおいしいって人気なんだよ。立地も駅から地下道通ってそんなにかからないくらいの便利な場所。四年くらい前かな、開けた当初はそこそこ話題になって、地元のお洒落カフェ特集みたいな番組でちょいちょい見かけた覚えがある。
夜の八時、その時間になると血まみれの女がドア押して店に入ってくるんだと。
力技っていうか、ものすごくシンプルに嫌だよな。一応ね、これは由縁があるんだよ。そのカフェが入ってるビルでずいぶん昔に殺人事件があって、それで女がびしゃびしゃな死に方をしてるのは地元の人間ならみんな知ってる。けど、事件があったのはカフェが入ってる階じゃないんだよな。だからカフェ側としてはマジにはた迷惑でしかない……現場じゃないしね、駅近の好立地だから賃料結構するだろうしな。店主さん他所から来た人だったからね。
対策としてはね、やっぱり力技っていうか単純なやり口。そこのカフェ夜の七時には閉まるようになって、そんでまあ、上手くやってるよ。飯は美味いらしいしね、問題点がちゃんと解決してるならいいことだろ。
一応歴史はあるからな、市内あたりは。学生街で城下町だからな、そりゃあ色々因縁はあるだろうよ。なくてもどうこうなったりするけどな──じゃあどうすればいいんですかって、さすがに日下さんも知らないよそれは。危うきに近寄らなければ消極的なやつは何とかなるけど、向こうからぐいぐいくるやつはまあ……気合入れて逃げるぐらいしか思いつかないな。足速くて得するの小学生だけってわけでもないぞ。そこそこの速度と体力は持ってた方が咄嗟のときに色々分けると思うしな。俺? 人並みだよ。だから慎重派だね。そんな追っかけられるような状況にならないように心がけるし、なったらもうあれよ、どうすれば一番痛くないかなって観念する。諦めは早いよ。
俺の経験はないんですかって?
あー……覚えてるのはあるよ。うん。分からん話だけど。聞く?
ド早朝に駅ナカのチェーン店にいたんだよ。人と待ち合わせの用があってな、遅れないように車飛ばしたら馬鹿みたいに早く着いてな。九時回ってたからラッシュも過ぎてて、店内ガラガラだった。あれ朝結構面白いのな。よく分からん連中のミーティングとかやってるところに遭遇したり、十分ごとに店内の席とっかえひっかえしてるやつとかも見る。そいつ俺の隣のテーブルに近寄ったかと思ったら、踵返して違うとこ座ったんだよな……あれはなんか、なんかだったよ。座られてもどきどきするけど、見切られても不満だね。こう、勝手に値踏みされて切り捨てられた感がある。
でな、腹立ててスマホ弄って時間潰してたんだよ。そうしたら俺の隣のテーブルに、いつの間にかおばちゃんが座ってたんだよ。おばちゃんの正面には若い嬢ちゃんが座ってて、コーヒーカップを握ったまま俯いてた。
十分ぐらいしてからかな、お嬢ちゃんがぺこぺこ頭下げながら店を出てった。何だろうなとは思ったけど、関わりがないからね。またスマホ見ようとしたんだけど、そしたらまた誰かがおばちゃんの前に来たんだ。ちょっと歳食ったお姉さんだったかな、やっぱりお嬢ちゃんみたく自分の注文しただろう飲み物のカップを抱えて黙り込んで、また頭を下げて帰っていく。その次が良いとこの奥様みてえな婆さん。その次がスーパーで半額商品手に取って悩んでそうなおばちゃんで、その次がリクルートスーツみたいなボブのお姉さん。
俺一時間ぐらいいたんだけど、ひっきりなしにおばちゃんの席に入れ代わり立ち代わり人が来るんだよ。
不思議だったよ。おばちゃんはただうんうんって相槌打ってるだけで、来る人たちがみんな向かい合って座って黙って、そのまま頭下げて帰っていく。おばちゃんは一言も喋らない相手に、口を一切開かずに丁寧に頷いてるだけ。何が起きてるのか見てるのに分かんなくて、俺スマホ掴んだまま呆然としてた。
そしたらね、ひらひらパステルカラーのお嬢ちゃんが席を立って出て行って、席が空になった瞬間に、おばちゃんこっちを見てにこっと笑った。俺もとりあえず頭下げた。
それでおしまい。待ち合わせたやつを拾いに改札に向かって、そのまま駅前駐車場で車出して仕事に行った。な? 何だか分かんない話だろ。
人がわらわら出入りするところってな、色んなことが起きるんだよ。当たり前だよな、一人で散歩してたって石に蹴躓くことがあるんだから、それが集団でいれば何が起きたって不思議じゃないだろ? だから街は楽しいけど面倒くさい。自分でも知らないうちに訳分からんことに巻き込まれたりするからな。楽しめる余裕があるなら別だけど、そうやって余裕ぶってたら取り返しがつかないとこまで突っ走ってたりするもんだ。ややこしいな。
まあ、ボロっちい古民家の縁側で不審なおっさんのでよければ、微妙なコーヒーくらいなら淹れてやるよ。サ店やカフェには劣るけどな、飲み物としてならそう悪いもんでもないだろ。ま、好きにしてくれよ。気まぐれでもお前が来てくれると嬉しいし、お前が来なくても別にどうにも困らないから安心してくれ。アイスコーヒー、作っておけば俺が飲めるしな。
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