第65話『ルゥナ』


 一方ベレッタたちは……。


 小高い丘の上まで避難し、あたり一帯は各々がテントを張り、遠目から見れば茶色の山肌のように見えるだろう。


 ベレッタも遅れて合流するとガルドと二人で今ある情報をもとに推察も交えながら議論していた。

 

 状況として把握していることは、無作為に選ばれた場所での自爆行動へ対応できずにいた。

 町の全体にわたる警備は専門外でもあるのだ。

 

 次々と自爆攻撃で攻勢を仕掛けてくる桃太郎一族たちは、かなりの数を支配下に置いているか、酷使可能な人々が存在するのだろう。

 

 今行っていることは、多数抱えている人員がいることで成り立つ戦法なわけだ。

 人の命を湯水のごとく消費していき、次から次へと自爆候補者を投入していくのは狂気の沙汰だ。

 暴力による現状変更をしようとしているのか、別の目的なのか判明させることが急務でもあった。

 

 支配下でなくともどこからか人を連れ去り、アルベベからもたらされた白い薬を飲ませて終えば、洗脳は施せる。ゆえに薬の在庫分だけ力があるのでタチが悪い。


 一言でいうならデタラメである。

 破壊的な思考に偏らない限り、実行するような行動ではなかった。

 

 今の大攻勢からすると、すべてを使い切るつもりでいるのだろう。

 ただ、すべてを賭してまでして何を成し遂げたいのか、いまだにはっきりしない。


 というのも京也だけを狙うならそこまでの規模は必要なく、他に何か目的がある可能性を考えてしまう。


 表向きは、京也を目的にして裏では別のことが動いていることも視野に入れた方が良さそうだ。

 ある意味白い薬は、桃太郎一族にとっての秘策でもあり、使い切るほどまでして何かを手に入れようとしていると考えるのが自然だろう。


 ギルドマスターのベレッタとガルドは得た情報から、推察を交えて協議をしていた。

 大事なことは、彼らの本当の目的は何なのか。

 

 それが何かが問題だ。


 ベレッタは黒装束から得た情報を吟味していた。

 天狗たちは要請には応えないものの代わりに、今回の桃太郎一族の動きは以前から一連の目的にそって行われており、上層部の極一部にしか知らされていない念入りに立てた計画であったことだというのだ。


 当然計画を立てた自分達がなんらかの理由で、志なかばで逝去することも予測して、仕掛けを動かす引き金も用意をしていたことがわかる。


 仕掛けは、京也のような予測し得ない第三勢力の出現とそれによる被害を受けた際に発動するのだろう。

 加えて、自分達が不慮の事故などで意図せず逝去した際に、トリガーとなる要件をすべて折り込んで元々の計画が進むように誘導する作戦であったのかもしれない。


 受け取った手紙の内容を読み進めるうちにある言葉が引っかかる。


 ベレッタは思わず声を上げてしまう。

 

「闇の世界と融合だって?」


 ガルドは何か知っていたのか、驚きもせず淡々と返していた。

 

「やはりそうか……」


「どういうことだ? ガルドは何か元々知っていたのか?」


「誤解なきようにいうなら、噂を聞いただけだ」


「その噂が本当になったのでやはりというわけか?」


 ガルドは少し考え推察を述べた。


「少し……違うな。方向性として、元々破滅的な思考の一族だから十分傾倒することもあり得るというわけだ」


「なるほどね。なるべくしてなったわけか……」


 ここにきて考えがまとまったのか、ガルドは別の事柄が見えてきた。

 

「そうだな。見えてきたぞ。天狗たちがあの時探していたのは、黒の石だ」


「ガルド何だ? その石は?」


「闇の力を持つ者の力を吸収してためておく物じゃよ。我らでいう魔力の抜けた魔石のような物だ」


「まさか、それを用いて強力な破壊の力を手にしようと?」


「それも計画のうちのひとつであろうな。恐らくは門を開こうとしておるのだろう……」

 

 ――闇の門。


 それは、魔法界に異界の扉を開けて始まる侵攻。

 当然、魔法界の者が攻めるわけではなく、異界の者が餌を求めて狩りに来るのは想像に難しくない。

 

 かねてルゥナや先代勇者がいう世界の融合は、門がない地続きでの融合となると言われている。

 

 ベレッタは桃太郎一族の行動に大きくため息を吐きながらいう。

 

「破滅的な行動だな……。これでは自分達の存在も危ういだろうに」


 ガルドも今回、桃太郎一族の党首たちによる、得体のしれない心の奥底にある信仰には、戦慄が走るのを感じた。

 

「ああ。恐らくは異界へ召されることで、真の天界に行けると考えがあるそうだからな」


「信仰による行動か?」


「かもしれんな。人ごとのような言い方ですまんな。もし信仰なら、止めること自体がムダになるな」


 なぜなら、止めるのは信仰を否定することにつながるからだ。

 なので信仰に関わる案件は厄介極まりない。



 

 ベレッタたちの続く議論の中、京也たちは奇妙な敵と対峙していた。

 

 リーダー格の男は腕を組みながら叫ぶ。


「我ら超美少年筋肉桃太郎に挑むならまずは、先発の美少年柄衣を超えたなら相手にしてしんぜよう。行くのだ柄衣!」


「はっ! 私が永遠の美少年柄衣! 私こそは最上の美少年美衣! 私は普遍なき存在の美少年子衣」


 3人それぞれ組体操のごとく組んでポーズを決める。

 キメ顔されるたびに気持ちが萎えるのは、これが一種の戦略かと思えてくる。


 相手に戦意を喪失させるには効果的面だ。


「なあ、ルゥナ俺にはA・B・Cと聞こえるんだけどどうだ?」


「う〜んそうね。京也のいうエイ・ビィ・シィの音と同じに聞こえるわ。それがどうしたの?」


「いや、こっちのことだ大丈夫だ」


 ルゥナはあまり興味がなさそうだ。


「ふぅん、そう……」

 

