第63話『万歳』

「「「われらはひとつとなりて!」」」


「「「桃神様のために!」」」


「「「万歳!」」」


 突如町中で広がる喧騒。

 袴姿の者たちが周囲に散らばり、叫び声を上げていた。


「キャー!」


「ヤメロー!」


「逃げるんだ! 逃げるんだ!」


 雲ひとつない青空に、赤い血飛沫が舞い上がる。

 惨劇は、静かな町並みの中で行われた。


 貴族街の通称武将街の一角で、桃太郎扮する者どもが暗躍をしていた。

 周囲の住民へ無差別に飛びつき、桃太郎一族の理念を叫び、自爆する行為を繰り返している。


 当然爆発した本人も抱きつかれた被害者の両者とも四肢が飛び散り、肉片となって辺りに散らばる地獄絵図だ。


 背の低いまだ10歳にも満たない豪奢なドレスをきた少女が、恰幅も身なりもよい貴族に声をかけていた。


「ねえ、おじさん……」


 貴族は笑顔で答える。


「ん? どうしたんだい。お嬢さん」


 今近辺は危ないから一緒に逃げようと、誘おうとするととんでもない返事がくる。


 少女は瞳孔が開きっぱなしで、笑顔が顔に張り付いたままのようにして貴族の男性の顔を見上げていう。


「わたしと自爆しよう。ねっ」


 貴族はあまりにも暴力的な言葉と異様な表情に身をひき、ギョッとしても手遅れだった。

 

「なぬっ!」


 少女は両手を上げて叫び抱きつく。

 

「万歳!」

 

「グォッ!」


 一瞬にして閃光が広がり、大きな音を立てて爆散した。

 残ったのは、飛び散った四肢のかけらだけだ。


 一族にとっては直接的な者たちではなく、捕虜だったり人質だったりした者を、アルベベで使われていた白い薬を使い洗脳し実行した。

 不可解なのは、自爆行為がどうして京也に影響するのか、まだ誰もわからない。


 爆発規模は、馬に引かれた馬車並みの長さぐらいの直径でえぐられている状態だ。


 笑顔が顔に貼り付いて元に戻らないような表情をしており、瞳孔は弾きっぱなしで何も恐れず、嬉々として各地で自爆を繰り返している。


 何の意味があり、何の目的か誰もわからずにいた。


 また一人の少女が若い貴族の男性に声をかけていた。


「ねぇお兄ちゃん……」


「ん? どうした」


 男は少女に足をしがみつかれると、少女は顔を見上げていう。


「わたしと自爆しよっ!」


「えっ!」


 こうして、自爆をする者たちは老若男女問わず繰り広げられていた。

 誰にも止められない。


 

 一方ギルドでは……。


 ギルドマスターのベレッタは危機せまる勢いでマスター補佐へ問いただす。

 

「なんだ! 何が起きているガルド」


 ずんぐりむっくりのドワーフである男は、ため息まじりで力なくいう。


「桃太郎一族から、京也の引き渡し要求が届いておる。引き渡せばやめるとな……」


 ベレッタは机の上に乗せた握り拳をさらに強く握りしめた。


「なんと卑劣な。落ちる所まで落ちたか、桃太郎一族め」


 ドワーフの男ゲルトは、いつか起きることが起こるべくして起きたと言わんばかりの顔だった。

 

「起こるべくしておきたというところか。あれだけひどい一族を将軍殿はなぜ野放しにしておったんだかのう……。悪徳太郎・借金太郎・詐欺太郎・小便太郎などいろいろ巷でいわれているのは、どれも事実に基づいているからのう」


 ベレッタもたしかに野放しは気になっていた。

 町の治安維持はギルドの範疇から超えているし、一族のこととなるのは、将軍の管轄だからだ。


 管轄外だとしてもベレッタは憤慨してしまう。

 

「非常によくない前例だ。建前上一般の探索者を名指しで、しかも身柄要求などあり得ない。ギルド所属である以上、我々と敵対とも言える行為だぞ」


 ドワーフの男ガルドは、偶然町中で京也と出会し桃太郎一族が受けた爆破事件の噂話をした。

 その時ガルドは、京也から情報料として銀貨を貰い受ける。

 ただの噂ばなしなのに、気前のいいことを思い起こしていた。


「まあそれだけ京也のことを、価値ある存在と認めたからであろうな……。ベレッタどうする?」


 窓から見える城の城壁を見つめながら、ベレッタは歯噛みしていた。


「将軍の管轄だからな……。耳には入れておくにせよ、一族の揉め事には基本的に非介入だからな……。狸ジジイめ……」


 どこかガルドは意気消沈したようにしていた。

 

「アルベベのように、京也に下手にちょっかい出したら町が今度こそ、消えるかも知れんな……」


「狸は、町は民が起こし国は将軍が作ると豪語するぐらいだから、テコでも動かないぞ。天狗を少し動かすか……」


 天狗への依頼は非常に高額な金がかかるし、信用も必要だ。非常に優秀な者たちで、受けた場合の依頼達成率は100%だ。

 ただし、ギルドマスターからの依頼だからと言って安易に引き受けはしない。

 

