第10話 新たな出会い
商店街を抜けた俺達は、馬車の預かり所まで行って、そこで約束通りに受け取りに来た野菜業者に野菜を預けた。儲けの方はぼちぼちで、経費や生活費を差し引いたら、俺の手元に残った金は3万リルくらいになる。
とはいえ、この世界で初めて自分で稼いだ金なので、嬉しさもひとしおだ。この金は大切に使おう。
その後俺達はデニスさんの家に戻り、夕飯を頂いた。昼食同様、質素な料理でお世辞にも満足したとは言えないが、リアルのことも考えると、満足感がないのは逆にいいことなのかもしれない。
そして夜。与えられた個室にてログアウトをした。リアルに戻ってくると、ちょうど夜の22時頃になっていた。
お腹が空いていたので、冷蔵庫を開けて中にある食材を使って軽く手料理を作り食べる。その後、歯を磨いてから風呂に入ってシャワーを浴びる。
シャワーを浴びている時に、俺はふと思い出した。
「そういえば、今日の錬成ノルマ達成できてないな」
メタトロンでは、レベル制ではなく熟練度制が採用されている。ステータスにもスキルにもレベルは存在せず、熟練度のみが存在しているのだ。その熟練度が上がることでスキルの性能が上昇する。そして、熟練度はスキルを使用すると一定確率で上昇する仕組みになっている。そのため、スキルはできる限りたくさん使うほうがいいのだ。もっともスキルを使用すると多くの場合MPを消費するので、一日に使用できるスキルの回数は限られているのだが。
ちなみに、ステータスも「スキルの一つ」という扱いであり、『○○の恩寵』というスキルの熟練度を上昇させることでステータスが上昇するという仕組みになっている。例えば、『剣使い』という職業ならば、『剣の恩寵』というスキルの熟練度を上げることで、ステータスの『筋力』『耐久』『器用』『敏捷』『幸運』『魔力』の各項目が上昇する。他の職業についても同じシステムなので、大きな違いは「どの項目が大きく上昇するか」といった部分くらいだろう。
そして、俺は自分の『錬成』を成長させるために、毎日『錬成』を使用するノルマを設定していた。といっても、それほどシビアなものじゃない。時間がかかっても合計10分程度の作業量だろう。
俺はその『錬成ノルマ』を達成していないことを思い出したのである。思い出すと、錬成ノルマのことが気になってしまったので、風呂上りに少しだけゲームにダイブすることを決意した。
◇ ◇ ◇
風呂からあがってゲームにログインした俺は、辺りを見回してみた。
俺の部屋は2階にあるため、窓の外から街の様子を見ることができる。
窓の外には暗闇が広がっていて星がまたたいており、街灯には火が灯されていてその下を仕事帰りの人達が通り過ぎていた。
その平和な日常風景を見て少しリラックスした俺は、「よし、やるか」と気合を入れて個室に設置してある丸椅子に座る。
そして、目の前のテーブルにアイテムを広げて、錬成を繰り返していった。
最近知ったのだが、スキルというのは詠唱しなくても心の中で唱えるだけで発動できるらしい。原理は不明だが、いちいち詠唱しなくていいのはありがたいな。
夜の雑踏と錬成する際の静かな効果音のみをBGMに黙々と錬成作業を進めていく。
そうして流れ作業的に錬成を繰り返していると、扉の方から「ギイ、ギイ」という床板のきしむ音が聞こえてきた。
何だろうか? 今の時間はゲーム内時間で深夜0時。デニス一家は寝ているだろうし、ミカンさんはログアウトしたはず。では誰が通路を歩いているのだろうか。
……ハッ⁉ まさか幽霊とか? ゲームならばあり得るか……?
俺は緊張した面持ちで、床板のきしむ音が遠ざかるのを待った。そして、十分に遠ざかったのを確認すると、ドアを慎重に開けて外を確認する。
廊下には誰もいない。慎重に廊下へと出て、リビングの方へと移動する。
リビングの扉を開けると、ちょうどララが玄関のドアを開けて外へと飛び出していくところであった。
こんな時間に子供が一人でどこに行くのだろうか? と疑問に思った俺は、ララが出ていった玄関のドアへ向かい、ララの後を追いかけた。
◇ ◇ ◇
ララの後を追いかけていく。
ララは何やら急いでいるようで、こちらの様子には気付いていない。
進んでいく方向は南側であり、迷わぬ足取りで大通りを駆けている。
街の南側にあったのは……たしか貧民街だったか。
そんな場所に何の用があるのだろうか?
