第64話『筋肉超桃太郎』

 少しばかり、鐘が鳴る前の時に遡る。

 

 遠くで何やら騒がしい。

 京也は一人でぼんやりと宿屋の付近を散策していた。


 なぜか唐突に駆け寄ってくる少女に出くわす。

 小さく5歳程度で黒いドレスに金色の刺繍を施した、豪華な衣類でめかしこんでいる金髪が肩までかかり、可愛らしい姿だ。


 「ねえ、お兄ちゃん」


 一人でたまたま道端にいた京也の前に、少女がズボンの裾を引く。

 京也はしゃがみ込むと笑顔で答える。

 

「一人でどうしたんだい?」

 

 急に覆いかぶさるよう抱きつかれ、どうしたのかと思うと突然、言葉を投げかけられた。


「わたしと自爆しよ?」


「え?」


 わけがわからず真っ白な閃光は視界をすべて奪い、強烈なほどの衝撃を顔と肩に受けて全身が吹き飛ばされる。

 数メートルは吹き飛ばされて転がり落ち、全身砂利まみれになってしまう。

 砂埃が収まり、目を開けると先ほどいた少女の姿はなく、今頃になって目の前に肘から先の腕一本だけが京也の目の前に落ちてくる。

 

 少女の悲惨な末路に肩の力が抜け落ち、立つことすら叶わないほど愕然とした。

 爆発音を聞いたのか慌ててルゥナはとんでくると、しゃがみ込む京也に声をかけた。


「京也! 大丈夫?」


「あっ、ああ……。少女が……」


 ルゥナは京也が何を言いたいのかわからず首を傾げていた。

 

「少女? どこにもいないよ?」


 今見ても跡形もないのでいるはずもないだろう。

 いきなり少女がと言って、すぐにわかるわけがなかった。

 京也はまだ立ち上がれず、地べたに座り込み今し方の行動に心がえぐらていた。

 なんで小さな子が自爆なんて……。

 理由や原因などわかるわけもなく、ただただ呆然としてしまう。


 すると、先の爆発に巻き込まれたのか、倒れている女性を見つけて重かったはずの腰を上げて急ぎ駆け寄る。


 なぜ見ず知らずの他人を助けるような、今までしなかった行動をとるのか、京也自身わからなかった。

 ただ、目の前で自爆されたために、助かる命があるなら助けたいと思ってしまい突き動かされただけだった。


「大丈夫か? 立てるか?」


 手を差し伸べると、俯いた女性は顔を上げまるで笑顔が顔に張り付いたかのような表情をしている。


 女性はやっとのことで声を絞り出すようにして京也にいう。

 

「ええ。ありがとうございます」


 京也は、表情を見て一瞬ギョッとしてしまうものの、手をかす。女性は立ち上がると、足元がふらついたのか京也の腰にしがみつく。


「まだ辛いなら、近くで休まれては……」


「ありがとうございます。お礼に……」


 何かを手渡したいのか、女性は握っている手を差し出してくるので京也は手を出すと突然つかまられ、背後に回り込まれる。


「え? 何しているんだ」


 突然腰回りに女性はしがみつき、叫ぶ。

 

「お礼よ? 自爆するね」


「え?」


 またしても閃光が走り、視界を奪われ背中から突き飛ばされるかのように、正面に飛び出しころげ回る。


 何か重い水袋でも落としたかのような音で我にかえり目を覚ますと、目の前には首から上の頭が目を見開いて、京也を見たまま地べたに落ちている。


 声にならず、思わず飛び起き後ずさる。


 ルゥナが再び飛んでくると心配そうに顔を覗き込んできた。


「京也! 京也? 大丈夫? 一体?」


「何が起きているんだ……」


 あまりにもひどい状態が2回連続で続き、驚きを通りこして何も考えられずにいた。

 端的にいうなら訳がわからない。


 少女が自爆しさらに目の前の女性も自爆した。

 京也のことを知ってか知らずか狙い打つようにだ。


「ねぇ、お兄さん……」


 声のした方向に振り向くと、再び笑顔が張り付いた状態の10歳程度の少女が目と鼻の先にすでにいた。


 またしても嫌な予感しかせず、諭すように京也はいう。

 

「いいか、ゆっくりと。落ち着くんだ」


 笑顔が張り付いたままとはいえ、落ち着いたようにも見える。

 

「うん。私落ち着いているよ?」


 目の前の子は大丈夫かと安堵したのも束の間、笑顔で駆け寄ってくると足にしがみつかれる。


「ねえ、一緒に……」


「やめっ……」


「自爆しよ?」

 

 再び閃光が京也の目をおおうと同時に、吹き飛ばされてしまい地面に転がり落ちる。


 ルゥナも異常さに気がついたのか、周囲を警戒しつつ京也に声をかける。


「京也! しっかりして!」


「くそッ! 一体なんだってんだ。あんな小さな子が……」


 するとルゥナは思い当たるのか、予想を京也に伝える。


「もしかするとね、アルベベ教会で作った白い液体を飲んでいるかもしれないわ」


「教会はすでに滅びたのでは?」


「うん。それは京也がしてくれたからね。消え去るより前に入手された物は防げないよ?」


「過去の遺物か……」


「でしょうね……。何にも恐れが無いまで洗脳が強いと、手の施しようはないわ」


「つまり、洗脳は解けないわけか?」


「多分ムリね……」


 京也は何か思い当たることがあり、考え込んでしまう。

 するとすぐに思い当たったのか、ルゥナに話す。


「なにかおかしいな。たしかアリアナは、それを飲んで魔神化したはずなんだよな」


「あたしも詳しくはわからないわ。ただ京也気をつけて、相手の狙いはあなたかも」

 

