帰り道。時々アイアンクロー
こうして、恐ろしくも騒がしく、恥ずかしかった罰ゲームは幕を閉じた。
その後、僕達は会社を出て、マンションへ向かっていたのだが……我が妹が拗ねた。
「七海、もうそろそろ機嫌直さない?」
「直さない!だって、こんな綺麗な春川さんが近くで住むだなんて!羨ましいよ!ズルい!」
「そんなこと言われても。そもそもそうさせたのは先生だし、したくてしたわけじゃない。」
実際に、そのような契約書を書いてきた先生が悪いんだよなぁ。あ、今になって苛ついてきた。
「そういえばなんだけど、何で春川さんはあの契約書にサインしたの?契約書にも書いてあったと思うんだけど。」
あの契約書はあとから確認したから、内容は知っている。だからこそ、どうしてあの内容でサインしたのか。あのあとは色々とあったため忘れていた。
「別に対した事では無いですよ。近くに居てくれれば困った時に助けてくれそうだと思っただけですよ。」
「いやまあ実際にそうなったら助けるけど……その、良かったの?昔の家は。」
「えぇ、大丈夫です。それに、あの家には帰ってくる人はいませんから。」
「…………スマン」
距離を測り損ねたかな………空気が少し、冷たく感じる……踏み込み過ぎた。
「それにしても!お兄ちゃんは可愛かったな〜!」
「いきなり何言ってるんだお前。」
その空気を破ったのは、意外なことに、妹の七海だった。話を変える七海にありがたく便乗する。
「だって、あんなに似合ってるんだよ?女装。」
「不名誉以外の何物でもないんだけど。」
「……似合っていましたよ?」
「これ以上、僕をいじめないでくれ。」
あの時の事は、もう、思い出したくない。春川さんの下の名前を………いかん、顔が熱くなってきた。
夜風が涼しく感じる。
「そうだ!春川さんってこの雑誌知ってる?」
スマホの画面を向けて、春川さんに質問する七海。
画像は本屋さんに売ってそうな女性向けの雑誌だった。少し間が空いて、頷く
「知ってますよ。実際に手に持っていませんがクラスメイトの方が話しているのが聞こえますので。」
「そうなんだ!まぁ、今から見せたいのは雑誌の絵の方で、これなんだけど。この人を見て、どう思う?可愛くない?」
そうして、スマホを見せる七海。春川がそれを覗き込む。
「……とても可愛いい人ですね。これが、どうかしましたか?」
「この人さ、女装だとしたらどう思う?」
「……男性なんですか?こんなにきれいなのに?」
「だって、七海。この人が誰か知ってるもん」
「ゲホッゲホッ!」
「……もぅ、どうしたの?お兄ちゃん。」
「いやっ、何でもない。それよりもその画像。僕にも見せてもらえる?」
「いいよ、はい。」
画面に写っている人はとても綺麗な人だった。
シンプルな白色のワンピースに麦わら帽子。
長い髪にくっきりとした目をしている少女の写真はとても可愛い子に見えた。
「七海……この画像はどこで?」
「これ?これは南先生にもらったんだよ。」
「あの野郎」
この写真だけは絶対に流してはいけないと言ったのに……給料減引だな。
「………それにしても、お兄はなんでそんなこと聞くのかにゃ〜?何か、やましいことでもあるのかにゃ〜?」
「な・な・み〜?」
「ゴメンナサイゴメンナサイお兄ごめんなさい!だからアイアンクローはやめてぇ!」
「……………?」
兄が妹にアイアンクローするという、傍から見たらただのいじめのように見える中、ダダ一人春川さんだけは頭をかしげていたという。
「それじゃあこれからお仕事宜しくね。」
「はい。…………どうしたのですか?」
「イエ、ナンデモナイデス。」
「?」
い、言えない。隣にあの春川さんが住んでるなんて。クラスの奴らにバレたらどうなっちゃうかなんて……早めに寝よ。
「そ、それじゃね。」
「は、はい。」
ポケットから鍵を取り出し、玄関を開ける。今日はもうカップメンじゃだめかなあ?だめだよなあ。七海いるし駄々こねるだろうし、炒飯でいっか。
「み、弥登君!」
「春川さん?どうした?」
「これから、宜しくお願い致しますね。」
その顔に見惚れない人はいないだろう。そう思う程に、その笑顔から目が話せなかった。恥ずかしかったのだろう。春川さんはそのまま部屋に入って行った。
「……恥ずかしいなら言わなければよかったのに」
「お兄、顔赤いよ?」
「……………………」
「ごめんって!だからアイアンクローはやめて!」
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