 それに金を積んでも、動かない案件はもちろんある。彼ら天狗の矜持に触れられるかは、熱意と言葉次第なのだ。


「ベレッタ。今回の件は、あまりあてにならんかもしれんぞ」


「やるだけやるしかない。町が消えるぞ?」


 顎髭を摩り、アルベベの町中の様子を思い浮かべたかのような表情をしている。


「たしかにな……。噂に聞く閃光の後を見たけどな。どう見ても人の力を超えているぞ? レベルはゼロだというのも本当なのかわからん……。力からして、超越者の域だ」


「ああ。ギルド全域で警戒はしている。せっかくの努力もムダにならなければいいんだけどな」


 ベレッタは鈴を鳴らすと数秒もしない内に、黒い装束に黒い仮面をつけた者が現れ跪く。


 黒装束の者は顔を上げ、ベレッタの指示を待つ。


「参上つかまつり候」


 ベレッタは机で何かを書き、封筒に入れ丁寧に封印した後、黒装束の者に渡す。


「こいつを天狗の領主に渡してくれ、緊急の件と言って封書を渡せば理解をしてくれる。以上だ急げ」


「承知」


 一瞬の内に消え去る姿を見て、サブマスターのドワーフガルドはため息をつく。


「おっそろしい奴だな、変わらず」


「まあ邪険にするなって。彼らは彼らで役に立っているだろう?」


「まあ、そうであるけどな。ワシはちょっと好かん。比べて京也は驚異であっても普通の感覚をもっとるし、いい奴じゃぞ?」


「なんか京也のことは、皆同じことをいうな……。私もあってみて気になったのは危うさだな」


「京也の仲間たちのことか?」


「そうだ。アルベベではたしか二人蘇生をしたんだよな? 提示された条件を達するために、魔人以外はめちゃくちゃになったと聞く」


 ガルドは自身の知ることと合致しているのか、頷きながら聞いていた。


「ワシが知り得たことだとな。女神の神託が旧教会の司祭に降りて、事細かく女神が直接指示をしたようじゃ。今まであったか? あれじゃ明らかに女神のお気に入りだぞ?」


 ガルドは眉を上げて、ハの字にすると疑問に上げるより、困ったという表情に近い。

 ベレッタも同じで、どちらかというと困惑に近い表情だろう。

 

「超越者並みの力を持って、神託を多く受けさらに女神のお気に入りか……。しかも意外と素直だし、いうことも聞く。どこか知的でもあるし、なんだかますますギルドでは手放せないな」


 するとガルドは意外な物でも見るような顔つきをして、右上を見ながらベレッタを眺めた。


「おや? なんだかんだ理由をつけて、年下好きのお前さんの琴線に触れたかのう?」


「バカ……。今はそれどころじゃないでしょうに……」


 再び、爆発音と煙が立つ。

 またしても遠くで起きたようでギルドの窓からも黒煙が上がるのを目撃した。


 一体何人目の犠牲が出たのか……。聞こえてきた爆発の数だけでも数十に及ぶ。

 当然自爆だから抱きつかれた者がいるわけで数は単純に倍になる。

 しかも聞こえてきただけの数なので、さらに遠くであるなら音が掻き消えて、ギルドまで届かない音もあるだろう。

 届かない音のことも考えると、かなりの数が犠牲になったと言えよう。


 どれだけの自爆要員を、桃太郎一族は抱えているのかわからなかった。

 間違いなく言えるのは、手前の組織の者ではなく人質やそれに近い者を洗脳して実行したに違いない。


 過去にも、アルベベからもたらされた白い薬で洗脳騒ぎが頻発したのは、桃太郎一族が根源だった。

 

 最終的にわかったことは、教会からもたらされたある薬品をたった一滴飲むだけで洗脳ができてしまうという。


 この時、ギルドマスターの部屋のノッカーを激しく叩く音が響き、名乗る受付嬢を急ぎ入れると、またしても新たな問題が発生のようだ。


 ベレッタとガルドは思わず息を呑む。


「マスター問題です! 京也様の宿屋近辺で自爆行動を確認。京也様と接触するのも時間の問題かもしれません」


「チッ! 天狗は間に合わないか!」


 ベレッタは間に合わないことを最悪の事態と想定し、次の行動に移る。

 ガルドも嘆くようにつぶやく。

 

「非常に不味いな……」

 

 避難場所など都合よく町には存在しない。

 なぜなら、強固な石垣が将軍の自信となって避難など想定していないからだ。


 つまり今回は避難場所などなく、アルベベの時のような戦闘が始まれば間違いなく町は城ごと陥落するだろう。

 そうしたことが目に浮かぶほど現実的になってきた。


 恐らくは、もう時間がない。


 ベレッタはひとつの決断をした。大移動である。


「ガルド! 町の外にある小高い丘へ行こう」

 

「ベレッタよ、いくのはいいとして、射線がこちらに向いた時点で終わりだぞ?」


「それでも避難しないよりはマシよ、どうせ将軍は何もしないわ」


「そうじゃのう。こうした危機の時こそ、動いてほしいものじゃ。町中の出来事はまったく関心がないのか、動かんお人だからのう。困ったもんじゃい」


「それじゃ、警報出すわよ? 鐘を鳴らすから誘導して」


「あいわかった。ギルドはどうするんじゃ?」


「私が残る。だから皆行って」


「わかった。死ぬなよ」


「ガルドもね。頼んだわ」


 こうして町中の鐘は、非常時を示し連続で休まず叩かれる。

 鳴り響く鐘の音に辺りは騒然となり、ガルドを中心にギルドメンバーで丘への誘導が始まる。


 もちろん門番である衛兵も協力的だ。


 恐れるのは、移動時に自爆攻撃を喰らうことだ。

 幸い怪しくそれらしい人物は、今のところ現れていない。


 桃太郎一族の企みはある意味、失敗と言えるだろう。

 一族が想像しているより遥かに、京也に対しての警戒はギルド全体にある。

 そのことから安易に身柄を引き渡すなどあり得ないからだ。

 そこを考慮していない一族の誤算が今後どうなるのか……。

 

 まだ誰もわからない。


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