第66話『思い出』
「バケモノめ!」
最後の言葉を吐くと、桃太郎と思わしき格好の者は、京也に手刀で胸を貫かれると同時に心臓を握りつぶされてこときれた。
京也が真っすぐ向かった先は、偶然にも桃太郎の屋敷にぶつかり、そのまま正面玄関から突入。
門番をはじめとして、生きた者は誰彼構わず心臓を握りつぶしたため、あたりは血の海だった。
もう京也は止まらない、むしろ誰も止められず心臓を求める悪魔と化していた。
狂ってしまったのかと思うと、そういう訳でもなく足取りはしっかりとしており、目的と意志を持って突き進んでいるようにすら見える。
京也は手当たり次第、目に付くであった者たちへ問う。
「……桃太郎は、いるか?」
今度は、身なりのよい年若い男女がおり、桃太郎との関係性はわからない者がいる。
一人は前髪が長く頬にまでかかる茶色の髪色の男で、背は京也より10センチは低く小柄だ。
反対に女性の背丈は京也よりも高く見える。肩までの長さの髪で金髪にしており服装はドレスに近い。
京也も目の前の男女も、互いにまったく見たことすらない者同士で、当然ながら初対面だ。
見た目は京也より数歳歳下に見える二人は、屋敷に残っている以上は、どのような関係性であれ無視できない存在だ。
動きからして敵対をしているのは間違いなく、女性が前衛で後衛は男性という態勢だ。
女性は豪奢な金色で装飾された片手剣を持ち、目線を京也から離さない。
どう考えても歓迎されているとは言い難い状況だ。
男は女の後ろで魔法を唱えているような、そぶりを見せる。
今にも何か放つ様子を見せたかと思うと、一直線に人の頭ほどの大きさの火球が連続して京也に向かう。
同時に女性は、駆け出すると横一線に京也を斬り伏せようとした。
京也は、目の前の事柄が戦いにすらならないことを直感的に感じとり、思わず言葉が口からこぼれる。
「つまらないな……」
大剣を右手に召喚して、だらりと腕を下げたまま予備動作なしに右から左へ大剣を振り抜いた。
女は一瞬目を見開くと、胴体が真横に真っふたつとなり、後ろにいた男も斬撃で同様に上下体が分たれてしまう。
火球が着弾する頃にはすべてが片付いていた。
一部始終を見ていたのか背後から、新たな刺客が迫ってくる。
静かに物音立てずに来ればいいものの、我慢できずに叫びながらやってくる男がいた。
「きっ貴様ぁ!」
背後から迫る者を毒蛇の短剣を召喚し、そのまま振り向かず上から背後に突き刺す。
振り向くと突き刺した先はちょうど脳天で体を痙攣させてすぐに倒れた。
倒れても手刀を突き入れ握りつぶすと、3人の遺体が転がる空間で構わず問いかける。
「……桃太郎は、いるか?」
あるのは屍だけで誰も答えない。
京也は、目先の通路を抜けて進み屋敷を徘徊していた。
ギルドから避難を示す鐘の音は、当然聞こえているはずなのに、一族の関係者は耳も傾けず屋敷に留まっていた。
彼ら一族にとって、屋敷は敵対勢力から守り抜くための砦だったのか、もしくは言明されていたのかは知る由もない。
唯一悲運だったのは、滞在していたことで京也の餌食となったことだ。
屋敷の者たちは、背後からわざわざ京也に声をかけてまでして攻めるのは、一族の流儀なのだろうか。
「敵!」
またしても背後から迫るのを、大剣を召喚し振り返りざま、水平に振り抜く。
最も簡単に胴体が半分に分かれて、床に臓物を撒き散らす。
京也は揺れ動きながら、気配のする方角へ歩みを進める。
遭遇した者は残念ながら、誰であろうと京也は容赦しなかった。
京也は変わらず、誰にとなくつぶやく。
「……桃太郎は、いるか?」
人ひとりが入れる木箱を見つけると、箱に向けて大剣を上段から打ち込み、破壊された箱からまっふたつに分かれた体が崩れ落ちる。
血だらけで桃太郎なのか使用人だったかは区別がつかない。
また別の者は偶然居合わせたのか、怯える。
「やめ……て、くれ……。俺は違う……」
通路で腰を抜かしたのか、立ち上がれず後退りながら逃げようと必須だ。
「……桃太郎は、いるか?」
問答無用で大剣を正面から串刺しにすると、切っ先についたままのため、放り投げて捨て置く。
勢いよく床に落ちたとき、建物の別の場所で何かの反応を感じ妙な感覚がよぎる。
あたりを見回すと、一見収納用の見開きの扉が備え付けられている。
収納扉の割には、複数の足跡が扉の前に残る。
よほど慌てていたのか、足跡がこれだけあれば怪しく見られても仕方がない。
木製の扉を勢いよく開けると、館の地下へ続く石づくりのシンプルな階段を見つけ降りる。
普段から利用頻度が高いのか、地下独特のカビ臭さは無く、換気もされているように思える。
広さは、大人が3人ぐらいは横に並んで降りられるぐらいで天井までは三メートルほどといったところだ。
階段を降りた先の踊り場には、扉が複数あり正面にひとつ、左右にひとつずつの合計3部屋分の見開きになる扉があった。
まずは左側から蹴破ると、残念ながら何もなくただの空っぽの倉庫だ。
続いて右側を蹴破ると何に使うかわからない物がいくつも置かれており、ガラクタ置き場に見えた。
最後の部屋を蹴破ろうとすると何かに阻まれているのか、開かない。