 俺は、3人に向けて俺の故郷の事情を思わず話す。

 

「少年AとBとCか。俺の故郷だと未成年犯罪者に対しての呼び方だな」


「小癪な!」


 一斉に顔を歪めて3人が襲い掛かる。


 リーダー格が背後で腕を組んで眺めており、先陣をきるのは3人で合計4人この場にいた。


 それぞれは短剣を握り、少年Aは真正面から攻めてくると同時に左右からは、少年BとCが挟み撃ちのごとく攻めてくる。

 

 俺は背後に召喚した大剣で一気に、弧を描くよう水平に左から右へ振り抜いた。

 ちょうど居合切りに近く本来の重量は異常な重さのためか、斬撃の衝撃波も同時に放つ。


「何ッ?」


 思わず拍子抜けしたは、今の一振りで3人とも胴体をまっふたつに割られて絶命してしまった。


 あまりにも弱すぎたので、何が起きたのかすらわからない状態だ。

 俺の様子を見ていたリーダー格の筋肉野郎は、何を興奮しているのか空に向けて雄叫びを上げている。


「フォー! フォー! フォー!」


 自らを抱きしめるようにしてながら、一歩ずつ頬を赤らめて迫る。

 どうして赤くしているのかなど、もう何も聞くまい。


 俺は無言で対応する。

 

「……」

 

 すると遠くから、一直線に何か向かってくる者がいた。

 先の老人と同じ姿格好をしており、双子かと思うほどだ。

 手に何かを握りしめやってくる。


 一瞬気を取られている内にいつの間にか突きを食らっていた。

 手持ちの細剣は白銀に輝くレイピアだろう。

 

 見かけの筋肉はこのためにあるのかと思わせるほど、素早い突きが無数に飛んでくる。


 俺はそれを大剣の腹で受け止めるので精一杯になる。

 技術的には、圧倒的に筋肉戦士の方が上だ。


 レイピアを構え撃ち込んでくる姿勢はまさに、先ほどの狂気とは異なりまさしく戦士だ。


 しかも前後左右と体を動かし、突くと同時に踏み込んできたかと思えば、気づけば右に移動していたりする。

 また突かれるかと思えば、引かれたり縦横無尽な動きで攻めてくる。


 俺の方は巨大な大剣で長さと幅は当然あるものの、うまく活かせていない。

 

 先の居合切りの方法を再現すべくかまえると、今度は攻めてこないばかりか、ボクサーのように前後左右に揺れる動きで、いつでも対応できようにしている。


 俺は我慢しきれずに、腹の高さ辺りを狙い一気に左から右へ弧を描くように全力で振り抜く。


 斬撃の衝撃波も発生するものの、真っすぐすぎたのかかわされてしまう。

 しかも余裕そうな顔でだ。


 難儀しているところで、そのかなり離れた場所から老人桃太郎が何か黒い石を掲げている。

 一瞬何かが光、体から何かが抜けていくを感じる。


「これは?」


 今まで味わったことの無い異様な感覚で浮き足立ってしまう。

 

 その時、ルゥナが何か背後から叫ぶ。


「京也!」


 一瞬振り向くと、ルゥナがどういうわけか、体の先から粒子化していきあの黒い石に吸い込まれていく。


 俺は思わず、ルゥナのすぐ側まで駆け寄り懸命に声をかけた。


「ルゥナ! 防ぐ方法はあるか?」


「あの石を……」


 すると目の前で、一気に吸われたのか霧散して消えてしまった。


 たまらず俺は叫んでしまう。

 

「ルゥゥゥゥゥナァァアアアアア!」


 老人桃太郎は不敵に笑う。

 

「敵を前にして、背後を向けるとは未熟……」


 この時、俺の中で何かが引きちぎるようにして切れてしまった。


「お前ら……肉も血もすべて引きずり出してやる!」


 目の前の筋肉戦士は何が起きたのか、理解していなかった。

 触れてはいけない部分に触れたとき、恐らくそれは竜の逆鱗と同じなのだろうと。


 その答え合わせは永遠にできずに終わった。

 なぜなら自身の肉体が左右に分たれて、しまったからだ。


 老人桃太郎は円熟とはいえ、さすがに京也の様子に焦りを見せる。

 

「バケモノめ、これでも食らえ!」


 老人桃太郎は奥の手なのか、懐から取り出した黒い刃を一瞬影が迫るような素早く相手に突きつけたつもりだった。

 

 ところが黒い石を握っていた腕の肘から先が切り落とされた。

 京也は腕ごと保管箱に収納すると、老人へ迫る。


 フェイスガード越しに赤く光る目は、怒りの象徴とも言えるだろう。

 何を思ったか大剣をしまい毒蛇を取り出すと、腹の下側から突き上げ胸骨を割る。


 無理矢理胸骨を開いた先に見える脈うつ心臓へ、老人の頭を左手で掴み視認させる。


「なあ? 桃狩りは好きか?」


 あまりの激痛に白目をむきそうになる桃太郎。

 

「グヘッグフォッ……。アガがっっっ」


「俺はな、桃狩りが大好きなんだ……」


 左手で頭を掴んんだまま、右手で心臓を掴み握りつぶす。


「ぐガッ、かっ……」


 京也は大量の返り血を浴びても怯むことなく、レモンをしぼるように心臓を握り締め絞った。


 膝から崩れ落ちた老人桃太郎をそのまま捨ておき、京也は桃太郎の屋敷へと歩いて向かっていく。

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