しばらくすると貧民街に入った。
夜の暗闇のせいでよく見えないが、たくさんの掘っ立て小屋が雑多に立ち並んだ場所であり、全体的に静かで暗い雰囲気が漂っている。間違っても子供が一人で来る場所ではない。
そんな場所をララは人通りのある比較的大きな道を選んで進んでいたが、やがてある脇道へと入っていった。俺もその後を慎重についていくと、やがて行き止まりにやってくる。そこにある光景を見て、俺はようやくララの目的を知ることが出来た。
小道の行き止まりには数人の子供とララがいて、衰弱した灰色の犬にエサを与えていたのである。
よくよく見てみると、ララの手にはフルーツが握られていた。その皮をナイフで剥いて切り分けて、犬に与えている。他の子供達も同様にエサとなる肉や野菜を持ち寄って、犬に与えていた。
「どうしたもんかな…‥」
俺はこの光景を前に逡巡した。ララが貧民街に夜な夜な出かけているのだとしたら、それは危険だからデニス達に伝えた方がいい。しかし、そうするとこの犬を放置することになる。まさか家計の苦しいララの家で飼うわけにもいかないだろうし、俺自身も犬を助ける余裕はあまりない。かといって、この犬を放置するのはゲームとはいえ寝覚めが悪いだろう。
そう考えていると、犬が「くぅーん」と鳴いた。エサではなく、俺の方に視線を合わせて。
その様子を見て、子供達も俺の方に振り返る。そして、俺とばっちり目が合った。
「え⁉ 大人⁉」
「ど、どうしよう⁉」
「えっと、えっと……」
子供達があたふたと慌て出したので、俺は仕方なく子供達の前に出ることにした。
「あー。その。別に君たちを傷つけたりはしないから、安心してほしい。俺はただの行商人だ」
「あの、俺達はいいから、この子は見逃してください!」
「お願いします!」
「「お願いします」」
「あ、いやね、別に犬の方にも何かするつもりはないから……」
俺は自分がララの不審な行動を見かけて追いかけてきた居候であるということを説明した。最初は怯えていた子供達であったが、俺が穏やかな態度を意識して話しているうちにだんだんと落ち着いてきたようだった。
そうして一通り説明すると、子供達の事情を聞くことになった。
「俺達、街で遊んでいたら貧民街の路地裏に迷い込んじゃったんです。そして悪い大人に捕まりそうになっていたところをこの子が助けてくれたんです」
「でも、この子は傷だらけになってしまって、ここから動けなくなってしまって……死んでしまうのは可哀そうなので、こうして毎日エサをやっているんです」
「夜にここへ来るのは、親やその友人に見つからないようにするためです。危ないことだとはわかっているのですが、でもこの子には恩もあるから仕方なくて」
なるほど、そういう事情か。
俺はとりあえず、子供達に断ってから犬に触れて体の様子を確認した。
確認した結果、かなり衰弱していることが分かった。
怪我をしただけなら回復薬ですぐに治るかもしれないが、栄養不足となると、栄養剤が必要だろう。それに、もし病気まで発症しているとなると、さらに別の薬が必要になるかもしれない。
俺の財力では足りない額の金が必要だろう。借金をすれば行けるだろうが、さて、どうするか……。
少し考えた俺は、すぐに答えを出した。
これはたかがゲームだ。だから、別にデータ上犬の形をしたものを放置したって、気に病む必要はないかもしれない。でも、ゲームだからこそ、思い切った行動も許されるだろう。
「俺が何とかしてみる。その犬をうちで引き取らせてくれないか?」
俺はこの犬を助けることにした。
〇 〇 〇
ここまで読んで下さりありがとうございます。
よければ評価の方をよろしくお願いします。
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