扉自体を毒蛇に食わせてしまえば、簡単に開けられる物を京也はなぜか狂ったように、力任せの滅多斬りをした。
一振りするごとに、簡単に扉に刺し込まれ切り裂けた。
まさにアリアナを最後滅多斬りにした時と同じだ。
後は、狂ったようにデタラメに切り刻むと、もう扉や壁も存在として成さなくなり崩れ落ちてしまう。
埃が舞い扉の先にいた人らは、怯えた様子の老若男女数十人がいた。
姿格好も人それぞれで、桃太郎独自の姿をしているものは、目の前の集団にはいなかった。
とはいえ、少なくとも桃太郎一族の理由の如何を問わず、加担した者たちである。
京也は挨拶がわりにつぶやく。
「……桃太郎は、いるか?」
中にいた者たちは、割れ先にと口々にいう。
「や、やめてくれ! 俺たちは関係ないんだ!」
「頼む子どもたちの命だけでも……」
「わしらが何をしたというのだ」
「お願い殺さないで」
「なんでもしますから、お願いします」
慈悲を乞うような叫びなどお構いなしに、京也は一言だけいう。
「――臭え」
「「「え?」」」
一言で悟ったのか、それとも何を言っているのか意味が理解できなかったのか、皆タイミングよく同じ言葉を終生最後の言葉として発言する。
一瞬の静寂のあと、惨劇がはじまった。
誰も逃げることは叶わず、京也の大剣に貫かれまたは、両断され切り伏せられて数十いた人らは瞬く間にくず肉と成り果てる。
敵対勢力の生存者はゼロ……。
一通り、処分した後に京也は何事もなかったかのように立ち去る。
地上に戻ると気配はもうなく、屋敷に生きた者は誰一人としていなかった。
京也は空さのあまりなのか、気のない声を上げた。
「あああ……」
すっかり肩の力は抜けてしまい、大剣も保管箱に収納して手ぶらのままトボトボと宿屋に向けて歩いていく。
返り血を浴びすぎて赤黒くなった体を引きずりながら歩く姿は、本来ものすごく目立つはずだ。
ところが、人っ子一人いない路地では、なんでもないかのように地面は沈黙を保ち、空は笑うかのように風を吹かせる。
何も感情が湧きおこらないまま宿屋へ向かう。
しばらく歩き、宿屋の近くにある民家の壁を背にして、へたり込んでしまう。
保管箱から老人の手を取り出し、黒い石を手からもぎ取ると、不要な腕は適当に辺に捨て置く。
握り拳ほどの大きさもある黒い石をぼんやり眺めていると、どうしようもないぐらに心に穴が開いてしまうと虚無感が襲う。
思えばルゥナとの出会い方は、変な形だった。
壁を掘り続けているうちに開けた空間に出たら、はじめは姿が見えず声だけの出会いだ。
奇妙な出会いから今まで、気がついたら片時も離れず常に一緒に行動していたような気がしていた。
いることが当たり前で常に対等な関係で接していた。
ところが、ふと気がついてしまった……。
なんだ、そういうことだったのかと……。
京也はいつの間にか、ルゥナが一番身近で大事な存在だったことに今更ながら気がついてしまった。
失ってから気がつくなんて、遅すぎだ。
再び視線を石に落とす。
見れば見るほどよくわからない石へ、急に吸い込まれたのはなんだったのか……。
石の中に何か光が蠢いているようにも見える。
元からだったのか、それともルゥナの残滓が残っているのか、まるでわからない。
ただ今だけは、手元の石を見つめ続けるだけだった。
――ルゥナ。
俺は、約束をしていた。
体を取り戻すのも折り込み済みだと。
元に戻ったとき、うまい肉を食べようと飯の約束もしていた。
綺麗な黒髪をさらに、似合うように髪を整えるのも先約済みだ。
取り戻した暁には、肉眼で見る景色はまた、違った感情を得られるとルゥナも期待をしていた。
ただ肉体を取り戻したら、空に浮いて寝そべるのは難しいなともいい笑っていたのは懐かしい。
他にも思い起こすのは、魔法の門の先で見た並行世界の俺とルゥナの姿は、正直驚いてしまった。
心のどこかで望んでいたのもあるからか、お互いに見た後は意識しすぎてしまう。
今は、抱いた淡い思いや笑顔も、何もかもが消え去ってしまった……。
感じたことのない思考の空白と心に空いてしまう穴とは、今になってどういう物かやっとわかった気がした。
この世界に初めて降り立ち、人恋しい寂さとはまた違う寂しさだ。
リムルとアリッサの時も悲しみは強かったけれども、ルゥナはまるで別次元のように違う。
本当に大事な者を亡くした時は、事実自体が大きすぎて何を考えるにしても、思いすら止まる。
衝撃が強すぎて他に何も感じれなくなって、心が動かなくなるとはいえ、感情が動かないのは今に始まった訳ではなかった。
俺は元々それほど何かに対して思うことはなかった。
変だと思うかもしれないけど、俺の心は常に真ん中にいた。
いわゆるニュートラルに近い。
感情に反応せず、感覚に意識を向けるに近い。
今うけている感覚は久しく味わったことのない「絶望」という感覚であり、「絶望」した意識そのものだった。
どのような感覚にせよ、今は背もたれにしている壁が冷たく無言でやけに心地よく感じていた。
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