「俺が?」


「ええ、そうよ。肉体のダメージより精神の方のダメージが強いわ。京也、気がついている? あなた今、酷い顔つきをしているわ」


 俺は思い出したように、自身の顔を両手で触ってみた。

 

「……」


 実感できることは、俺自身も顔が強張ってしまっている。

 目の前で無邪気そうな小さな子が無惨にも散っていくのは、心を抉る。


 リムルは毅然としつつも、どこか京也を心配そうな目で見つめる。

 

「京也よく聞いて、相手は恐らくなりふり構わずあなたを狙ってくるわ。だから今は、人目のつかないところで様子を見ましょ?」


 京也もわけがわからない状態で、人目につく場所で留まるのは危険と考えた。


「ああ。たしかにいえるな。何が起きているんだかな……」


「あたしも今の状況は何がどうなっているのか調べてみる」


 京也はようやく立ち上がると、宿に向けて歩みを進めようとした。

 すると強烈な殺意を感じ、その場を全力で離れる。


 いた場所に、複数のクナイが突き刺さるのを確認すると小柄な円熟した達人を思わせ、小袖を着た老齢な桃太郎がいた。


 京也を見つけるとようやくといった感じで老人桃太郎はいう。


「貴様、見つけたぞ」


 京也も即時、永遠なる闇の毒蛇を召喚して、すぐに放つ。

 ついでに気が向いたので言葉を返した。


「人違いじゃないのか?」


 不敵に笑う老齢の戦士は、強い意志を目に宿し京也を焼き尽くさんばかりの眼光だ。


「いいやそんな訳はない。なぜなら、あの場にいて貴様の顔を見たからな」


 あの時、見られたことはともかくとして仲間がやられたことに、気づいていないようだ。

 老戦士たちの仲間の一人は、毒蛇が頭上から噛みつき咀嚼をはじめ、骨の砕ける音が耳に響く。

 

 俺は何も答えることなく、次の攻撃に移る。

 

「……」


 仲間が食われたのに気がついたのか、舌打ちすらせず瞬時に京也の背後に回ると鋭利な物を突き刺さそうと迫る。


 背後に召喚した大剣で防ごうとした所、真横からの襲撃に気がつき、急ぎ毒蛇を再召喚し放つ。

 同時に金属同士のぶつかり合う音が背後から響き、大剣と何かが接触したことを示す。

 

 老戦士は何か言葉を漏らす。

 

「奇怪な……」


 最初の一人は毒蛇が喰らい尽くし、今は再度召喚した毒蛇に一人を任せて俺は背後から攻めてきた者と対峙する。


 やはり経験の浅さと技術的に追いついていないので、本来なら死んでもおかしくない。

 耐久するから大丈夫なものの、何度も体にクナイを突き立てられている。


 老人桃太郎は、何か口からこぼす。

 

「面妖なやつよのう……」


 正面から対峙すれば、突き刺しで攻めようにも簡単に大剣の下をくぐり抜けられて、前傾姿勢で鳩尾に突き立てられる。


 体自身が耐久してしまうのと着ている防御スーツのおかげか、体表面を撫でるにすぎない。

 老人桃太郎は、京也がまったく効かないことにすぐ察知し、大きく後ろに跳躍して距離を置く。


 二度目も同様に京也の攻撃をかいくぐられてしまい、懐にて鋭利なクナイを突き立てられるも、まったくの無傷だ。

 桃太郎は、何を思ったのか一瞬体が止まったのを最大のチャンスと考え動く。


 京也は、切腹するのと同じ勢いで手のひらに毒蛇の短剣を召喚し、自らを貫くようにして間に挟まれた老戦士の背中を串刺しにした。

 

「デタラメ……じゃ……」


 一言だけいうとこときれてしまい、体から剣を引き抜いたのち捨て置く。

 もう一人も毒蛇がちょうど食うところで、決着がついた。


「桃太郎一族か……。完全に敵対したな」


 ルゥナはとくに焦ることも驚くこともなく淡々と語る。

 

「仕方ないわね。いずれどこかの一族と桃太郎一族が揉めるのは時間の問題だったでしょ? しょうがない感じね?」


「あの自爆も一族の仕業だとすると、相当卑劣な奴らだな」

 

「卑劣なのは構わないわ。勝つための手段を選ばないのはどこも同じような物よ? けどね死んだら終わりよ?」


 今のご時世、綺麗事と約束は犬にでも食わせておけばいいというのは、俺も同じく思うところだ。

 

「たしかに、そうだな……」


「それに、あんなのものいるからね」


 ルゥナが指し示す方向をみると奇妙なやつが立ち尽くす。

 下半身はふんどしを履き、それ以外は何も身につけず裸と言っても不思議ではない。

 

 ガニ股の状態で右膝を軽く曲げ外側へ突き出し、左足は後ろに下げて外側に伸ばす。右上では、肘を頭上に上げて手のひらで後頭部を抑える。

 また左手は、腰に手を当てて肘を曲げている。


 何かのポーズでもしているのだろうか……。


 さらに筋骨隆々さを訴求するかのように、意図的に胸の筋肉を上下に動かして、お披露目していた。


 よくわからない彼らの美学なのかもしれない、3人とも正三角形の頂点となる位置に立ち、ポーズを決めたつもりのようだ。


 京也は思わず口から出る。

 

「あれは何だ? 新手の筋肉宗教か?」


「ん〜。あたしもちょっと不気味に思えるわ……」


「敵とはいえ、我らをここまで褒めちぎるとは天晴れ! いくら言おうと手加減などせぬ。我らは他の誰でもない『筋肉桃太郎』だ!」


 3人ともリーダー格の者が叫ぶとキメ顔で俺たちを見つめる。

 何だ? 一体なんだというのだろうか? 他の桃太郎の連中とは、また異なる桃太郎の登場だ。

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